歓迎会以降も研究室の仲間は温かく接してくれた。
 週末や学会発表のあとに誰かがいつも声をかけて食事に誘ってくれた。
 だから、寂しい思いをすることはなかった。

 よく行く店にピアノバーがあった。
 ウォーターフロント地区にある『フィール・ソー・グッド』という店だった。
 文字通り心地よい店で、8時、10時、そして、12時からの3回、各40分ほどピアニストによる演奏があり、ジャズやポップスのスタンダード曲を楽しむことができた。

 ある日、いつものように研究室の仲間と食事と酒を楽しんでいると、時計の針が10時を指した。

 そろそろ始まるな、

 今夜はどんな曲を聴かせてくれるのだろう、と期待して待ったが、10分経ってもピアニストは現れなかった。
 急な体調不良で来られなくなったのだという。

 がっかりした。
 演奏を聴くためにこの店に来ているのだ。
 それがないとなると居座り続ける理由がなくなる。
 それに次の演奏まで待つわけにもいかない。
 明日も朝早くから実験の予定があるのだ。
 今夜は諦めて帰るしかなかった。
 しかし、腰を浮かしかけた時、同僚に押しとどめられた。