最上が入室した研究室は大学の看板研究室であり、世界各国から優秀な研究者が集まっていた。
 そのレベルは抜きんでており、最優秀の成績で修士課程を卒業した最上であっても対等に勝負をするのは難しいと弱気になるほどだった。
 加えて、すべて英語で対応しなければいけないというハンディキャップもあるので、緊張は嫌が上にも高まっていた。

 しかし、そんな最上に彼らは優しく接してくれた。
 彼らは優秀なだけでなく、人間的な温かみを併せ持っていた。
 仲間として迎え入れるため、そして緊張を解すために入室早々歓迎パーティーを開催してくれたのだ。
 
 パーティーの冒頭、教授がマイクを握った。

「我が研究室へようこそ。最上さんは研究室が迎える初の日本人学生です。日本人を迎えるにあたって、研究室の皆さんには複雑な感情を持つ人がいるかも知れません。ご承知の通り、アメリカと日本は不幸な出来事を経験しています。太平洋戦争です。両国は敵味方に別れて激しく戦いました。そして、悲しいことに多くの犠牲者が出ました。その傷は大きく、両国民の間に大きな溝を作ったのです。戦争を経験した人たちが存命の間はその溝が埋まることはないかもしれません。しかし、戦争から30年が経った今、この忌まわしい過去と決別し、新たな関係を築いていかなければならないと私は思います。その意味で、最上さんの入室は私たちにとって大きな転換点になると考えます。未来志向で最上さんとの交流を深めていきましょう」

 話し終わった教授は最上を呼び、マイクを手渡した。