「君の前任者は最低だ!」

 連行するようにして連れて行かれた書斎で鋭いナイフのような声が襲い掛かってきた。

「約束を破った上に、何も言わず辞めていった」

 こめかみに血管が浮き出ていた。

「それに君の会社も最低だ。知らぬ存ぜぬで責任逃れを繰り返した」

 怒りが頂点を超えているようだった。

 彼は民放ラジオ局の取締役編成局長で、初訪問時に名刺を天井に向かって投げ飛ばした人物だった。
 それだけでなく、長崎くんちの世話役を務めていた。
 色々な企業に協賛を依頼しており、当然のように局に出入りする会社にも声をかけていた。
 その一社がエレガントミュージック社だった。

 河合の話によると、前任者は調子よく協賛を引き受けたらしい。
 それも、同業他社の2倍の額を提示したという。
 しかしその条件として、エレガントミュージック社イチ押しのミュージシャンの曲を重点的に放送するよう依頼したという。
 河合はその条件は飲めないと拒否したが、無下にするのも可哀そうと思い、編成局の次長に彼を紹介した。
 すると、上司である河合の顔を潰さないようにと気を利かせた次長は前任者がゴリ押しする曲を頻繁に取り上げたという。
 前任者は大喜びをして河合に何度も礼を言った。
 しかし、協賛金を持ってくることはなかった。
 催促の電話をしてもはぐらかすばかりで、要領を得ない状態が続いた。
 しびれを切らした河合は前任者の自宅兼事務所を訪ねたが、もぬけの殻だった。
 河合はすぐにエレガントミュージック本社に電話を入れた。
 しかし、既に会社を辞めていて引越し先もわからないと告げられた。
 協賛金についても聞いていないのでわからないし、たとえそうだとしても、辞めた人間の責任は取れないと、つれない返事しか返ってこなかった。
 それを聞いて激怒した河合は、会社に戻るや否やエレガントミュージック社のミュージシャンの曲は今後一切放送してはならないと指示を出した。
 事の成り行きを説明する河合の声は怒りで震えていた。