最上(もがみ)(きわむ)
       
 最上製薬の社長になることが約束されていた。
 いや、決められていた。
 一人息子である自分に他の選択肢はなかった。

「運命だからな」

 親友の須尚(すなお)に対していつもそう言っていたが、本当になりたい職業は製薬会社の経営者ではなかった。
 クラシック・ピアノの演奏家になるのが夢だった。

 幼稚園に上がった頃からピアノを習い始めてすぐに夢中になった。
 特にショパンの曲が大好きだった。
 暇さえあればショパンを弾いていた。
 夢の中でも練習しているくらいだった。

 中学生になると、音大卒の演奏家から個人レッスンを受けるようになった。
 教え方の上手な先生で、褒めて褒めて褒めまくられた。
 そのせいか更に練習に熱が入り、三度の飯よりもピアノという感じになった。
 当然のように、ピアノ・コンクールでは何度も優勝した。

 しかし、受験を控えた中学3年生の夏、習うのを止めた。
 それは当然のことだった。
 敷かれたレールの上を走らなければならないからだ。
 だからトップクラスと評判の私立高校に入ってからも一度もピアノに触らなかった。