〇学校・放課後・教室

真也がうなだれている。

真也「……ひまりと全然一緒にいられない」
美紀「同じクラスなうえに今日もお昼一緒に食べてたじゃないですか。記憶喪失ですか?」
真也「……山下さんやっぱり俺のこと嫌いだよね」
美紀「友達の彼氏はみんな嫌いですが?」
真也「ひまりバイト始めたって……たぶん俺が誕生日プレゼント欲しいとか言ったから」
美紀「自惚れないでください。ひまりは1年の頃から……近所のお手伝いでお小遣い貰う程度なら中学からやってましたよ。趣味とか、色々欲しいものもあるでしょうから」

真也がびっくりする。

真也「そうなの……?」
美紀「はい。それで1年の時にバイトのし過ぎで体調崩して、それから短期だけにしたんです。彼氏なのに聞いてないんですか?」

どや顔の美紀。

真也「……離れてた間のひまりのこと、ちゃんと知れてないから」

不安そうな顔をする真也。

美紀「……まあ、今は大丈夫ですよ。今回もカフェのキッチンで1ヶ月だけ、それに絵を描きたいから週3日だけって言ってたじゃないですか」
真也「……今日カフェ行ってみようかな」
美紀「ひまりまだバイト3日目ですよね? 短期なのに彼氏が見に来るとか邪魔でしかないでしょうね」
真也「ケーキ食べたくない?」
美紀「あまり過保護ではひまりに嫌われますよ」


〇ひまりのバイトするカフェ・ホール

ホールでせわしなく動いているひまり。

ひまり(すごい混雑……っ、頑張らなくちゃ)

客が食べ終えた食器をたくさん持ってふらふらと歩くひまり。
店内で遊んでいた小さい子供を避けた際にお皿を落としそうになる。

ひまり「あっ……!」

お皿とよろけそうになったひまりをサッと支える茶髪の男性。
カフェバイトの同僚で一つ上の先輩・村上陸。

ひまり「村上さん……っ、すみません!ありがとうございます」
陸「いいって。気をつけろよ」
ひまり(忙しいのにこれ以上迷惑かけないように頑張らないと……!)
陸「いや本当に気にしなくていいから……あっ」
ひまり「え?」

心の中で言ったことに陸が反応して驚くひまり。やってしまった、という顔をしている陸。
口元を抑える陸の小指に純白の糸が光っている。
この気まずいときの顔色とか挙動とかすごく見覚えがある。自分と同じだ、と強く感じるひまり。

陸「あー……忘れて。つーか……あー……」
ひまり「あ、すみません声に出てたかもです(え? もしかして……本当に私と同じような……いや、そんなことあるわけ、でも、でも)」
陸「……今日まかないの時間かぶってたよな。そのときちょっといい?」
ひまり「は、はい」

ひまりが頷くと陸はサッと顔色を戻して接客に戻る。

ひまり(まさか……ね?)


〇カフェ・閉店後

まかないのパスタを並んで食べているひまりと陸。
無言で空気が重い。

陸「……あのさ」
ひまり「は、はい」
陸「さっきはごめん。驚かせたよな」
ひまり「いえ! バタバタしてて思ってたことが口に出てたのかもしれなくてすみせん」
陸「……いや、それは俺の方で……」

困り顔の陸が自分の髪をぐいっとかき上げる。眉間にしわが寄っていて困った顔をしている。
その指には先ほど見た純白の糸。

ひまり(綺麗な純白の糸……長い間誰かに片想いしてる……?)

陸「……え?」

陸が驚いてひまりを見る。それからひまりの視線があった自分の小指をみる。

陸「……なあ、変なこというけどさ。高橋、なにかみえてる?」
ひまり「……え?……あ……」
ひまり(なにか疑われたときは『それって霊的なやつ?』って笑って誤魔化すのが定番だったけど……)

陸の真っ直ぐな目がひまりを戸惑わせる。

ひまり(だめだ……たぶん、ほんとうにこの人は確信があって言ってるんだ……)

ひまり「……気持ち悪かったらごめんなさい。その、小指に糸が……みえます」

おずおずと自分の膝に視線を落としながらいうひまり。

陸「糸……」
ひまり(うわあ……絶対なにこの陰キャ気持ち悪……って思われた……似たようなこと中学であったなあ……さすがに糸見えますとは言わなかったけど)

陸がバッとひまりに体ごとむき直して頭を下げる。

陸「ごめん! 俺が先に言うべきだった! 俺は……人の心の声が聞こえるんだ」
ひまり「あ、頭をあげてくださいっ」

あわあわと焦るひまり。陸が申し訳なさそうに顔を上げてからひまりは座り直し陸の言葉を咀嚼する。

ひまり「……心の声、ですか」
陸「ああ。……信じてもらえねえかもしれないけど」
ひまり「信じます。もしかしたらってなんかわからないですけど、そう思ったんです」

聞き間違い、で誤魔化してもよかったのに。
陸が少し泣きそうな目でひまりをみる。

陸「……同じなんだな、俺たち。なんかすげー運命」
ひまり「本当ですね」

くすっと笑うふたり。

陸「もし、嫌じゃなかったら聞いていい? 糸ってどんな?」
ひまり「んー……こう、小指にくるっと。村上さんの場合は右手のここです」

ひまりが自分の見えている糸を指さす。

陸「へえー。俺のは純白って言ってたけど他にも色があんの? 運命の赤い糸みたいな?」

興味津々の陸。

ひまり「ありますよ。赤やピンク、紫とか。知らないだけでもっとあるかもしれないです」
陸「白の意味は?」
ひまり「えっと……(片想いって言いづらい)」
陸「いいよ。聞こえてる」
ひまり「あっ……」
陸「こういうことがあるから今日みたいに集中力切らすとだめでさ。もう馴れたと思ったんだけどなあ」
ひまり「なんか……わかります。わたしも糸が見える分、つい恋愛相談受けては失敗して」
陸「恋愛相談! あるある。俺も友達の好きな人の心の声聞いちゃったときは気まずかったなあ」

ひまり(なんか変なの……でもこうして同じような悩みを持っている人と話せるのは嬉しいかも)

陸「……自分の好きな人の心の中だって、勝手に聞こえるから怖くてさ」

淡々と言っているように見えてひまりにはその糸が物語っているように見える。

ひまり「……それは……辛いですね(わたしは真也くんの気持ち、知りたいくらいだけどな……)」
陸「真也くんって、高橋の彼氏?」
ひまり「あっ、わっ」
陸「あ、ごめん。俺また勝手に……」
ひまり「だ、大丈夫です……その……」

陸がひまりをじっと見る。

陸「あのさ、俺たち少しだけ協力しない?」


〇学校・下校中

真也「ひまりと帰れるの2日ぶりだ嬉しい」
ひまり「あ、あのね、真也くん!」
真也「ん?」
ひまり「わたしがバイトしてるカフェでお茶していかない? あ、パスタもすごく美味しくて……」
真也「(ひまりからのお誘い!?)いく」


〇ひまりのバイト先のカフェ・店内

真也がにっこにっこの嫉妬丸出しの貼り付けた笑顔でバイト中の陸を見ている。

陸「この時間結構空いてるからゆっくりしてって。店長が色々サービスしたいって喜んでるし」
ひまり「そんな……っ悪いです、でもお気遣いありがとうございます」

自ら陸に近づく真也。

真也「こんにちは。ひまりがお世話になってます」
ひまり「あっ、か、彼氏……? の真也くん、です! こちらはバイト先の先輩で私たちの一つ年上の村上さん」
真也(俺のこと彼氏って言ってくれた……)
陸「はじめましてー。高橋さんから話は聞いてます」

無邪気に握手を求める陸。ちょっとムカつきながらも応じる真也。

真也「はじめまして。結構仲良いんですね」
陸「いやあ、彼氏さんほどじゃないよ」
真也「そうじゃなきゃ困ります」

じっと独占欲丸出しの目で陸を見やる真也。

陸(あー……これ声聞くまでもねえ……のに)

陸がちらっとひまりをみる。祈るような顔をしているひまり。
陸はそんなひまりをみて『両思いじゃん』と目だけで笑う、ひまりもそんな顔を見て釣られて笑う。

真也(……なにこれ?)

ふたりの目配せに気づいた真也。
ぼそっとひまりに聞こえないようにいう。

真也「あー……この人もなにかあるってこと」

真也「ひまり」

ぐいっとひまりを引き寄せてキスをする。

ひまり「ちょっ……」

人前なので思わず拒否するひまり。それにも若干苛立つ真也。

真也「……この人の前だから嫌なの?」
ひまり「ひ、人前では……っ」
真也「この人と一緒になにするつもりなの?」

冷たい声と真也の切なげな顔にハッとする。

真也「俺の言葉、そんなに信用できない? 俺に糸がないから?」

なぜそれを真也が知っているのか。そして自分が真也の気持ちを試すような行動をしてしまったことを後悔するひまり。

真也「俺にはひまりだけだよ。信じてくれなくても」

真也がひとり店をで行く。

ひまり「真也くん!」
陸「追いかけろよ」
ひまり「でも……っ、ごめんなさい……っ!」

ひまりも真也をおいかけて店をでる。
入れ違いで大人っぽい女性が入ってくる。その人が陸に向かって小さく手を振る。

陸「……いらっしゃいませ」