(プロローグ)
〇県立徳原高校・図書室(放課後)
――運命の赤い糸が見えるんです。そんなこと言ったところで誰が信じてくれるだろう。
微かに開いた窓の外からは部活動をしている生徒の声が響いている。
東野真也が高橋ひまりの頬を包むようにしてキスをして、名残惜しそうに唇を離す。
ぷはっと、慣れないキスに肩で息をするひまり。
ひまり「はぁ……っ」
真也「ごめん、苦しかった?」
ひまりは首を横に振る。
にこっと綺麗な笑顔を浮かべる真也。
真也「恋人って毎日たくさんキスするんでしょ」
真也がひまりの唇を指で撫でる。その小指には運命の糸が見えない。自分の指にも。
ひまり「あ、あの……っ、やっぱり……っ」
真也「ひまりが言ったんだよ。キスってどんな感じなのかなって」
ひまり「言った……言ったけど、でもっ」
恥ずかしくてテンパってるひまり。
色気のある意地悪っぽい笑みを浮かべる真也。
真也「それとももっと先のことがしたかった?」
ひまり「な……っ、そんなわけ……っ!」
廊下で「ねー待ってよー」と誰かがじゃれ合っている声が響く。
ひまりは切羽詰まった顔で真也を見上げる。
ひまり「誰かに見られたら……っ」
ひまるの頭を優しく撫でる真也。
そのまま引き寄せてキスをしようとする。
真也「ひまりがやめてって言ったらやめるけど……どうする?」
ずるい、という顔をして受け入れるひまり。
〇学校・2年A組の教室・朝礼(朝)
窓の外では桜が咲き誇っている。
賑やかな教室でひまりは自分の席で少女漫画を読んでいる。
教室でいちゃつく男女のクラスメイトを横目で見る。
クラスメイトの指には赤い糸。
ひまり「(本当になにこの謎能力。神様絶対片手間にわたしのこと作ったでしょ)」
自分のなにもない小指をみる。
それから窓ガラスに映った自分の姿をみる。中の下、が相応しいような平凡な顔、地味な見た目。ザ・陰キャでオタク感。
物心ついたくらいから他人の小指に糸が見えるようになった。
左手か右手、どちらかに必ず存在している糸。
繋がった赤は両思い、白は片想いで大体途切れている。
それから黒は嫉妬、紫は色欲みたい。
両思いになると右手の糸と左手の糸がピッタリくっついて一本の糸になる。
それを《運命の糸》だと自覚したのは絵本に出てきた運命の赤い糸の話を聞いたとき。
ひまり「(わたし自身は誰かの糸と繋がったことなんて一度もない。気になる人ができてもその人の糸が自分ではないだれかに向けられていることだけ先に分かる……この謎能力のせいで恋愛嫌いになれたらまだよかったのに人一倍憧れはあるし)」
またクラスメイトを眺めるひまり。
そんなこともあったなあ、と物思いにふけていると、担任教師が教壇に立つ。
教師「おーい席着いてー。クラス替え早々だが転入生を紹介するぞー」
教室に入ってきた転校生にクラスメイト全員が釘付けになる。
整った顔、さらさらな黒髪。圧倒的なオーラと匂い立つような色気。制服を着崩しているわけでもアクセサリーを着けているわけでもないのになぜか派手に見える雰囲気に、ザ・陽キャだなと思う。
ひまり(綺麗なひと……なんか懐かしい……)
真也「東野真也(ひがしのしんや)です――あ、先生、俺、あそこの席がいいな」
真也がひまりの横の空いている席を指さす。
ひまりの少女漫画の上にひらりと桜の花びらが舞い降りた。
〇学校・教室(昼休み)
教室で友達の山下美紀と2人でお昼を食べているひまり。
その後ろで当然のように後ろからひまりにべったりくっついている真也はパンを食べている。
ひまり「……と、まあ、これが2週間前のことです」
美紀「2週間前でなにがあったの」
ひまり「わたしが聞きたいよお……」
近い近い、と自分から真也を引き離そうとするひまり。だが絶対離れないという真也の強い意志により距離をとれないでいる。
ひまり「わたしと真也くんは本当にただの幼なじみというか……幼稚園がたまたま一緒だっただけで……卒園と同時に真也くん引っ越しちゃうし」
美紀「そういえば幼稚園だけハイソなところ通ってたって言ってたっけ」
はあ、とたため息をつきながら説明するひまり。対照的に真也は恋人のような雰囲気でひまりに話しかける。
真也「ひまり、卵焼きどう? 昨日より少し甘めにしたんだけど」
真也がひまりのお弁当の中身を指さす。
ひまり「う、うん、ありがとう、おいしい、です」
真也「なんで敬語」
真也がフッと優しく笑う。周りがその姿に見とれている。
ごくっとごはんを飲み込むひまり。
ひまり「あのっ、嬉しいけど真也くんのお弁当なんだし毎日交換しなくても……」
真也「だめ。俺はひまりが購買で買ってくれるパンが食べたいから」
真也が自分の食べているパンを見せる。
ひまり「(パンだって私が買っても結局真也くんがお金払ってくれてるから私が買ってるとは言いがたいし……)」
うーん、と返す言葉に迷っているひまり。
呆れ顔で食べ終わったお弁当を片付ける美紀。
美紀「イチャイチャイチャイチャ……これで付き合ってないとか笑わせないで欲しいですね」
ひまり「美紀ちゃん笑えないからやめて……」
美紀「それにしても東野くん、目立ちますよね」
じいっとひまりの後ろにいる真也を眺める美紀。
美紀「まずアイドル顔負けの顔の良さ。身長185センチ越えの高身長。しかもお父さんは海外に拠点を持つ一流弁護士でお母さんはあの大ヒット少女漫画《赤いリボン》の作者で、本人はニューヨークの小中学校を首席で卒業後に日本最難関高校でまたトップたたき出した世の中のバグみたいな存在」
眼鏡をクイッと指で押し上げ、オタク特有の早口で語る美紀。
ひまり「バグって……なんでそんなに詳しいの美紀ちゃん……」
美紀「私の情報網を舐めないでほしいですね。最初は陰キャの敵の見た目すぎて話しかけられたとき終わったって思ったけど、話すと結構いい人なところがまたチート」
真也「山下さん実は俺のこと嫌い?」
美紀「友達の彼氏はみんな嫌いですけど?」
ひまり「付き合ってないって」
美紀「でも、東野くんってなんでこんな郊外の普通の学校にわざわざ転入してきたの?」
真也「ひまりがいるから」
真顔で当然のことのようにいう真也に呆れ顔のひまり。
ひまり「きっと何か理由があるんだよ。わたしが聞いてもこうやって冗談しか言わないし」
真也「本当だよ」
ひまり「はいはい」
ひまりは全く信じていない。
真也「ひまりは俺のこと忘れてたもんね……」
あからさまにしょんぼりした真也にひまりはあわあわと顔の前で手を振る。
ひまり「忘れてたっていうか真也くんが昔と変わりすぎてて……っ!」
小さくて可愛かった頃を思い出して今と全然違うじゃん、と思うひまり。
それから少し躊躇いがちに。
ひまり「連絡だって中学入る前に突然取れなくなっちゃうし……! 5年も音信不通で……」
真也「それは……ごめん」
美紀「へ? なんでひまりに連絡しなかったの?」
真也「……家の方針? 海外生活に集中しろって手紙もだめだったんだよね。ひまりと連絡取れなくなっておかしくなるかと思った」
美紀が「エリート一家ってなんか大変そうですね」と言って頬杖をつく。
真也「転校してきた日にひまりの連絡先聞いて今は毎日連絡してる」
ひまり「反動がすごいよね……」
おやようからおやすみまでほぼ一方的に連絡してくる真也からの通知音を聞いている美紀が引き気味の笑顔で。
美紀「イケメンでも犯罪になるときはなりますからね」
ひまり「でも、おうちの事情だったって聞いてちょっとほっとしちゃった」
真也「ほっと?」
なんで?と訝る真也。
ひまり「――だって、ずっと嫌われちゃったかなって思ってたから」
目を見張って驚いた顔をする真也。
真也「――嫌いになんてなるわけないよ。むしろ――」
クラスの男子が教室のドアの前から東野に声をかける。
男子1「東野~呼ばれてんぞお」
男子1の陰から恥ずかしそうにこちらを見ている可愛らしい雰囲気の女子。
また告白かあ、という周りの雰囲気。
ひまりには彼女の指に白い糸が結ばれているのが見える。
真也「……わかった。ひまり、またあとで。大好きだよ」
ひまり「そういうのいいってば!」
彼女が真也に告白しにきたことが明白なので無神経だと若干怒り気味に。
美紀がちらっとひまりを見る。
美紀「転校してきてからまだ2週間なのに告白されるの何回目ですかね。今回もお断りでしょうか?」
美紀が机に少女漫画を数冊重ねておき、読み始める。そのうちの一冊をひまりも開く。
ひまり「真也くん、恋愛とか興味なさそうだよねえ……」
美紀「ひまりとは正反対ですね」
ひまり「あはは……」
苦笑いしてしまうひまり。自分の姿が窓ガラスに反射している。誰の記憶にも残らなそうな地味な見た目。
(少女漫画大好きで恋愛に興味津々だけどモテるわけないわたしと、興味ないけどモテモテな真也くん……確かに正反対だ)
陽キャっぽい女子がひまりに近づいてくる。
ひえっと驚いているひまり。
女子はひまりの机にバンッと手を置く。
その指には白い糸。
女子1「ねえ。高橋さん、放課後ちょっと話あるんだけど」
ひまり「は、はい……っ(終わった)」
〇学校・放課後(教室)
教室の隅で陽キャ女子3人に囲まれている涙目のひまり。
ひまり(美紀ちゃんが来てくれようとしてたけど戦いが起こりそうな雰囲気だったし断っちゃった……けど……)
ギロッと睨まれるひまり。怖い、と身がすくむ。
ひまり「(お昼休みも告白で呼び出されたはずなのに秒速で帰ってきたあげくあっさり「断った」って言うような人だしなあ……地味で少女漫画オタクのわたしとは全く恋愛関係に発展してませんよ)」
女子1「ねえ、高橋さんさ……」
ひまり「は、はい……」
遠い目をするひまり。
女子1「中学の時に魔女って呼ばれてたよね……?」
ひまり「……え?」
中学時代の黒歴史を思い出す。友達の恋愛相談に乗っていたらいつのまにか魔女と呼ばれて連日行列ができてしまったことがあった。
ぽかん、としてからわざとらしく誤魔化そうとするひまり。
ひまり「えっと、な、なんのことかな」
女子2「誤魔化さないで! 魔女に相談すれば百発百中だって」
おずおずと目をそらすひまり。
ひまり「いや、そんな魔法みたいなことありえないよ……(たまたまそうだった子がいたかもしれないけど、予言とかじゃないし! もともと両思いだった人たちが告白しただけで!)」
ひまりの反応に確信を得た女子たちはぱっと明るい笑顔をみせる。
女子2「やっぱりそうだ! 同じ中学だった子から噂聞いたの! ね、うちらの相談にも乗ってくれないかな」
中学時代に友達の相談にのったときのSNSのスクショを見せられる。
ひまり「(ああ、こういうの法律で禁止して……)」
言い逃れができなくなり、ひまりは頷く。
ひまり「本当に特別な力とかなくて……ただ、なんとなく勘? なんだけど……」
女子1・2がごくり、と息をのんでからひまりの肩を掴む。
ひまりは真也くんのことだよね、と内心受け止める覚悟。
女子1・2「わたしたちの運命のひとを教えて!」
ひまり「(そうきたかあ)」
〇学校・放課後(教室)
ひまりは女子1.2と向かい合って座りそれぞれの指の白い糸をじっと見る。
ひまり「――だからたぶん2人ともC組の男の子、な気がする」
女子1「C組かあ、合同体育で一緒になるくらいだからあんまり考えたことなかったかも!」
女子2「誰だかはわからないかな!?」
ひまり「さすがにそこまでは……(これ以上はプライバシー的に……)」
女子1「そうだよねえ」
女子2「あとは自分たちで頑張ろっか。C組の子みんなに話しかけてみよ!」
ありがとう~と、女子1・2は嬉しそうに教室を出て行く。
〇学校・放課後(教室)
ガラッとドアが開いて真也と美紀が入ってくる。
美紀が真也を腕で制止しながら片手でごめん、と手で謝っている。
真也「ひまり」
美紀「ばれました」
ズンズンひまりと距離を詰める。
真也「大丈夫?」
ひまりの頬に触れながら心配そうに見つめる真也。
ひまり「ん? うん、少し相談に乗ってただけだから大丈夫だよ。ありがとう」
真也に心配掛けないように空元気を出すひまり。
美紀「ひまり中学の時魔女って呼ばれてたんです。恋愛相談受けすぎて抽選になったこともあるんですよ。くじ作りが大変でした」
ひまり「黒歴史だよ……もうやらないと思ってたのになあ。なるべく目立たないようにしてたし」
ひまり(トラウマ克服のために始めたことだったけど……やっぱりなんか不安でやめちゃったんだよね)
ひまり「(魔法なんかじゃないのに……)」
真也「本当に無理しないで。ひまり、優しいから」
真剣な声と表情に思わずどきっとしてしまうひまり。人の恋愛話を聞いてたからかな、と顔が熱くなり目をそらしてしまう。
ひまり「あ、ありがとう」
真也「俺、今日はこの後先生に呼ばれてるから一緒に帰れないけど……」
腕時計を確認した真也がぽんっとひまりの頭に手を置いて身をかがめひまりの耳元で囁く。
真也「糸、見えすぎて辛かったらいつでも言って。どこにでも連れ出すから」
ひまり「え……っ」
真也の発言に驚くひまり。
そのまま真也は教室を出ていく。
ひまり「(気のせい、だよね? まるで私が運命の糸が見えるって知ってるみたいな……)」
〇学校・教室(午後・授業終わり)
授業終了の鐘が鳴る。
教師がテストを返却している。
教師「次、高橋~」
ひまり「は、はい」
テストの点数は50点。日汗を掻いている。
ひまり(や、やばい……)
女子1「ねえ! 魔女様!」
ひまり「ま、魔女様?」
女子1がひまりに飛びつく。ひまりはテストを思わずポケットに丸めて隠す。
女子1の糸はほんのりピンク。
女子1「魔女様のおかげでC組の子と連絡先交換できたよ~! 今日も一緒に帰るんだあ」
ひまり「わたしはなにも……でもよかった。上手くいくといいね」
あだ名に戸惑いつつ、へにゃ、とお疲れ気味だけど女子1の幸せを素直に喜ぶひまり。
女子1の後ろから女子2がひょこっと現れる。
女子2「そこで! 本題なんだけど、今度カラオケで合コンするの!」
女子1「えー、あんたまじで行くの? C組の子は?」
女子2「だって誰かわかんないんだもん。私可愛すぎるからみんな赤面するし」
わいわい話しているふたりをぽかん、と見つめるひまり。
女子2「でね、魔女様にも来て欲しいなって!」
ひまり「え!?」
女子2「だっていつも恋愛相談乗ってくれるし、少女漫画読んでるじゃん? 恋愛、興味あるんでしょ? 一緒に彼氏作ろうよ!」
ひまり「え……ええ……?」
女子2「あれ? もしかして推しがいるとか? 2次元以外興味ない感じ? 全然? デートしたいなとか、キスしたいなって思わない?」
ひまり「あ……えっと……興味はある、けど……」
うろたえるひまり。
女子2「あ、東野くん! 魔女様がいればきてくれるよね?」
ひまり「(そっちが本命ってことかあ)」
真也「いや、俺は……」
クラスの男子が恒例のごとく真也を呼ぶ。
男子「東野~また呼ばれてんぞ~」
呼んでいる他クラスの女子の指には白い糸。
わらわらと人が集まってくる。その指には片想いの白い糸と嫉妬の黒い糸。
ひまり「(訳分からなくなってきた……! ああもうっ、他人の運命の糸なんて見えなければいいのに……!)」
糸が体中を締め付けるような息苦しさに襲われる。
混乱しているとひまりの体がふわっと浮く。糸から解放されるような感覚。
ひまり「――え?」
視界が反転して真也に担ぎ上げられていることに気づく。
真也「悪いけど俺、彼女いるから」
ひまり「ちょ、ちょっとおろしてっ!」
真也「ね。ひまり。いこ」
そのまま教室を出る。
〇学校・図書室
図書委員は本を枕にして爆睡しており、他に利用者はいない。
一番奥の本棚の前で真也とひまりが向き合っている。
ひまり「ひ、ひとを荷物みたいに……!」
真也「ごめんごめん」
一呼吸置いてからおずおずと訪ねる。
ひまり「真也くん……彼女がいるの?」
真也の指は相変わらず糸がない。
真也「……興味ないと思って我慢してたんだけどな」
ひまり「え?」
真也「現実の恋愛、興味あるんでしょ?」
問いに答えて貰っていないので困惑しつつも答える。
ひまり「……あるよ。真也くんのお母さんの漫画大ファンなくらいだし、読む度こんなことが現実にあったらいいなって思う」
恥ずかしくなってきて下を向き、自分のスカートをぎゅっと握る。
ひまり「好きな人と両思いになるってどんな気持ちなのかなとか、キスってどんな感じなのかなとか……変だよね。付き合ってる人もいないのに」
パッと空元気で顔をあげる。
真也の真面目な顔と目が合う。ひまりの手を握る真也。
真也「変じゃないよ。俺だって気になるもん。どんな感じなのかなって」
ひまり「え……」
ひまりの手を握ったままその場に膝を折る真也。ひざまずくような体制でひまりを見上げる。
真也「ねえ、俺と付き合おうよ」
ひまり「え、え!?」
真也「彼氏がいればああやって合コンに誘われることも、深夜まで恋愛相談されることも減るだろうしひまりにもメリットあると思うんだけど、どう?」
ひまり「そんな、どうって言われても(あれ?深夜までって話したっけ?)」
真也の態度に若干引きつつ、後ずさるも真也も同時に距離を詰めるため壁に背中がぶつかる。
真也「俺が糸なんて気にならないようにしてみせる。絶対に」
ひまり「え、なんで、糸のこと知って――」
真也「ね。お願いひまり。お試しでいいから……ひまりがやめてって言ったらやめるから」
ひまり「(そんなのずるい……そんなのまるで……わたしのこと……)」
困惑しつつ自分のことが好きだと言われているようだと照れるひまり。だけど請うような真也の指には糸がない。
真也が毎日告白されていたことを思い出す。
ひまり「(……そっか。彼女がいれば告白されることだって減るだろうし、恋愛しない主義の真也くんには私みたいなお飾りの彼女が都合いいのかも)」
そういう恋愛漫画あったなあ、負けヒロインっていうんだっけ?と納得。
ひまり「(なら! 知りたいこと全部知ってやる!)」
真也「ひまり……?」
ひまりが真也の手を握る。
ひまり「……キスって、したことある?」
真也「……これがはじめて」
真也が下からひまりにキスをする。
ゆっくり立ち上がりながら何度か角度を変えてキスをして、ひまりが見上げるかたちになる。
他の生徒が「――でさ~」と話しながら近くを通る。びっくりして我に返るひまり。
真也「もう少しだけ」
切羽詰まった表情にどきりとして受け入れてしまうひまり。
〇県立徳原高校・図書室(放課後)
――運命の赤い糸が見えるんです。そんなこと言ったところで誰が信じてくれるだろう。
微かに開いた窓の外からは部活動をしている生徒の声が響いている。
東野真也が高橋ひまりの頬を包むようにしてキスをして、名残惜しそうに唇を離す。
ぷはっと、慣れないキスに肩で息をするひまり。
ひまり「はぁ……っ」
真也「ごめん、苦しかった?」
ひまりは首を横に振る。
にこっと綺麗な笑顔を浮かべる真也。
真也「恋人って毎日たくさんキスするんでしょ」
真也がひまりの唇を指で撫でる。その小指には運命の糸が見えない。自分の指にも。
ひまり「あ、あの……っ、やっぱり……っ」
真也「ひまりが言ったんだよ。キスってどんな感じなのかなって」
ひまり「言った……言ったけど、でもっ」
恥ずかしくてテンパってるひまり。
色気のある意地悪っぽい笑みを浮かべる真也。
真也「それとももっと先のことがしたかった?」
ひまり「な……っ、そんなわけ……っ!」
廊下で「ねー待ってよー」と誰かがじゃれ合っている声が響く。
ひまりは切羽詰まった顔で真也を見上げる。
ひまり「誰かに見られたら……っ」
ひまるの頭を優しく撫でる真也。
そのまま引き寄せてキスをしようとする。
真也「ひまりがやめてって言ったらやめるけど……どうする?」
ずるい、という顔をして受け入れるひまり。
〇学校・2年A組の教室・朝礼(朝)
窓の外では桜が咲き誇っている。
賑やかな教室でひまりは自分の席で少女漫画を読んでいる。
教室でいちゃつく男女のクラスメイトを横目で見る。
クラスメイトの指には赤い糸。
ひまり「(本当になにこの謎能力。神様絶対片手間にわたしのこと作ったでしょ)」
自分のなにもない小指をみる。
それから窓ガラスに映った自分の姿をみる。中の下、が相応しいような平凡な顔、地味な見た目。ザ・陰キャでオタク感。
物心ついたくらいから他人の小指に糸が見えるようになった。
左手か右手、どちらかに必ず存在している糸。
繋がった赤は両思い、白は片想いで大体途切れている。
それから黒は嫉妬、紫は色欲みたい。
両思いになると右手の糸と左手の糸がピッタリくっついて一本の糸になる。
それを《運命の糸》だと自覚したのは絵本に出てきた運命の赤い糸の話を聞いたとき。
ひまり「(わたし自身は誰かの糸と繋がったことなんて一度もない。気になる人ができてもその人の糸が自分ではないだれかに向けられていることだけ先に分かる……この謎能力のせいで恋愛嫌いになれたらまだよかったのに人一倍憧れはあるし)」
またクラスメイトを眺めるひまり。
そんなこともあったなあ、と物思いにふけていると、担任教師が教壇に立つ。
教師「おーい席着いてー。クラス替え早々だが転入生を紹介するぞー」
教室に入ってきた転校生にクラスメイト全員が釘付けになる。
整った顔、さらさらな黒髪。圧倒的なオーラと匂い立つような色気。制服を着崩しているわけでもアクセサリーを着けているわけでもないのになぜか派手に見える雰囲気に、ザ・陽キャだなと思う。
ひまり(綺麗なひと……なんか懐かしい……)
真也「東野真也(ひがしのしんや)です――あ、先生、俺、あそこの席がいいな」
真也がひまりの横の空いている席を指さす。
ひまりの少女漫画の上にひらりと桜の花びらが舞い降りた。
〇学校・教室(昼休み)
教室で友達の山下美紀と2人でお昼を食べているひまり。
その後ろで当然のように後ろからひまりにべったりくっついている真也はパンを食べている。
ひまり「……と、まあ、これが2週間前のことです」
美紀「2週間前でなにがあったの」
ひまり「わたしが聞きたいよお……」
近い近い、と自分から真也を引き離そうとするひまり。だが絶対離れないという真也の強い意志により距離をとれないでいる。
ひまり「わたしと真也くんは本当にただの幼なじみというか……幼稚園がたまたま一緒だっただけで……卒園と同時に真也くん引っ越しちゃうし」
美紀「そういえば幼稚園だけハイソなところ通ってたって言ってたっけ」
はあ、とたため息をつきながら説明するひまり。対照的に真也は恋人のような雰囲気でひまりに話しかける。
真也「ひまり、卵焼きどう? 昨日より少し甘めにしたんだけど」
真也がひまりのお弁当の中身を指さす。
ひまり「う、うん、ありがとう、おいしい、です」
真也「なんで敬語」
真也がフッと優しく笑う。周りがその姿に見とれている。
ごくっとごはんを飲み込むひまり。
ひまり「あのっ、嬉しいけど真也くんのお弁当なんだし毎日交換しなくても……」
真也「だめ。俺はひまりが購買で買ってくれるパンが食べたいから」
真也が自分の食べているパンを見せる。
ひまり「(パンだって私が買っても結局真也くんがお金払ってくれてるから私が買ってるとは言いがたいし……)」
うーん、と返す言葉に迷っているひまり。
呆れ顔で食べ終わったお弁当を片付ける美紀。
美紀「イチャイチャイチャイチャ……これで付き合ってないとか笑わせないで欲しいですね」
ひまり「美紀ちゃん笑えないからやめて……」
美紀「それにしても東野くん、目立ちますよね」
じいっとひまりの後ろにいる真也を眺める美紀。
美紀「まずアイドル顔負けの顔の良さ。身長185センチ越えの高身長。しかもお父さんは海外に拠点を持つ一流弁護士でお母さんはあの大ヒット少女漫画《赤いリボン》の作者で、本人はニューヨークの小中学校を首席で卒業後に日本最難関高校でまたトップたたき出した世の中のバグみたいな存在」
眼鏡をクイッと指で押し上げ、オタク特有の早口で語る美紀。
ひまり「バグって……なんでそんなに詳しいの美紀ちゃん……」
美紀「私の情報網を舐めないでほしいですね。最初は陰キャの敵の見た目すぎて話しかけられたとき終わったって思ったけど、話すと結構いい人なところがまたチート」
真也「山下さん実は俺のこと嫌い?」
美紀「友達の彼氏はみんな嫌いですけど?」
ひまり「付き合ってないって」
美紀「でも、東野くんってなんでこんな郊外の普通の学校にわざわざ転入してきたの?」
真也「ひまりがいるから」
真顔で当然のことのようにいう真也に呆れ顔のひまり。
ひまり「きっと何か理由があるんだよ。わたしが聞いてもこうやって冗談しか言わないし」
真也「本当だよ」
ひまり「はいはい」
ひまりは全く信じていない。
真也「ひまりは俺のこと忘れてたもんね……」
あからさまにしょんぼりした真也にひまりはあわあわと顔の前で手を振る。
ひまり「忘れてたっていうか真也くんが昔と変わりすぎてて……っ!」
小さくて可愛かった頃を思い出して今と全然違うじゃん、と思うひまり。
それから少し躊躇いがちに。
ひまり「連絡だって中学入る前に突然取れなくなっちゃうし……! 5年も音信不通で……」
真也「それは……ごめん」
美紀「へ? なんでひまりに連絡しなかったの?」
真也「……家の方針? 海外生活に集中しろって手紙もだめだったんだよね。ひまりと連絡取れなくなっておかしくなるかと思った」
美紀が「エリート一家ってなんか大変そうですね」と言って頬杖をつく。
真也「転校してきた日にひまりの連絡先聞いて今は毎日連絡してる」
ひまり「反動がすごいよね……」
おやようからおやすみまでほぼ一方的に連絡してくる真也からの通知音を聞いている美紀が引き気味の笑顔で。
美紀「イケメンでも犯罪になるときはなりますからね」
ひまり「でも、おうちの事情だったって聞いてちょっとほっとしちゃった」
真也「ほっと?」
なんで?と訝る真也。
ひまり「――だって、ずっと嫌われちゃったかなって思ってたから」
目を見張って驚いた顔をする真也。
真也「――嫌いになんてなるわけないよ。むしろ――」
クラスの男子が教室のドアの前から東野に声をかける。
男子1「東野~呼ばれてんぞお」
男子1の陰から恥ずかしそうにこちらを見ている可愛らしい雰囲気の女子。
また告白かあ、という周りの雰囲気。
ひまりには彼女の指に白い糸が結ばれているのが見える。
真也「……わかった。ひまり、またあとで。大好きだよ」
ひまり「そういうのいいってば!」
彼女が真也に告白しにきたことが明白なので無神経だと若干怒り気味に。
美紀がちらっとひまりを見る。
美紀「転校してきてからまだ2週間なのに告白されるの何回目ですかね。今回もお断りでしょうか?」
美紀が机に少女漫画を数冊重ねておき、読み始める。そのうちの一冊をひまりも開く。
ひまり「真也くん、恋愛とか興味なさそうだよねえ……」
美紀「ひまりとは正反対ですね」
ひまり「あはは……」
苦笑いしてしまうひまり。自分の姿が窓ガラスに反射している。誰の記憶にも残らなそうな地味な見た目。
(少女漫画大好きで恋愛に興味津々だけどモテるわけないわたしと、興味ないけどモテモテな真也くん……確かに正反対だ)
陽キャっぽい女子がひまりに近づいてくる。
ひえっと驚いているひまり。
女子はひまりの机にバンッと手を置く。
その指には白い糸。
女子1「ねえ。高橋さん、放課後ちょっと話あるんだけど」
ひまり「は、はい……っ(終わった)」
〇学校・放課後(教室)
教室の隅で陽キャ女子3人に囲まれている涙目のひまり。
ひまり(美紀ちゃんが来てくれようとしてたけど戦いが起こりそうな雰囲気だったし断っちゃった……けど……)
ギロッと睨まれるひまり。怖い、と身がすくむ。
ひまり「(お昼休みも告白で呼び出されたはずなのに秒速で帰ってきたあげくあっさり「断った」って言うような人だしなあ……地味で少女漫画オタクのわたしとは全く恋愛関係に発展してませんよ)」
女子1「ねえ、高橋さんさ……」
ひまり「は、はい……」
遠い目をするひまり。
女子1「中学の時に魔女って呼ばれてたよね……?」
ひまり「……え?」
中学時代の黒歴史を思い出す。友達の恋愛相談に乗っていたらいつのまにか魔女と呼ばれて連日行列ができてしまったことがあった。
ぽかん、としてからわざとらしく誤魔化そうとするひまり。
ひまり「えっと、な、なんのことかな」
女子2「誤魔化さないで! 魔女に相談すれば百発百中だって」
おずおずと目をそらすひまり。
ひまり「いや、そんな魔法みたいなことありえないよ……(たまたまそうだった子がいたかもしれないけど、予言とかじゃないし! もともと両思いだった人たちが告白しただけで!)」
ひまりの反応に確信を得た女子たちはぱっと明るい笑顔をみせる。
女子2「やっぱりそうだ! 同じ中学だった子から噂聞いたの! ね、うちらの相談にも乗ってくれないかな」
中学時代に友達の相談にのったときのSNSのスクショを見せられる。
ひまり「(ああ、こういうの法律で禁止して……)」
言い逃れができなくなり、ひまりは頷く。
ひまり「本当に特別な力とかなくて……ただ、なんとなく勘? なんだけど……」
女子1・2がごくり、と息をのんでからひまりの肩を掴む。
ひまりは真也くんのことだよね、と内心受け止める覚悟。
女子1・2「わたしたちの運命のひとを教えて!」
ひまり「(そうきたかあ)」
〇学校・放課後(教室)
ひまりは女子1.2と向かい合って座りそれぞれの指の白い糸をじっと見る。
ひまり「――だからたぶん2人ともC組の男の子、な気がする」
女子1「C組かあ、合同体育で一緒になるくらいだからあんまり考えたことなかったかも!」
女子2「誰だかはわからないかな!?」
ひまり「さすがにそこまでは……(これ以上はプライバシー的に……)」
女子1「そうだよねえ」
女子2「あとは自分たちで頑張ろっか。C組の子みんなに話しかけてみよ!」
ありがとう~と、女子1・2は嬉しそうに教室を出て行く。
〇学校・放課後(教室)
ガラッとドアが開いて真也と美紀が入ってくる。
美紀が真也を腕で制止しながら片手でごめん、と手で謝っている。
真也「ひまり」
美紀「ばれました」
ズンズンひまりと距離を詰める。
真也「大丈夫?」
ひまりの頬に触れながら心配そうに見つめる真也。
ひまり「ん? うん、少し相談に乗ってただけだから大丈夫だよ。ありがとう」
真也に心配掛けないように空元気を出すひまり。
美紀「ひまり中学の時魔女って呼ばれてたんです。恋愛相談受けすぎて抽選になったこともあるんですよ。くじ作りが大変でした」
ひまり「黒歴史だよ……もうやらないと思ってたのになあ。なるべく目立たないようにしてたし」
ひまり(トラウマ克服のために始めたことだったけど……やっぱりなんか不安でやめちゃったんだよね)
ひまり「(魔法なんかじゃないのに……)」
真也「本当に無理しないで。ひまり、優しいから」
真剣な声と表情に思わずどきっとしてしまうひまり。人の恋愛話を聞いてたからかな、と顔が熱くなり目をそらしてしまう。
ひまり「あ、ありがとう」
真也「俺、今日はこの後先生に呼ばれてるから一緒に帰れないけど……」
腕時計を確認した真也がぽんっとひまりの頭に手を置いて身をかがめひまりの耳元で囁く。
真也「糸、見えすぎて辛かったらいつでも言って。どこにでも連れ出すから」
ひまり「え……っ」
真也の発言に驚くひまり。
そのまま真也は教室を出ていく。
ひまり「(気のせい、だよね? まるで私が運命の糸が見えるって知ってるみたいな……)」
〇学校・教室(午後・授業終わり)
授業終了の鐘が鳴る。
教師がテストを返却している。
教師「次、高橋~」
ひまり「は、はい」
テストの点数は50点。日汗を掻いている。
ひまり(や、やばい……)
女子1「ねえ! 魔女様!」
ひまり「ま、魔女様?」
女子1がひまりに飛びつく。ひまりはテストを思わずポケットに丸めて隠す。
女子1の糸はほんのりピンク。
女子1「魔女様のおかげでC組の子と連絡先交換できたよ~! 今日も一緒に帰るんだあ」
ひまり「わたしはなにも……でもよかった。上手くいくといいね」
あだ名に戸惑いつつ、へにゃ、とお疲れ気味だけど女子1の幸せを素直に喜ぶひまり。
女子1の後ろから女子2がひょこっと現れる。
女子2「そこで! 本題なんだけど、今度カラオケで合コンするの!」
女子1「えー、あんたまじで行くの? C組の子は?」
女子2「だって誰かわかんないんだもん。私可愛すぎるからみんな赤面するし」
わいわい話しているふたりをぽかん、と見つめるひまり。
女子2「でね、魔女様にも来て欲しいなって!」
ひまり「え!?」
女子2「だっていつも恋愛相談乗ってくれるし、少女漫画読んでるじゃん? 恋愛、興味あるんでしょ? 一緒に彼氏作ろうよ!」
ひまり「え……ええ……?」
女子2「あれ? もしかして推しがいるとか? 2次元以外興味ない感じ? 全然? デートしたいなとか、キスしたいなって思わない?」
ひまり「あ……えっと……興味はある、けど……」
うろたえるひまり。
女子2「あ、東野くん! 魔女様がいればきてくれるよね?」
ひまり「(そっちが本命ってことかあ)」
真也「いや、俺は……」
クラスの男子が恒例のごとく真也を呼ぶ。
男子「東野~また呼ばれてんぞ~」
呼んでいる他クラスの女子の指には白い糸。
わらわらと人が集まってくる。その指には片想いの白い糸と嫉妬の黒い糸。
ひまり「(訳分からなくなってきた……! ああもうっ、他人の運命の糸なんて見えなければいいのに……!)」
糸が体中を締め付けるような息苦しさに襲われる。
混乱しているとひまりの体がふわっと浮く。糸から解放されるような感覚。
ひまり「――え?」
視界が反転して真也に担ぎ上げられていることに気づく。
真也「悪いけど俺、彼女いるから」
ひまり「ちょ、ちょっとおろしてっ!」
真也「ね。ひまり。いこ」
そのまま教室を出る。
〇学校・図書室
図書委員は本を枕にして爆睡しており、他に利用者はいない。
一番奥の本棚の前で真也とひまりが向き合っている。
ひまり「ひ、ひとを荷物みたいに……!」
真也「ごめんごめん」
一呼吸置いてからおずおずと訪ねる。
ひまり「真也くん……彼女がいるの?」
真也の指は相変わらず糸がない。
真也「……興味ないと思って我慢してたんだけどな」
ひまり「え?」
真也「現実の恋愛、興味あるんでしょ?」
問いに答えて貰っていないので困惑しつつも答える。
ひまり「……あるよ。真也くんのお母さんの漫画大ファンなくらいだし、読む度こんなことが現実にあったらいいなって思う」
恥ずかしくなってきて下を向き、自分のスカートをぎゅっと握る。
ひまり「好きな人と両思いになるってどんな気持ちなのかなとか、キスってどんな感じなのかなとか……変だよね。付き合ってる人もいないのに」
パッと空元気で顔をあげる。
真也の真面目な顔と目が合う。ひまりの手を握る真也。
真也「変じゃないよ。俺だって気になるもん。どんな感じなのかなって」
ひまり「え……」
ひまりの手を握ったままその場に膝を折る真也。ひざまずくような体制でひまりを見上げる。
真也「ねえ、俺と付き合おうよ」
ひまり「え、え!?」
真也「彼氏がいればああやって合コンに誘われることも、深夜まで恋愛相談されることも減るだろうしひまりにもメリットあると思うんだけど、どう?」
ひまり「そんな、どうって言われても(あれ?深夜までって話したっけ?)」
真也の態度に若干引きつつ、後ずさるも真也も同時に距離を詰めるため壁に背中がぶつかる。
真也「俺が糸なんて気にならないようにしてみせる。絶対に」
ひまり「え、なんで、糸のこと知って――」
真也「ね。お願いひまり。お試しでいいから……ひまりがやめてって言ったらやめるから」
ひまり「(そんなのずるい……そんなのまるで……わたしのこと……)」
困惑しつつ自分のことが好きだと言われているようだと照れるひまり。だけど請うような真也の指には糸がない。
真也が毎日告白されていたことを思い出す。
ひまり「(……そっか。彼女がいれば告白されることだって減るだろうし、恋愛しない主義の真也くんには私みたいなお飾りの彼女が都合いいのかも)」
そういう恋愛漫画あったなあ、負けヒロインっていうんだっけ?と納得。
ひまり「(なら! 知りたいこと全部知ってやる!)」
真也「ひまり……?」
ひまりが真也の手を握る。
ひまり「……キスって、したことある?」
真也「……これがはじめて」
真也が下からひまりにキスをする。
ゆっくり立ち上がりながら何度か角度を変えてキスをして、ひまりが見上げるかたちになる。
他の生徒が「――でさ~」と話しながら近くを通る。びっくりして我に返るひまり。
真也「もう少しだけ」
切羽詰まった表情にどきりとして受け入れてしまうひまり。