○学校・廊下(放課後)

彩音〈樹くんが学園に来るのは学園祭まで〉
彩音〈だからそれまでにたくさん話したいのに……〉

廊下を焦って小走りする彩音。

彩音(今日も樹くん、学校に来てるはず)

前に立っている楓に気づく。

彩音「楓……」
楓「ん? なんか急いでんの?」

楓はわざとらしいにやにや笑いを浮かべている。

彩音「べ、別に……」
楓「そうか? あー、なんか腹減ったな」
彩音「こ、これあげる!」

ポケットから出した飴を押しつける。

彩音「じゃ!」
楓「こんなんで腹が膨れるのか?」
彩音「~~~っ! 待ってて!」

いらっとしつつ無視できない。
彩音は走ってどこかへ行く。
しばらくして、戻ってくる彩音。

彩音「はい!」

渡したのは購買の売れ残り惣菜パン。

楓「……」

むっとしてそれを見つめる楓。

楓「あのさ――」
彩音「それならお腹いっぱいになるでしょ!」

彩音はまた走っていく。


○学校・空き教室前(放課後)

彩音「あのっ、指導員の立花樹さんは――」
吹奏楽部員「樹さんならもう帰ったけど……」

勢いよく尋ねると中にいた吹奏楽部員がきょとんとして答える。

彩音「そ、そうですか……」

しょんぼりと教室をあとにすると、追い駆けてきた楓と合流する。

楓「お前さ、俺が惣菜パン嫌いって何度言ったらわかるんだよ」

彩音はじと目で楓を睨む。

楓「おい、聞いてんのか」

もちろん楓の言葉なんて耳に入ってない彩音。

彩音(楓がいつも邪魔してくるから、樹くんに全然会えない)
彩音(お腹空いたとか喉渇いたとか宿題見せろとか……)
彩音(ここぞとばかりにパシリにして……!)

思い出される過去のあれこれ。
むっとしながら立ち去ろうとする彩音。
そのあとを着いてくる楓。

楓「なあ、彩音。怒ってんのか?」
彩音「……」
楓「じゃあパシリなんてしなきゃいいのに」
彩音「はあっ!?」

聞き捨てならない言葉に怒りながら振り返る。

彩音「だってあんたが言ったんでしょう!?」
楓「なにを」
彩音「理想の婚約者になったら別れてやるって」

怪訝そうな顔をする楓。

楓「どう関係があるんだよ」

彩音は苛立つ。

彩音「だから理想の婚約者っていうのは」
彩音「誰に対しても優しい人気者で」
彩音「頭が良くて」
彩音「そして男性の一歩後ろを歩いて立てる」
彩音「それが理想の婚約者でしょ!」
楓「???」

やれやれといった様子で説明する彩音。
腑に落ちない楓。

彩音「つまり皆に自慢したくなるような女子ってこと。なんで自分で言ったこと忘れるかなあ」
楓「それはそういう意味じゃ――」

そのとき、向こうから同級生男子がやってくる

同級生男子「神崎さん、先生が呼んでたよ。クラス委員長に頼みたいことがあるって」
彩音「え、早く行かなきゃ。わざわざありがとう」

天使モードのきらきらした笑みを浮かべる彩音。

同級生男子「いや、全然たいしたことじゃ――」

男子は真っ赤になってドキドキしている。
楓がぐいっと彩音の肩を引き寄せ、男子を殺気のこもった目で睨みつけている。
縮み上がる男子。

同級生男子「ひっ! じゃ、じゃあそういうことだから」
彩音「あ……」

男子は逃げるように去って行く。

彩音「もう……目つき悪いのどうにかしたら?」
楓「は?」
彩音「私にもっと感謝してほしいよ」
彩音(楓の感じの悪さは、一緒にいる私の対人スキルで中和されてるんだから)
楓「人の気も知らないで」

ぼそっとつぶやく楓。

彩音「なに?」
楓「お前って勉強出来るくせに頭悪いな」
彩音「はあ!?」
楓「そんなんじゃ一生条件達成できないだろ」

ふいっとそっぽを向いて去って行く楓。


○学校・廊下(放課後)

教室に置いてきたカバンを取りに行くために廊下を歩く彩音。

彩音(なんなのあの言い草)
彩音(でも、本人が言ってるってことは、私が間違ってる?)
彩音(理想の婚約者って、才色兼備な優等生じゃないの……?)

だんだん自分の考えに自信がなくなってくる。
彩音が教室の前まで来ると中ではクラスの男子数人が噂話をしている。

モブ男子1「神崎さんって本当かわいいよな」
モブ男子2「あんな子が婚約者なんて、立花が羨ましいわ」

聞き耳を立てる彩音。

彩音(ほら見なさい! やっぱり私が理想の婚約者じゃない!)

廊下で一人どや顔をする。

モブ男子3「あの二人って、親の決めた婚約者ってやつなんだろ?」
彩音(そう。祖父同士の仲がいいせいで、こんな馬鹿げた話が持ち上がったの)

彩音は悔しそうな顔。

モブ男子1「婚約者は無理だとしても、彼女は欲しいよなー。どんな子がタイプ?」
モブ男子2「ぶっちゃけると俺は胸の大きい子がいい」
モブ男子3「お前そんなんばっかりかよ」

どっ、と男子たちが笑っている。

彩音(うわ……)

ドン引きの顔で身を引く彩音。

モブ男子2「でもお前らだってそうだろ? 彼女だったら期待するじゃん」
モブ男子3「たしかに俺もガードの堅すぎる子はいやだけどさー」
彩音(男子ってそういうことばかり考えてるの……?)

そっとその場を離れる彩音。


○学校・室内のベンチ(放課後)

ベンチに座ってイライラしている彩音。

彩音「教室であんな話しないでよ。男子って最低」
彩音「樹くんは絶対ああいうこと考えてないもん……」

脳裏に浮かぶのは爽やかないつもの樹。
ほわん、と恍惚の表情を浮かべる彩音。

彩音(でも、待って?)
彩音(じゃあ……楓は?)

きわどい雑誌を見て息を荒らげる楓を想像してしまう。

彩音「あ、あり得る……!」
彩音(だって、キス……とか言ってたし)

先日間違ってブラックコーヒーを買った彩音に助け船を出した樹のことを思い出す。
そしてちょっと赤面する。

彩音「……ってことは、楓の理想の婚約者って!?」

はっとなにかを閃いた彩音。


○学校・屋上前(午後)

楓(次、化学か……移動教室めんどいな)
楓「サボるか」

まだ授業があるのに屋上へ向かう樹。
その扉の前で待ち構えている彩音。

楓「は、なに?」

怪訝そうな顔の樹。勝ち誇ったような顔の彩音。

彩音「楓の理想の婚約者がわかったの」
楓「は?」

つかつか近づいてく。

彩音「キスしていいよ」
楓「な……っ」

ぎょっとして赤面する楓。

彩音(これは……!)

手応えを感じる彩音。

彩音(楓がこんなに動揺してるのはじめて見た。やっぱりこれが当たり――)

とん、と肩を押されて壁に追いやられ、壁ドンの格好になる。

彩音「へ――」
楓「本当にするけど、キス」

真剣な顔の楓が目の前にいて、その近すぎる距離感に急に恥ずかしくなる彩音。
顔が真っ赤になりぶわっと汗が出てくる。

彩音「ちょ、ちょっと待って」
楓「待たない」

ぐいぐい押すけどどいてくれない。

彩音(どうしよう、本当に――)
彩音(キス、されちゃうんだ……!)

ぎゅっと目を閉じると、むにっと唇になにか触れる感覚が。

彩音「あ……」

驚いて目を開けると、楓が指を押しつけている。

楓「本気じゃないなら言うな。なにされても文句言えねえぞ」
彩音「ご、ごめん……」
彩音(だって……近づいたら急に恥ずかしくなって……)
楓「ん」

階段に座り、隣に座るよう促す楓。
少し迷って、すとんと腰を下ろす彩音。

楓「なにを暴走してんだよ」
彩音「だって……わかんないんだもん。楓の理想の婚約者が」
楓「ああ……」

合点がいって呆れる楓。

彩音「クラスの男子が、そういう話してたから、楓もそうなのかなって」
楓「なにから訂正すればいいんだよ……」

楓はがしがしと髪をかき乱す。

楓「まず、一番間違ってること。彩音はこの前『男の後ろを歩く』って言ってただろ。そんなのいらないから」
彩音「へ? じゃあどこを歩けば……?」
楓「普通に隣を歩けばいいんだよ」

きょとんとする彩音。

楓「あと、他人の言うことを鵜呑みにすんな。俺のことは俺に聞けばいいだろ。もっと俺に興味持て」

ほっぺをむにっと掴まれる。

彩音「や、やめて!」

慌てて払いのける彩音。

彩音「わかんないよ。そんな色々言われても……」

うなだれる彩音。

彩音〈だって楓は私を便利道具としか思ってなくて〉
彩音〈だから楓にとって便利な人でいたらいいんだろうって〉
彩音(全部違ったんだ……)
彩音〈きっと楓が飽きたら終わる関係なのに〉
彩音〈正解が全然わからない。悪魔みたいな楓が本気で好きになる人ってどんなだろう)
彩音「ねえ、楓は好みのタイプってあるの?」
楓「別にない」
彩音「ああ、好きになった子がタイプってやつ?」

白けた顔をする彩音。

彩音「じゃあ彼女にしてほしいことみたいなのってある?」
彩音(やっぱりいやらしいこと?)
楓「別にない」
彩音「またまた――」
楓「俺を好きになってほしい。それだけ」

真剣な顔を向けられて思わずどきりとしてしまう。
予鈴の音が鳴っている。

楓「行かなくていいのかよ、優等生」

はっとする彩音。

彩音「あ、う、うん」

慌ただしく去って行く彩音。こらえていた赤面が抑えきれない楓。


○学校・廊下(放課後)

樹「彩音ちゃん」

廊下で話し掛けられる彩音。はっと振り向く。

彩音「い、樹くん」

そこに立っていたのはいつもよりちょっと元気のない微笑みの樹。

樹「ごめんね、忙しいのに呼び止めちゃって」
彩音「ぜ、全然! 今はちょうどクラス委員の仕事も終わったから」

そわそわして嬉しい気持ちが顔に滲み出ている彩音。

彩音「樹くんこそどうしたの? 吹奏楽は?」
樹「今は少し休憩。彩音ちゃんに話があって……」
彩音「えっ」

二人の横を生徒が通り過ぎる。

樹「ここじゃちょっと……場所を変えて話せないかな」

真剣な表情で声を潜める樹。

彩音(えぇぇ――――っ!?)

どきどきし過ぎて彩音はパニック。