○学校・廊下(朝)

登校してきた楓と彩音。
楓はあくびをしてだるそう。彩音はそのあとを微笑みながらついていく。
廊下にいる生徒たちが二人を見ている。

彩音〈この学園には「夫婦」がいる〉

モブ女子1「おはよう、彩音ちゃん」
彩音「おはよう」

爽やかな挨拶を返す彩音。

モブ男子1「神崎さん今日もかわいいな」
モブ男子2「あれで性格もいいとかまさに天使だわ」

こっそりひそひそ噂されている。

彩音〈天使こと、私。神崎彩音と〉

モブ女子2「楓くーん、おはよう!」
楓「ちっ」
モブ女子たち「きゃーっ!」

ファンの女子に挨拶されて不機嫌な楓。なぜか喜ぶギャラリー。

モブ男子1「立花は態度最悪だな」
モブ男子2「あいつはマジの悪魔だよ。他校の不良とつるんでるらしい」

彩音〈悪魔こと、こいつ。立花楓〉

モブ女子2「楓くん今日もかっこいい!」
モブ女子3「陽峰学園の小悪魔だよね」
彩音(小悪魔じゃない。悪魔だ)

楓ファンがきゃっきゃしているのを彩音が内心つっこむ。

彩音〈お金持ちの子供が通うここ、私立陽峰学園では、楓みたいなのは珍しがられる〉
彩音(ちょっと顔がいいからって)

密かに恨めしげな顔を向けていると楓が振り返る。

楓「一時間目なんだっけ」

あわてて天使スマイルを作る彩音。

彩音「ええと、数学かな」

時間割が書かれた手帳を取り出して見せてあげる。顔を寄せ合う姿がきらきらして絵になっている。

モブ男子1「献身的だよな神崎さん」
モブ女子1「楓くんのこと本当に好きなんだね」
モブ女子2「ビジュがいい……」
モブ男子2「お似合いだよな」
モブ女子3「さすが立花夫婦」

知らんぷりしつつ彩音の耳には周囲のひそひそ話がしっかり聞こえる。内心イライラしている彩音。

彩音〈わたしたちは婚約者だ〉
彩音〈だから立花夫婦って呼ばれてる〉
彩音〈まあ死ぬほど不本意ですけどっ!〉

暗い顔でため息をつく彩音。

彩音(婚約の話、断ってれば良かったのかな……)
彩音(でもお父さんから頼まれて、いやだなんて言えなかった……)


○(回想)彩音12歳、立花家の応接室

彩音「ひ、久しぶりだね」

婚約後再会したものの初対面のときと同様、相変わらずつんとした楓。

彩音(もしかしてこの子も婚約なんていやだったのかな?)
楓「お前さ、家のために婚約したんだろ」
彩音「へっ!?」

内心図星をつかれてどきり。

楓「てことは、本当は別れたいんだ」

楓は意地悪そうににやにやしている。

彩音(やっぱりこの子も――)
彩音「じ、実はそうなの。でも……」
楓「今さら親に悪いもんな。OK、じゃあ俺のほうで婚約を取り消してもらうよ」
彩音「いいの!?」
楓「ああ。……ただし、彩音が俺の『理想の婚約者』を演じてくれるなら」
彩音「へ……」
楓「簡単だろ? まずはそうだな……高校は陽峰学園を受験すること」
彩音「な、なんで?」
楓「そりゃ俺と同じ学校のほうが色々便利だし?」
彩音「そうじゃなくて、理想の婚約者なんて……」
楓「いいのか? 俺、お前の好きなやつ知ってるよ。そいつにばらすこともできるけど」
彩音(あ、悪魔だ……)

ショックを受ける彩音

(回想終了)


○学校・教室(朝)

彩音は自分の席で授業の準備をしている

彩音〈だからわたしたちは仲睦まじい「立花夫婦」じゃない)
彩音〈天使が悪魔に脅されているだけの関係!!〉

斜め前の席の楓を恨めしそうに見つめる彩音。
数学の先生が入ってくる。

数学教師「それじゃ課題集めるぞー」

ノートを前に回していく彩音。

数学教師「なんだ、立花。またやってくるの忘れたのか?」

楓が立たされている。

楓「スミマセン、ボクニハチョットムズカシクテ……でも神崎さんがあとから教えてくれるらしいので大丈夫です」

わざとらしい言い方のあと、流暢に彩音へと教師の関心を向ける。

数学教師「そ、そうか! 神崎が見てくれるなら安心だな! 頼んだぞ!」
彩音「は、はーい……」

引き攣った笑顔の彩音。

彩音(ちゃんと叱ってよ先生! びびらないで!)
彩音〈先生方も不良児の扱いに困っているらしい〉
彩音〈だから側にいる優等生に任せておけば安心ってね〉
彩音〈ふざけんな!〉

にやにやこっちを見ている楓。

彩音(あんたが私を同じ学校に通わせた意味がわかったわ。面倒を回避する便利道具ってわけね)
彩音(絶対に別れてやる!!)
彩音〈だって私には〉
彩音〈好きな人が――〉


○学校・職員室前(昼休み)

廊下を歩いていると、ちょうど職員室から出てきた男性とぶつかりそうになる。

樹「っと、ごめんね」
彩音「い、つきくん……?」
樹「えっ、彩音ちゃん?」

きょとんとしていた樹がぱっと笑顔になる。

樹「そっか、ここに通ってるんだっけ」
彩音「そ、そうなの――」
樹「楓と同じ学校にしたんだね。さすが婚約者」
彩音「いや、ちがっ」
教師「立花くんちょっと」

先生が出てきて、樹になにか説明している。
彩音は樹がいるのが信じられなくて呆然としている。

彩音〈樹くんは楓のお兄ちゃんだ〉


○(回想)彩音12歳、立花家応接室

樹「はじめまして、彩音ちゃん」

初対面で王子様スマイルの樹にぽーっとなる彩音。

彩音〈初恋だった〉

(回想終了)


○学校・職員室前(昼休み)

樹「彩音ちゃん?」

呼びかけられてはっとする。

彩音「あ、ええと、なんで樹くんはここに?」
樹「僕、学園のOBなんだ。今度の学校祭に向けて吹奏楽部の指導をしてほしいって頼まれて」
彩音「えっ、すごい」
樹「元吹奏楽部だから、自分のパートだけね」

樹は照れくさそうに笑っている。

樹「放課後、たまにお邪魔するから、見かけたら声かけてよ」
彩音「う、うん……!」

ひらひら手を振って行ってしまう樹。彩音も同じように笑顔を向けながら、

彩音(だったら余計に婚約解消しないと……!)


○学校・教室(放課後)

楓「なあ、なんでそんなそわそわしてるんだよ」
彩音「べっ、別に……」

樹が来ると知ってから意識してしまう彩音。窓の外を見たり時計を見たりしている彩音に不審な目を向ける楓。

楓「……樹がくるから?」

彩音は内心ぎくり。

彩音「あっ、樹くん来るんだ? きょ、今日?」
樹「今日。案内してやろうか?」
彩音「いいの!?」

目を輝かせる彩音。

楓「ああ。こっち」


○学校・視聴覚室(放課後)

彩音「あれ? だれもいないけど……」
楓「ここって言ってた気がしたんだけどな。ああ、もしかしてあっちか?」

空き教室など色々な場所に連れ回されて、ぜえぜえする彩音。


○学校・校舎裏(放課後)

楓「おかしいな。どこだったかな」
彩音(こいつ……私のこと騙したのね)

恨めしげに楓を見つめる。

楓「ん? なんだその顔。文句でも?」
彩音「い、いいえ? 案内ありがとう」

にやにやする楓にひきつった笑顔でお礼を言う。

楓「あーなんか、校内歩き回って喉渇いたなー」
彩音「か、買ってくるね」

表情がひきつったまま、自販機へ。

楓(婚約解消したらぶん殴ろう)

目が据わった彩音は自販機のボタンを押す。

彩音〈結局楓にとって婚約者っていうのは便利なパシリくらいの意味しかない〉

楓の元へ戻る。

彩音「楓、買ってきたよ」
楓「おお」

シャツをぱたぱたして顔をあおいでいる楓が缶を受けとると、ホットのコーンスープだった。

楓「……」
彩音「さ、どうぞ飲んで飲んで。私の気持ち」
楓「俺ばっかもらって悪いわ。お前が飲め」
彩音「私は熱いから結構ですぅ」
楓「俺だってそうだわ」
樹「あれ?」

缶を押しつけ合っていると、首からアルトサックスをかけた樹が通りがかる。

樹「二人一緒にいたんだ」

はっとして離れる彩音。

彩音「い、樹くん、楽器かっこいいね」

楓には見せないはにかみ顔の彩音。それをイラッとした顔で楓が見つめている。

樹「ありがとう。ふふ、君たちが仲良くて安心した」
彩音「なっ、仲良くなんか――」
楓「当たり前だろ、婚約者なんだから」
彩音「きゃっ」

急に肩を組んでぐっと引き寄せる楓。
そんな二人を樹はとても微笑ましく見ている。

彩音(この男に好きな人がバレているなんて最悪)
樹「じゃあ、僕は練習に戻るね」
彩音「あ……」

去って行く樹を彩音は寂しそうに眺める。


○学校・教室(放課後)

それから放課後になると面倒なお願いを度々してくるようになる楓。
勉強教えてとか、限定のパンが食べたいとか、知恵の輪を解けとか。

彩音(楓が邪魔してくるから全然樹くんに会えない!!)

げっそりしている彩音。
お構いなしに楓がうざがらみしている。

楓「なあこれ作ろうぜ」

食玩のお菓子の家を持っている。
彩音はシカト。
ふと窓から下を見下ろせば、外を樹が歩いている。

彩音(これを逃したら次はない……!)
彩音「そんなの一人でやって!」
楓「はあ? おい――」

彩音は呼びかけを無視して走り出す。


○学校・校舎裏(放課後)

先生と一緒に歩く樹の背中が見えてくる。

彩音「樹く――」
彩音(でも、用事もないのに……)

きょろきょろすると自動販売機が目に留まる。

彩音「樹くん!」

振り返る樹。

樹「彩音ちゃん。どうしたの、そんなに急いで」
彩音「あの、これ……」

ブラックコーヒーを差し出すと、樹は明らかに困った顔をする。

樹「え? 僕に?」
教師「お前ブラック飲めるようになったのか? 昔は全然ダメだったのにな」
樹「あ、いや……」

彩音は自分のミスに気づいて、真っ赤になって俯く。

彩音(樹くん、ブラック飲めないんだ。どうしよう私……そんなことも知らないで……)

突然後ろからひょいっとコーヒーを取り上げられる。
楓が勝手に開けてごくごく飲みはじめる。

楓「これ、俺の。樹のじゃないから」
樹「ああなんだ、そうか。楓に持っていくところだったんだね」

ほっとしたような樹。

樹「じゃあまたね」

樹は先生と話しながら去って行く。
その背中を彩音は呆然と見送る。

楓「樹は苦いのだめなんだよ」
彩音(全然知らなかった……)
楓「なんとか樹の前で恥かかずに済んだな。お礼はねえの?」
彩音「あ、ありがとう……」
楓「それだけ?」
彩音「ほ、ほかになにかある?」
楓「……じゃあ、キスとか」
彩音「はあ!? なに言って――」

怒りはじめた彩音の唇に、さっきまで飲んでいたコーヒーをむにっと押し当てる楓。
ぽかんとしているとそれをまた樹が飲む。

楓「俺はブラックが好き。覚えといて」
彩音(か、間接キス……!!)

口を押さえ、真っ赤になって動揺する彩音。

彩音「ば、ばばば、ばかじゃないの!!」

だーっと走って逃げる。

彩音(最悪! からかわれた! 絶対絶対別れる!!)

そんな彩音を見つめる楓。

楓「兄貴が好きとか知るかよ」
楓「絶対別れてやんねえ」

少し切なげな顔。