それから学校では隙を見ては絡まれ迫られ、放課後は後をついてきて子ども食堂で過ごし、帰りは駅まで送られる(ごほうびは手つなぎ)、というフローが繰り返されるシーン。

〇学校 廊下 休み時間
江奈「教科書忘れるとか最悪~」
江奈が教科書を忘れ、きこを連れて3組(理人のクラス)に借りに行く。
江奈「きこついてきてくれてありがとねー」
きこ「いいよぉ。けど、江奈ちゃんが忘れ物なんて珍しいね」
江奈「うー、完全に曜日勘違いしてた」滝涙顔のデフォルメ江奈の頭をきこが撫でる。

3組のドア直前で大きな声が聞こえ、二人は足を止める。
男子1「――なぁ理人、まだ中村きこのこと口説いてんの?」
きこ(えっ……私のこと話してる?)びくっと肩が跳ねる。江奈と気まずそうに顔を見合わせる。
きこ(入りづらい……)
教室の中では、自席に座る理人の周りを数人の男子が囲っている。
理人「んー? まぁそうだねー」スマホをいじって気のない返事。
男子1「今日K女とカラオケ行くんだけど付き合わない?」
男子2「手ごたえなくてそろそろ飽きてきた頃だろ?」
理人「えぇー?」
男子1「あんな無表情じゃなー、せっかくの可愛い顔が台無し」
男子2「宝の持ち腐れってやつー?」
男子1「それな!」ぎゃはははと笑いが起こる。

江奈「なっ! あいつら――」
怒って教室に乗り込みそうになる江奈の腕を、きこが掴む。振り返った江奈に、きこは黙って首を横に振る。
きこ(江奈ちゃんが私のせいで悪者になるのはだめ)

理人「――あのさぁ」呆れ顔でスマホから顔をあげる。「無表情だからって、感情がないわけないでしょ」
きこ(あ……)心打たれたような表情。
理人「確かに、きこちゃんはほかの人に比べたら感情が顔に出にくいかもしれないけど、ぜんっぜん無表情なんかじゃないし」
スマホをズボンのポケットにしまい、理人は椅子から立ち上がる。
男子1「はあ? どっからどう見ても無表情だろ」
見上げてくる男子1を、不敵な笑みで見下ろす。
理人「きこちゃんの可愛さは、俺だけわかってればいいんだよ」
くるりと踵を返して、廊下に出た理人は、きこと江奈と鉢合わせ。
理人「えっ、きこちゃん⁉」ちょっと気まずい。
理人「あ……今の、聞こえてた……よね。ごめん」
きこの顔がみるみる真っ赤になっていく。怒っているのではなく、照れて赤くなっている顔。
理人「……えっ?」ぽかんとする理人と江奈。
理人「きこちゃん? どうしたの?」おろおろと手をきこの方に伸ばすも、きこは腕で顔を覆って一歩後ずさる。
きこ「え、江奈ちゃん私先戻るね!」早口に言って猛ダッシュ。

江奈「……」
理人「……」
二人とも無言できこの背中を見送って。
理人「ねぇ江奈ちゃん……、あれはどういうリアクションかな?」
江奈「さぁ? 自分で考えなさいよ」肩をすくめて。
理人「江奈ちゃん冷たい」涙目のデフォルメ理人。

〇きこの教室 2-6
教室前まで走ってきたきこは壁に手をついて肩で息をしている。
きこ「はぁ、はぁ……」

――無表情だからって、感情がないわけないでしょ。

理人の言葉を思い出すきこ。
きこ(ずっと……)
(ずっと、思ってた……)
(無表情だとか、感情がないとか、わからないとか言われるたびに、ずっと思ってたことだった)
無表情(こんな私)でも感情はちゃんとあるのに……って)
胸に手を当てて押さえる。
(――だけど、ほとんどの人は、わかってくれなかった……、ううん、そもそもわかろうとしてくれなかったし、私も諦めてわかってもらおうともしなかった)
(なのに、あの人は……)

『見てると感情豊かでめちゃくちゃかわいいなって思います』
『ぜんっぜん無表情なんかじゃないし』
『無表情だからって、感情がないわけないでしょ』

きこ(すんなりと私の心に入り込んでくる――)
(どうしよう……)
(私……あの人のこと……)
頬を上気させて、困ったような顔。

きこ(あの人なら……、信じられる……?)
(……だけど、怖い……)
(もう……2度とあんな思いはしたくないよ――……)
目をぎゅっと瞑る。

〇(回想)きこ中学3年生 学校 人気のない教室 放課後
夏休み前のある日。半袖。
当時付き合っていた彼氏の斗真(とうま)から別れを告げられる。
斗真「――俺たち別れよう」
きこ「え……、私、斗真くんになにかした?」
斗真「いや、違くて……、ほかに好きな子ができた。――ごめん」
きこ「そっか……」「わかった……、今までありがとう」俯いて伏し目がちな顔で。
斗真「ごめんな……じゃぁ」
斗真が教室から出ていき、誰もいない教室で少しぼうっとするきこ。
きこ(1か月続かなかったなぁ……)
きこ(帰ろう……)
鞄を手に教室を後にし、昇降口へと向かう。

〇昇降口
男子1「――はあ? 好きな子できたからって言って振ってきた?」
男子2「付き合って1か月も経ってないのに? ウケるんだけど!」

ぎゃははは! と男子生徒数名の笑い声が聞こえて、きこは少し手前で立ち止まる。
きこ(私のこと……)

斗真「しょうがないだろ、ホントのこと言って傷つけたら可哀そうじゃん」
昇降口で上履きを脱ぎ、靴箱にしまいながら斗真たちが話している。
きこ(えっ……本当のことって……? 好きな人っていうのは嘘だったの?)
男子2「いやいや、だったら最初から付き合うなって話だかんな!」
斗真「だって顔が可愛いからさー、無表情でも我慢できると思ったんだけど……」「なに考えてるかわかんなくて、無理だったわ」半笑いで。

愕然とし、傷ついたきこの顔。

男子2「まぁ、付き合って1か月弱? 頑張った方じゃね? ふつーに無理だろ、あの無表情は」
斗真「やっぱり? もうちょっと笑ってくれればマシだったかもなんだけどなー」
声が遠ざかっていく。

拳をぎゅっと握りしめて、泣くのを堪えるきこ。
きこ(やっぱり、こんな(無表情な)私に恋愛なんて無理だったんだ――)

(回想終わり)

胸を押さえたまま、閉じていた瞼を開くきこ。決意したような表情。
きこ(――私のばか)
きこ(あのとき、決めたじゃない。恋愛なんてもうしないって……)
理人の屈託のない笑顔が浮かび、頭を横に振る。
(もう、傷つくのは嫌)
(これ以上、関わらないようにしなくちゃ……)

〇理人視点 学校
理人「きーこーちゃん!」「――あれ?」
終業後、きこの教室に来た理人だが、きこの姿が見当たらず首をかしげる。
近くにいた女子に声をかける。
理人「ねぇ、きこちゃん知らない?」
女子「た、たぶん帰ったと思う」頬を染めながら。
理人「そっかぁ……ありがとう」
(休み時間のアレ、気にしてるかなぁ……)
踵を返す理人。

男子1「お、理人どうした、一人かよ」
昇降口に行くと昼間話していた男子達+女子数人と行き会う。
理人「んー、先帰ったみたい」
男子2「はは、お前でも振られることとかあるんだな」
女子1「うっわやな感じ。僻みにしか聞こえないんだけどー」
男子1「振られたならK女とカラオケ行こうぜ! お前連れてけば俺の株上がるから」
女子2「えー、理人くんK女なんてやめてうちらと遊ぼー!」
女子3「そうそう、イケメンいないとつまんないもん」
理人「ごめん。俺行くとこあるから、また今度ね」
男子女子からブーイング。
作り笑いで謝る理人。
理人(みんなどうせ俺の外見しか興味ないんだよな……)

女子1「もう、仕方ないなぁー。駅まで一緒に帰ろっ」理人の腕に絡みつく。
女子2「私も!」反対側の腕に飛びつく。
女子3「あっ、二人ともずるい!」
理人「あー、ほらほら、喧嘩になるから離れようか」両腕を上げてやんわりと女子を引き剥がす。
がっかりする女子たち。苦笑いの男子たち。

校門を出ていく理人たちの俯瞰図。

〇校舎 図書室
図書室の窓のカーテンの隙間から、覗くきこの姿。
江奈「――うっわー、女子が群がってる」「さすがイケメンタラシ平理人」
その後ろから江奈が覗き込み、顔をしかめる。
きこ「江奈ちゃん、それは褒めてるのけなしてるの?」顔だけ振り向いて。
江奈「もち両方」
苦笑しながらもう一度窓の外に視線を戻して。
きこ(カラオケ、行くのかな……)
ずきん、と胸が痛むが、すぐに内心で首を横に振る。
きこ(私には関係ないことだよ……)
きこ「付き合わせちゃってごめんね」
振り返って江奈と向き合う。
江奈「なに言ってんの。あたしはいつだってきこの味方なんだから」
ぽんぽんときこの頭を撫でる。きこの表情が和らぐ。
江奈「もう少ししたらあたしらも帰ろうか。きこは今日、ひだまりどうする?」
きこ「これから顔出すよ。子ども達とも宿題手伝う約束してるから」
江奈「いいの? あいつ来るんじゃない?」
きこ「平くんは、友だちと遊びに行くと思う」
江奈「そうかなぁ?」
きこ「そうだよ。あんなに人気者なんだし。友だちと遊んでる方がひだまりに来るよりよっぽど楽しいでしょ」
江奈(そうは思わないけどなぁ……)

〇江奈(回想) さっきの休み時間での江奈と理人
きこの姿が見えなくなってから、江奈は教科書を借りようと理人の横を通り過ぎる。
理人「江奈ちゃん」
きこ「……なによ」見上げて睨む。(あたしはまだあんたを認めてないんだからね、平理人!)
理人「俺さ、確かに初めは単なる興味だったけど……今は本気できこちゃんのそばにいたいって思ってる」真剣な顔で江奈を見つめる。
江奈(いつもへらへらしてるだけかと思ってたけど)(そんな真剣な顔できるんだ)
江奈「――男なら、言葉じゃなくて態度で示してよね」
「ふんっ」とツンとして教室に入る江奈。
(回想終わり)

江奈(今日のきこのあの反応からして、いい傾向だと思うのよね)(相手が平っていうのが引っかかるけど……)(――まぁ、お手並み拝見ってとこかしら)
少し悩まし気な江奈のアップ。