〇電車の中
理人・きこ・江奈の3人は、ドアの近くに立っている。

江奈「――それで? 平くんは、一体全体どういうつもりできこに近づいてるわけ?」
仁王立ちで理人の前に立ちはだかり、厳しい表情を浮かべる江奈。

きこ(江奈ちゃんがやっといつもの調子を取り戻してくれた)とほっとする。

理人「どういうつもり、かぁ……。うーん……、うーん、うーん……」
首を傾げて考え込む理人。
理人「自分でもよくわからないんだけど……」「一言で言うなら『気になったから』かな」
きこ(適当……)
がっくしと肩を落とす江奈。
江奈「気になったから、付き合いたいの? 好きだからじゃなくて?」
理人「ん? 女の子はみんな好きだよ?」
江奈・きこ「……」

あんぐりあいた口が塞がらない江奈は胡乱な目で理人を見遣る。
理人は江奈のリアクションを不思議そうに首をかしげる。

きこ(チャラ男だ……)
大きな溜息をついて、頭を抱えながら江奈が口を開く。

江奈「あーこれだからタラシは……。――いい? きこは、万年恋愛脳のあんたとは違って色恋沙汰には興味もないしむしろ嫌いなの。これ以上、そんな興味本位できこに近づくのは、このあたしが許さないわよ!」
理人「きこちゃんは――」真顔になって、きこをまっすぐ見つめる。
窓から視線を理人に移す。

理人「俺と似てる気がするから……」
きこ(私と、似てる……?)
理人「気になるんだと思う……」少し焦点の定まらない顔。
すぐにいつもの笑顔に戻り、理人は頭をかく。

理人「まっ、自分でもよくわかんないだけどねー」
江奈「なんなのよそれ。どう見たってあんたときこじゃ正反対でしょうが!」拳を振り上げて怒る江奈。
理人「ははは、江奈ちゃん怖いよー」
江奈「こら、話をはぐらかすな! イケメンだからってなんでも許されると思ってんじゃないわよ!」じゃれつく二人。

へらへらと笑う理人の横顔を見ていたきこは、胸がずきん痛くなる。
きこ(どうして笑ってるのに、泣いてるように見えるんだろう……?)
きこは痛む胸を手で押さえる。

〇駅
江奈と別れ、きこと理人が電車を降りる画。
改札を抜けて二人は駅を出る。
隣を歩く理人を、きこは意識しながら歩く。
目が合った理人は、「ん?」ときこを覗き込む。
理人「俺と付き合う気になってくれた?」
きこ「なりません」
理人「はは、ざんねーん」

きこ(全然残念がってるように見えない)(……ていうか、この人、どこまでついてくるつもりなんだろう)

〇子ども食堂「ひだまり」 入口
きこ「はぁ……」
きこは店の入口で立ち止まり、溜息を吐いてから後ろを振り返る。
そこには、笑顔の理人が。
きこ「もしかして……」
理人「うん、今日もお邪魔しまーす」
きこ(やっぱり……)
きこ「あの……手伝ってもらえるのは、助かりますけど……食事は毎回は……」
理人「もちろん、ちゃんと払わせてもらいます。正直、めちゃくちゃ美味いご飯をあんな破格な値段でってすっごい申し訳ないんだけど」

子ども食堂:高校生以下は一食200円、大人は600円

きこ「いえ、そんなのは全然気にしなくていいんです。……航太くんたち、きっと喜ぶと思います」
理人「――きこちゃんは?」ぐいっと顔を近づけて至近距離できこを覗き込む。
きこ「っ」(ち、近い)
後ずさるも、店のドアに背中がぶつかる。
理人「きこちゃんは、喜んでくれないの?」
きこ「……えっと……、その……」視線を泳がせながら。
きこ「た、助かります……、ありがとうございますっ」
きこは、逃げるようにドアを押して店内へと駆け足で入った。
それを見ながら、理人は穏やかな笑みを浮かべる。
理人「あーあ、逃げられちゃった」

〇子ども食堂 店内
店内に入ったきこは、逸る胸を押さえる。
きこ(び、びっくりした……距離が近くて心臓に悪い……)
母「きこちゃん、お帰りー。どうしたの、赤い顔して」
カウンターキッチンにいた母が目を丸くする。
きこ「ど、どうもしないよ、ちょっと暑いだけ。今日は、中で手伝うことある?」
母「こっちは大丈夫だから、いつものようにみんなの宿題見てあげてー」
きこ「わかった」
理人「こんにちは。昨日はごちそうさまでした」
遅れて入ってきた理人を見て、母は顔を輝かせる。

母「理人くん、今日も来てくれたの?」
理人「はい、きこちゃんと一緒にいたくてきちゃいました。今、絶賛アプローチ中なんです」
ぎょっとして理人を見上げるきこ。

母「まぁ、そうなのー⁉ この子不愛想だけど、仲良くしてくれると嬉しいわ」
理人「きこちゃん、全然不愛想なんかじゃないですよ。見てると感情豊かでめちゃくちゃかわいいなって思います」
きこ(か、か、かわ……⁉)
口を両手で押さえて赤面する母。

母「ちょ、ちょっと、聞いたきこちゃん! きこちゃんのことわかってくれる子なかなかいないわよ? さっさとお付き合いしちゃったら?」
きこ「なっ……!」
理人「――だってさ、きこちゃん」きこを笑顔で覗き込む。
きこは、興奮気味の母とのんきに笑う理人を交互に見比べて、口をぱくぱくさせる。
きこ「ふたりとも……か、勝手に話を進めないで」
ぷんぷんしながら一人で座敷に上がり込むきこ。

理人「あ、怒らせちゃった」
母「照れちゃって、もう、仕方ないわね」肩をすくめ合う二人。

その後、子ども達がちらほらとやってきて、座敷できこと理人と一緒に遊んだり宿題をしたりする画。
ご飯を食べて、子ども達を見送る画。
お皿洗いをするきこと理人。

母「二人とも遅くまでありがとう。助かったわ。気を付けて帰ってね」
きこ「お母さんもね」
理人「また明日も来ます」
きこ(えぇ……)
母「わ、嬉しい! けど無理はしないでね」
手を振る母を背に店を出る二人。

〇駅までの道のり
西日が差し込む商店街。
並んで歩く二人。
きこ「あの……、遅くまですみませんでした」
理人「全然? 楽しかったよ」
きこ(確かに、楽しそうだったけど……)
航太たちと戦いごっこで遊ぶ理人の姿を思い浮かべて、ほんのりときこの顔がほころぶ。

きこ「航太くんたち、すごいはしゃいでましたね。……けど疲れたんじゃないですか?」
理人「うん、すっごい疲れたー!」大きく伸び。
きこ「なのに皿洗いまで手伝ってもらってしまって……なんだか申し訳ないです」
理人「じゃー、きこちゃん、ご褒美くれる?」
きこ「ご褒美……?」隣を見上げる。
理人「うん。ご褒美もらえたらめちゃくちゃ元気でるんだけどなぁ」
きこ(今日はたくさん手伝ってもらえて私も助かったし……)
きこ「……私にできることなら」(お菓子奢って、とか?)
理人「じゃぁ、これで」と言いながら、きこの手をさっと取って恋人つなぎをする。
きこ「えっ?」
反射で振りほどこうとした手を引っ張られて、肩が理人にぶつかる。

理人「だーめ。ご褒美くれるって言った」
ちょっとすねた顔で非難され、きこは「う」とひるむ。
きこ「けど、こんなのでいいの?」ぽかんとする。
理人「え、なに? もっとすごいことしてくれるの?」
にやりと笑う理人。
ぶわぁっと顔が染まるきこ。
きこ「し、しませんっ」
目を逸らす。
理人「はは、きこちゃん顔真っ赤で可愛い」
きこ「からかわないでください」
声をあげて笑う理人。
理人「俺はこれがいーの」
きこ(やっぱり変な人)嬉しそうな理人をぽーっと眺める。

それから、好きな食べ物や嫌いな教科など、理人から質問攻めにあいながら歩く二人の画。
駅について、笑顔で手を振ってバイバイする理人。
小さく手を振って返すきこ。
改札を抜けて、到着した電車に乗り込む。

〇電車の中
走る電車の中、ドアの近くに立ち、焦点の定まらない目で外を眺めるきこ。
つないでいた方の手を、もう片方の手で触れる。
きこ(まさか自分が男の人と手をつなぐなんて……)
消えない手の感覚。
きこ(全然嫌じゃなかった……)
どくどくと鳴る心臓。
きこ(なにこれ……)
両手をそのまま胸に引き寄せて。
きこ(心臓が、うるさい――)
真っ赤になった顔の大写し。