〇学校 きこの教室 2-6 朝
登校して席についたきこに江奈が近寄ってくる。

江奈「きこ、おはよっ」
きこ「おはよう、江奈ちゃん……ふぁ……」あくびを我慢して噛みしめる仕草。
江奈「寝不足? めずらしい」
ぎくりとするきこ。
きこ「うん、ちょっと寝れなくて……」
きこ(昨日はなんだか怒涛の1日だったな……)

〇(回想)昨晩の告白

理人「ねぇきこちゃん。俺と付き合ってみない?」
きこ「……」
理人「おーい? 聞いてるー?」と、きこの顔の前で手を振る理人。
きこ「――あ、ごめんなさい、無理です、付き合いません」

ハッと我に返り、そう言い切るきこ。

理人「はは、バッサリ。――けど、俺諦めないよ。俄然興味湧いちゃったもん」
きこ「そう言われても……、私は誰とも恋愛するつもりがないので……」
理人「え、なんで恋愛したくないの?」
きこ「そ、れは……」

頭に浮かぶのは、トラウマにも似た苦い思い出。(中学時代に初めて付き合った相手に無表情が理由で振られた出来事)

きこ(思い出したくもない……)
顔を逸らして俯く。

きこ「あなた……じゃなくて……」「平くんに言う必要はないですよね」
理人「はは、きこちゃんて律儀」「――まぁ、そうだなぁ、俺がきこちゃんに好きになってもらえばいいだけの話しだし。ちょっと頑張っちゃおうかな」
きこ「……頑張っても時間の無駄だと思います」

きこ(私は、もう恋愛なんてしないって、あのとき決めたから)

きこ「帰ります。今日はありがとうございました。さようなら」

くるりと理人に背を向けて、歩き出すきこ。

理人「また明日、学校でねー! おやすみ、きこちゃん」笑顔で手を振る。

(回想終了)

きこ(やっぱり変な人だったな。あぁ言ってたけど、きっとすぐに飽きるよね)

理人「きこちゃんみーつけた!」
きこ「っ」
びくっとして、振り向くと、理人が満面の笑みを浮かべて廊下からこちらに手を振っている。

クラス女子1「えっ、理人くん⁉」
クラス女子2「中村さんのこと名前で呼んでる! なんで?」

突然の理人の登場にざわつくクラス。

江奈「……きこちゃん……?」説明を求める眼差しで。
きこ「江奈ちゃん、こ、これには訳が……」

理人が一直線にきこの席に来る。

理人「おはよう。昨日はデートみたいで楽しかったねー」
きこ「ちょっ」
きこ(でっ、デート⁉)
江奈「デートおぉ⁉」オーバーリアクションで。

クラスにも動揺が走る。

きこ(江奈ちゃん、声が大きいよ)内心で頭を抱える。

クラス女子「えっ、今デートって言った?」「いや、デートみたいって!」「いやいや、どっちにしろ、何事⁉」
クラス男子「まさか平のやつ、あの難攻不落の中村きこを落としたのか⁉」「あの、大の恋愛嫌いの中村きこを⁉」

そんな動揺も気にすることなく、理人はさらにとんでもないことを口にする。

理人「どう、俺と付き合うって話、考え直してくれた?」
きこ「っ⁉」
江奈「付き合うぅううっ⁉」

クラスのあちこちから悲鳴が上がる。

きこ「ちょっと、きこ、これは一体、ど・う・い・う・こ・と!」
肩をがくがくとゆすられて、目が回るきこ。
きこ「え、江奈ちゃ……お゛ぢづい゛でぇ……」
理人「まーまー、……えっと、えなちゃん? きこちゃん目回ってるから離してあげて?」
理人が江奈の手を掴んできこから引き離す。理人を至近距離で見た江奈は、サッと理人から距離を取りきこの後ろに隠れる。
理人「?」

――キーンコーンカーンコーン……

理人「あ、もう戻らなきゃ。じゃぁまた後でねー!」

爽やかに去って行く理人。
残されたきこは、クラスメイトの好奇の目にさらされている。
ただならぬ視線を感じて振り向くと、ジト目の江奈。

きこ「え、江奈ちゃん……あのね……」
江奈「後で要説明!」
きこ「は、はいぃ……」しゅんと縮こまるデフォルメきこ。

自席に戻る江奈を見送り、先生が来てその場は収束。

きこ(ひっかき回すだけひっかき回して……もう……)げんなり顔のきこ。

〇中庭 昼休み
生垣の塀に腰かけてお弁当を食べるきこと江奈。

江奈「――なるほど? 昨日むしゃくしゃして説教たれた相手が平理人で、なんだか知らないけど告白されたってわけ」

ご飯を頬張りながら、うんうんと首を縦に振るきこ。

江奈「それで朝の熱烈アプローチだったのか。――にしても、とんだ災難だったね、きこ」
きこ「本当に……疲れた……もう帰りたい……」げっそりと項垂れて。
きこ(女子の質問攻め、怖かった……)
HR後、休み時間と女子の質問攻めを食らうきこの画。

江奈「うーん、だけどなんかおかしいわね」と首をひねる江奈を、きこは不思議そうに見つめ返す。
江奈「きこは知らないだろうけど、平理人は去る者追わず来る者拒まずの女たらしなのよ」
きこ「そうなの?」(それで、あのお菓子の量……。そんなに人気なんだあの人……)
江奈「それはもう、常に女侍らせてるようなヤツなんだけど、特定の彼女は作らないって有名な話」
きこ「へぇ……」
(まぁ……あのチャラさなら納得かも)
ずずず、とパックジュースを飲む。
きこ「江奈ちゃん、詳しいね」
江奈「いや、だって、あの外見だよ? イケメン好きのあたしが知らないわけないでしょ!」
きこ「イケメン大好物だもんね……」苦笑い。
江奈「今日初めてあんな至近距離で見たけど、ヤバかった……! 肌綺麗だし、鼻高いし、まつ毛びっしりだし、なんかいい匂いした!」鼻息荒く。
きこ(さすが江奈ちゃん、あの一瞬でめちゃくちゃ観察してる……)(隠れてたのに)
江奈「って、そんな話は今はどうでもよくて。こりゃ当分、周りが放っておかないわね。あの誰とも付き合わないタラシの平が、誰かに告白したってだけでもびっくりなのに、その相手がこれまた誰とも付き合わない恋愛嫌いで有名なきこだったから周りも驚いたわけよ」
きこ「そっか……。でも、あの人、からかってるだけだと思うけど」(自分になびかない私が物珍しいだけなんじゃないかな)
江奈「どうするの?」
きこ「どうもしないよ。相手が誰でも同じ。私は誰とも付き合わない」
江奈「きこ……」

相変わらずの無表情で空を見上げるきこ。
その横顔を、江奈は切なそうに見つめている。(江奈はきこの恋愛嫌いの原因を知っていて、深く傷ついているとわかっているため話しには触れないようにしている)

江奈「そのうち、きこのことちゃーんと理解してくれる優しい人が現れてくれるから! ほら! 江奈ママ特性甘々卵焼きで元気出して!」
自分のお弁当箱から卵焼きを一つきこのお弁当箱に移す。
きこ「わぁ、ありがとう。江奈ちゃんママの卵焼き好き。この甘ーいのがくせになるんだよね。私のお母さんは出し巻しか作らないから」
江奈「毎日これだと飽きるんだけどね。――その代わり、優美さんの冷めても超絶ジューシーな唐揚げちょーだい」

すきあり、ときこの唐揚げを盗んで口に放り込む江奈。

きこ「あっ、最後に取っておいたのに!」

きこは、頬を膨らませすねる素振りをした後、「んー! 美味しい」と幸せそうな顔の江奈を見て頬をほころばせる。

〇教室 放課後
クラスメイト「バイバーイ」「部活行くぞー」「今日帰り寄りたいところあるんだけど」

HRの挨拶が終わり、一気に教室が騒がしくなる。
帰り支度を終えたきこが帰ろうと顔を上げたとき、ドアからひょっこりと現れた、ミルクティーベージュの頭が視界に入りぎょっとする。

理人「きこちゃん、かーえーろ♪」
きこ(ま、また来た……)

理人の登場にクラスメイトたちの動きが止まり、一瞬静寂になる。
きこは無言で江奈の方を振り返り助けを求める。

きこ(江奈ちゃん……)

すでに理人に気付いていた江奈は、きこに頷き返す。

江奈「きこ、行くよ」
二人で理人と対面。江奈はきりりとした顔で理人を見上げる。
江奈「平くん、悪いけど、きこはいつも私と帰ってるの」
理人「そうなんだ。俺も仲間に入れてくれない? 江奈ちゃん」首をかしげて懐っこいきらきらスマイル。
江奈「うっ……ま、まぶしい……」

顔の前に手をかざし、眩しそうな仕草をする江奈を、きこは内心で手を合わせて懇願する。

きこ(江奈ちゃん、負けないでっ、頑張って……!)

理人「やっぱりだめ……かな……」犬耳を垂らしてしゅん悲しそうに落ち込むデフォルメ理人。
江奈「しょ、しょうがないわねっ! す、好きにすれば?」
理人「ホント⁉ やった!」
ガッツポーズで喜ぶ理人とは反対に落ち込むきこ。
きこ「江奈ちゃぁん……」一歩後ろから江奈の袖を引っ張る。
振り返った江奈は顔の前で両手をあわせる。
江奈「きこ、ごめんっ、顔面がよすぎて……断れないっ」

ちらっと理人を見たきこ。
笑顔の理人と視線が合って、すーっと逸らす。

きこモノ『もぉ……どうしたらいいの……』