〇子ども食堂
店が連なる商店街の一区画、一見可愛らしいナチュラルカフェのような店構え。
開け放たれたドアの横に「子ども食堂ひだまり」と書かれた看板。

理人「こんな近いところにあったんだー」店を仰ぎ見てつぶやく。
「案内ありがとう、あとは自分で――って、え?」
理人に構わずすたすたと店内へ入るきこ。入口のセンサーが反応してベル音が鳴る。
店内は、子どもが数人食事をしていて賑やか。
ちょうど食事を運んでいた母の優美が笑顔で振り返る。

母「いらっしゃ――あぁ、きこちゃん、お帰りなさい。あらまぁまぁ! そちらの美青年はどなた? もしかしてぇ――」

頬を赤らめて期待に目を輝かせる母を冷めた目で見るきこ。

きこ「――違うから。こちらはフードドライブに寄付してくれる人です。諸々よろしく」
母「あらそうなの」ちょっと残念そうに、でもすぐに笑顔で。
「ありがとう、助かるわぁ! でもちょっと今忙しいから、きこちゃんお願いね」
きこ「え……ちょ、お母さん」

そそくさとカウンターのキッチンに戻る母。
理人がひょいっときこを覗き込む。

理人「おかえりなさい……?」
きこ「……私の母です」
理人「へえ……、かっこいいね、きこちゃん(・・・・・)のお母さん」

きこ「は、はい」
母を褒められて嬉しいきこ。
理人「きこちゃん、かわいい。お母さんのこと、すごく好きなんだ?」
きこ(か、かわいいって、……この人は……)ちょっと呆れる。
きこ「……中村です」
理人「中村きこちゃんね。俺、平理人。よろしく」にっこりキラースマイル。

〇店内
カウンターの端に並んで座ったきこと理人。
フードバンクの手続きが済んだところ。

きこ「これで全部ですね。ご寄付ありがとうございました。こちら、一食無料券です。よければどうぞ」
理人「え、いい、いらない。もらえないって。そもそもこれ貰い物だしさ」
きこ「そう、ですか? お気遣いありがとうございます……。にしても、バレンタインでもないのにこんなにたくさんどうしたんですか」
理人「んー、女の子たちからの誕生日プレゼント」
きこ「……はい?」
理人「今日誕生日でね、もらったの」
きこ「それを、コンビニのゴミ箱に捨てようとしてた、と」
理人「はい」

冷たい目で見返すきこ。捨てられた子犬のように縮こまる理人。

理人「はい。俺はクズです」
きこ「私なにも言ってません」
理人「目が言ってる」
きこ「……否定はしませんけど。まぁ、結果として、この高級チョコレートや焼き菓子をもらった人が喜んで食べてくれるので、いいんじゃないですか」
理人「それもこれもきこちゃんのおかげだね。ありがとう」

きこ(ばかとかクズとか言われたのにお礼言うなんて、変な人)

いつまでもにこにこきこを見つめる理人。
きこ「あの、もう帰って大丈夫ですよ」
理人「きこちゃんは帰らないの? あ、もしかしてここが家?」
きこ「違います、家は隣町です。私は夕飯時までここを手伝います」
理人「そうなんだ、偉いね」

そう言ったきり帰ろうとしない理人を、きこは怪訝に見やる。

きこ「あの……?」
航太「――きこいるかー!」

小学生の航太が、来客を知らせるベル音と共に騒々しく現れる。

馳航太(はせ こうた)
小学3年生。ひとり親家庭の一人っ子で、こども食堂をほぼ毎日のように利用する子ども。きこのことが好き。

きょろきょろして、カウンターに座るきこを発見。その隣にいる理人を視認し、驚愕の顔になる。

航太「っ⁉ お、お前は誰だ!」
きこ「航太くん、初対面の人にそんな口のきき方しちゃだめ」カウンター席から降り立つ。
航太「うっ」
理人「きこちゃん、全然だいじょーぶ」やんわりときこを制止した理人は、席から降りると、背の低い航太の目線に合わせてかがんで笑顔を浮かべる。
理人「航太くんこんばんは。俺はきこちゃんの友だちの理人だよ。――ね?」
きこ(と、ともだち……?)

したり顔できこを振り返って同意を求める理人。
真意を確かめるような目で航太が見てくるので、きこは仕方なく首肯する。

航太「ふんっ、まぁいいだろう。きこ、そんなチャラ男は放っておいて、さっさと宿題やろうぜ」
理人「航太くんひどいじゃんか」
きこ(チャラ男って言われてる)
理人「って、きこちゃんまで笑うことなくない?」
きこ「――え」(私、今、笑ってた?)
航太「なに言ってんだチャラ男。きこは相変わらずの無表情だぞ」
きこ(そうだよね……)思わず頬を手でさする。
理人「いーや、笑ったね。俺にはわかるよ」
きこ(……やっぱり変な人)

〇子ども食堂 座敷
座敷スペースの大机を、きこと理人、航太に加えて数人の子どもたちで囲って勉強する画。
きこ(どうして、この人まで……)

子どもたちに笑顔で勉強を教えている理人の横顔を盗み見る。

きこ(改めて、派手な人)

ミルクティーベージュのマッシュヘアに、耳には小さなリングピアス。

きこ(派手だけど……寄付してくれたし、子どもには優しいし、……まぁ、悪い人ではない?)

不意にバチリと目が合い、すごい勢いで逸らすきこ。

理人「きこちゃん、今俺に見惚れてたでしょ」
きこ「見惚れてません」
きよら「理人くん、よそ見はだめ♥」

理人の隣に座ったきよら(小2)が理人の腕を掴んで揺らす。

山本きよら
子ども食堂に出入りする小学二年生の女の子。おませさん。イケメンに目がない。

理人「はい、ごめんなさい」
航太「きよら、チャラ男なんかやめといたほうがいいぞ、こういうヤツは女泣かせに決まってる」
きよら「いい男は侍らせておくだけだから大丈夫よ」
理人「二人して……、俺泣いちゃうよ」
きこ「……ふ」たまらずきこの頬がほころぶ。

ばっ!とその場の全員がきこに振り向く。
とっさに教科書で顔を隠すきこ。

こどもたち「なんで隠すのー!」
きこ「み、みんなが見るから……!」

きこの笑顔をちょうど目撃していた理人は、あまりの可愛さに時が止まっていた。

子ども達の野次や笑いでその場がなごむ。

母「あらあら、今日はいつにも増して賑やかねぇ。そろそろお腹空いたんじゃない? ご飯にする?」
子どもたち「「するー!」」
母「じゃぁ、作るから待っててね。今日は優美さん特性コロッケよー!」

子どもたちから「わーい!」「やったー!」と歓声があがる。

母「理人くんもよかったら食べていってー! 子どもたちの相手してくれたお礼!」
理人「えっ、あ、……えっ?」

返事も聞かずに母が去ってしまい、理人はきこに困ったような目を向ける。

きこ「母は、あなたに自分の料理食べてもらいたいんだと思う……」
きこ(さっきチケット断ってたのも残念そうに見てたし)
理人「え、ホントにいいの⁉」
きこ「あっ、でも、お家の人待ってますよね?」
理人「あ、全然大丈夫! うちの親、夜いないから。お言葉に甘えちゃおっかなー!」

きこ(え……、でも、今日って誕生日なんじゃ……)疑問を抱いた顔で理人を見る。

航太「ったく、図々しいやつだな、チャラ男は」

その場がまた笑いに包まれる中、「ちょっと母を手伝ってきます」と理人に言付けてからキッチンへと向かうきこ。
理人「俺も手伝う?」と声をかける。
きこ「大丈夫です、子ども達をお願いします」
理人「おっけー」
子ども「ねぇ、おにいちゃん、これなんて読む?」
理人「ん? どれどれー」
子ども達から質問攻めに合う理人の画。



母「みんなご飯取りに来てー」
子ども達「「はーい」」
母の一声でキッチンに取りに向かい、各々嬉しそうに食事を運ぶ子ども達。
プレートにはご飯、コロッケ2つとサラダ、具だくさんお味噌汁。

理人「うわ美味そ~! 俺の分までありがとうございます」
母「いいのよぉー、子どもたちの相手が一番助かるもの。ねぇきこちゃん」
きこ「うん。……あ、あなたの分は後で持っていくので、子どもたちの方見ててもらえますか」
理人「りょーかい」座敷に戻っていく。

きこ(よかった……不自然じゃなかったかな……)

母「ふふふ、いい子じゃない理人くん」

にやにやしながら母がきこを肘でつつく。

きこ「だからそんなんじゃないってば。今日知り合ったんだよ」
母「それなのに、きこちゃんがそこまでする(・・・・・・)なんて、ねー?」
きこの手元を見て、母が大げさに首をかしげてみせる。
コロッケに青色のろうそくを一本指して、チャッカマンで火をつけようとしているところ。

きこ「こ、これはっ……、ひだまりのルールでもあるし!」

きこモノ『ひだまりでは、子どもの誕生日には、ろうそくをつけて、みんなでハッピーバースデーの歌を歌う決まりのようなものがある』

きこ(それに……、誕生日に家に誰もいないなんて……)(――さみしいから)

母「高校生の子にやったことなんてあったかしらねぇ?」にやつきが止まらない。
きこ「ほら、もう火つけるから、お座敷の電気消して!」
母「はいはい」

パチンと電気が消えて、うっすら暗くなる座敷。
子ども達が驚いてざわつく中、きこがプレートを運ぶ。
ろうそくの火を見ていち早く勘づいた子ども達から「誰の誕生日ー?」と声が上がる。

きこ「今日は、そこにいるお兄さんの誕生日です。――せーの」
理人「えっ」驚いて固まる。
みんな「「ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデー……」」

合唱がはじまり、きこはゆっくりと理人の前のテーブルにプレートを置く。
暗がりの中、ろうそくの灯りに照らされたきこのやさしい横顔に見惚れる理人。

みんな「……バースデートゥー理人くんー!」「お兄ちゃんー!」「チャラ男ー!」
最後がバラバラなのを笑いながら、理人がろうそくを吹き消す。

みんな「おめでとー」
理人「みんなありがとー!」

いただきますをして、みんなで仲良くご飯を食べ始める。

理人「――きこちゃん、ありがとね」
きこ「おめでとうございます」
理人「すっごい嬉しい」屈託のない笑顔。
きこ「冷めないうちにどうぞ食べてください」
理人「うん、いただきます」

きこ(よろこんでくれてよかった)
美味しそうに食べる理人を見て、少しほっとするきこ。

〇店の外 夕暮れ
きこ「みんな、気を付けて帰ってね」
食後、子ども達を見送るきこと理人。

航太「おいチャラ男。また相手してやってもいいぞ」
理人「それはどうもありがとうございますー」笑顔で棒読み
子ども達「ばいばーい」「また明日ー」

ランドセルを背負った小さな背中を見送ってから、二人は商店街のアーケードを突き抜けて駅の方へと歩いていく。

理人「――知らなかった……」ぽつりと零す。
きこ「?」
少し寂しそうな横顔をきこが見上げる。
理人「こんなに、一人でご飯を食べなきゃいけない子がいるんだね……」
きこ「あぁ……」「私も最初は驚きました」
理人「俺が持ってきたお菓子も、困ってる人に届くんだよね?」
きこ「そうですね」
理人「ありがとう。きこちゃんが教えてくれたおかげで食べ物を無駄にせずに済んだ」
駅前に着いたところで理人が立ち止まり、路上で向かい向かい合う二人。
きこ「いえ……、こちらこそ、あの子たちの相手してくれて助かりました。それに……」
少し気まずそうに俯く。
理人「ん?」
ばっと顔をあげて、理人をまっすぐ見つめる。
きこ「ばかとかクズとか言ってごめんなさい。しかも誕生日に……。ちょっとイライラしてて、完全に八つ当たりでした」ぺこりと頭を下げる。

きょとん顔の後、理人は破顔一笑。

理人「ぷっ……あははははは!」腹を抱えて大笑い。
きこ「……なんですかあなたは……、人が謝ってるのに……」
理人「ごめ……はは……だって……」ひとしきり笑って目尻を拭う。
理人「じゃぁさ、俺のことあなたじゃなくて、名前で呼んでよ。そしたら許してあげる」
きこ「……た、平くん……」
理人「理人だってば」
きこ「初対面でそれはちょっと……」(いくらなんでも恥ずかしい……)
理人「照れてるきこちゃん……超かわ」
きこ「て、照れてなんか……」(ていうか、どうしてこの人、私の感情読めるの……? 偶然? 当てずっぽう?)

困惑するきこの両手を取る理人。
きこは驚いて、肩がびくつく。

きこ「な、なんですか」
理人「やっぱり興味あるなぁ……」
きこ「興味って」(おもちゃじゃないんだから)

怪訝そうにみやるきこの顔に、ぐいっと顔を近づけて。

理人「ねぇきこちゃん。俺と付き合ってみない?」

目を見開き驚くきこ。
にっこり笑う理人の大写し。