プロローグ

〇学校 きこの教室 昼休憩 7月初旬
ざわつく教室、クラスメイトが席に座り英単語帳を読むきこの方をちらちらと見ている。

中村きこ(なかむら きこ)高2
身長155cm、黒目、黒髪セミロング、前髪は眉の辺りで切りそろえられており、ぱっちり猫目で利発な顔立ち。感情があまり顔に出ず、冷たいイメージを与えがち。

理人「きこちゃん、今日も一緒に帰ろ?」

きこの前の席に座った理人(りひと)が、英単語帳に目を落とすきこを下から覗き込みながら声をかける。

平理人(たいら りひと)高2
身長180cm、茶目、ミルクティーベージュのマッシュヘア。すっきり二重。人当たりがよく懐っこい性格。特定の彼女を作らない生粋のタラシ。

きこ「帰りません」
理人「商店街のカフェのフラペチーノごちそうするよ? 今期間限定のメロンのやつ、美味しそうだったじゃん?」
きこ「……結構です」
理人「あ、今一瞬揺れたでしょ」

教科書を見たまま表情を変えないきこに構わず、理人は英単語帳に指をかけて少しずらして至近距離で覗き込む。

理人「きこちゃんて肌めっちゃ綺麗だよねー」
きこ「……」体を引き、理人から見えないように英単語帳で顔を隠す。
理人「あ、照れた」
きこ「照れてません」
理人「照れてるきこちゃん可愛い」
きこ「だから照れてません」
理人「はいはい、じゃぁそういうことにしてあげるから、一緒に帰ろ? ね? お願い♪」上目遣いで。
きこ「……はぁ……」深いため息

英単語帳を下におろして、目の前の理人に迷惑そうな目を向ける。

きこ「お願いって……どうせ、帰らないって言っても付いてきますよね」
理人「んー、だって目的地同じだから、仕方なくない?」
きこ「だとしても、一緒に帰る必要ないですよね」
理人「えー、きこちゃんつれないなぁ。まぁ、その懐かないところもまたいいんだけど」
きこ「……」(あー言えばこう言う……)

女子1「――あ! いたいた!」
女子2「理人くーん」
理人ときこは廊下の方を向く。
女子3「なんで6組にいるのー? めっちゃ探したんだけど」
廊下を通りかかった派手目な女子数人が窓越しに理人を見つけて目をハートにさせる。
理人「なんか用だった?」笑顔で応える。
きこは興味なさげに再び英単語帳に目を落とす。
女子1「ねーねー、今日みんなで遊び行くんだけど、一緒にどお?」
理人「ごめん、今日は先約があるんだー」
女子2「じゃぁ明日はー?」
理人「明日も無理ー」
女子3「えぇー? 理人くん最近付き合い悪くないー?」ちらりときこを睨む。
きこは気付かない振り。
理人「ごめんね、遊びにいくのはちょっと自粛中だから、ほかのやつ誘って」両手を顔の前で合わせてすまなそうに小首を傾げる仕草。
女子たち、ずきゅんと胸を射抜かれる。
きこ(さすが女タラシ……)
女子1「もー、しょうがないなぁ。遊ぶ気になったらいつでも連絡ちょうだいよー」
女子2「またねー」
理人「ばいばーい」ひらひらと手を振って。

女子たちがいなくなってから、理人が口を開く。
理人「――ってことだから、今日も明日も一緒に帰ろうね」
うんざりした顔で、英単語帳を閉じて、理人を見る。
きこ「……愛想もなければ、誰とも恋愛する気もない私なんかとといても時間の無駄だと思います」
理人「全然無駄じゃないよ? きこちゃんの色んな表情見れて嬉しいもん」
きこ(こんな(無表情な)私なのに……?)
理人「きこちゃんこそ、とっとと諦めて俺と付き合っちゃお?」
きこの手に手を重ね、そっと握る。
ピクリと手を引こうとするも、握られていて抜けない。
きこ「……」
理人「ね?」
無表情なきこと笑顔の理人、対比の画。

きこモノ『恋愛嫌いな上にこんな(無表情な)私ですが、どうも学校イチの女タラシに狙われているようです――』

1話

〇人気のない校舎裏 放課後 6月下旬
数日前のある日。
呼び出され、よく知らない男子生徒と対面するきこ。

男子生徒「中村さん、好きです! 俺と付き合ってください!」
きこ「ごめんなさい」間髪入れず無表情のままぺこりと軽く頭を下げる。
男子生徒「えっと、俺のどこがだめ?」セットした髪を触りながら。(ナルシスト気味)
きこ「あなたがだめとかではなくて……、私は誰とも付き合うつもりがないので、ごめんなさい」
男子生徒「はぁ? なにその、『私は悪くないんですぅー』みたいな体のいい断り文句」
きこ「え……」
男子生徒「無表情でも付き合ってやってもいいかなって思って声かけてやったのに、お高くとまって何様のつもりだよ。お前みたいな高飛車無表情女なんてこっちから願い下げだっつーの」

早口でまくしたて、去って行く男子生徒。
残されたきこは、表情一つ変えず息を吐いてから踵を返す。

きこ(高飛車無表情女……。私ってそんな風に見られてるんだ……)

江奈「なにあれ最低!」

物陰から、旧友の江奈が興奮しながら姿を見せる。

谷中江奈(やなか えな)
茶目、背中までの茶髪、可愛い系、自分の見せ方をわかってるThe女子。小・中からの友達できこの唯一の理解者。家も同じ区内。

江奈「振られた腹いせにあんなこと言うなんて! 信じられない!」
きこ「江奈ちゃん、我慢してくれてありがとう」

きこが告られた時に江奈が相手に文句を言って言い合いになる場面を回想で。

江奈「だって、きこを困らせたくないから……」ちょっとしゅんとして。
江奈「でも、きこも言い返してやればよかったのに! あー腹立つ!」
きこ「私は気にしてないよ。無表情は本当のことだし」

きこモノ『――私は昔から感情が顔に出るほうじゃない』
『あまり笑わないせいか、さっきみたいに周りに誤解を与えたり不快にさせたりしてしまうことが多い』

江奈「きこは無表情なんかじゃないわよ? 私にはきこの喜怒哀楽がちゃーんとわかるんだから!」

きこモノ『江奈ちゃんは、こんな(無表情な)私でも見捨てないでくれる唯一の友だち』

きこ「そう言ってくれるの、江奈ちゃんだけだよ。大好き」
江奈「きこぉ……」涙目できこを抱きしめて頭をなでなで。
江奈「ふんっ! あのくそナルシスト野郎め、こんなにやさしいきこによくも……! あぁっ、今からでも追いかけてぶん殴ってやりたい!」
きこ「江奈ちゃん、血圧上がっちゃうから落ち着いて。もう帰ろ?」

江奈が、きこの腕に絡みつきながら帰宅する二人の姿。

〇電車 車内
ドア付近に立って談笑するきこと江奈。

江奈「今日も『ひだまり』寄ってくんでしょ?」
きこ「うん」

きこモノ『ひだまりは、私のお母さんが運営している子ども食堂のことで、放課後は大抵そこでお母さんの手伝いをしている』

江奈「あたし今日カテキョ来る日だから、行けないけど。優美さんによろしく」
きこ「うん、お母さんも江奈ちゃんに会いたがってたから、また顔出して」
江奈「もち! 優美さんの美味しいご飯が恋しいもんー」
よだれをたらすデフォルメ江奈。それを微笑まし気に眺めるきこ。

中村優美(なかむら ゆみ)
きこの母。
おっとりほがらか、ちょっとおっちょこちょいのお母さん。
元調理師の経験を活かして子ども食堂を運営している。

車内アナウンスが子ども食堂のある最寄り駅を告げる。

きこ「じゃぁ、また明日ね」
江奈「うん、また明日。気を付けてね」

電車のドアが開き下車するきこ。
改札を出て、駅を出て子ども食堂のある商店街に向かう。少し思いつめた顔。

――お高くとまって何様のつもりだよ。お前みたいな高飛車無表情女なんてこっちから願い下げだっつーの。

さっきの男子生徒の罵声が蘇る。

きこモノ『私はなにもしてないのに、どうしてあんな風に言われなきゃいけないんだろう……』

唇を噛みしめ、鞄を握る手に力が入る。

『外見だけで勝手に期待して、思ってたのと違ったら手のひら返して……』

――なに考えてるかわかんなくて、無理だったわ。

薄ら笑いを浮かべる元カレの口元が浮かんで目をぎゅっとつぶる。(きこが恋愛嫌いになった中学時代のトラウマの元凶)

きこ「はぁ……」
(やだやだ、思い出したくない……)

立ち止まり、頭を振る。
すると、ガコンッという音が聞こえてきて、ハッとして顔を上げる。

〇コンビニの前 夕方
聞こえた方に目を向けると、コンビニの前のゴミ箱に一人の男子生徒・理人がいた。

きこ(あの制服、同じ高校……。なにして……)

理人は、手に持った紙袋からお菓子の箱を取り出してゴミ箱に捨てている。

きこ「――あなた、ばかですか?」

気付いたらきこは理人に近づいてそう言っていた。

理人「……え、俺?」ゴミ箱に捨て入れようとした手が止まり、きょとんとした顔。
きこ「知ってますか? 日本で7人に1人の子どもが貧困で困っているんですよ?」ずい、とさらに一歩近づき、理人はたじろぎ一歩下がる。

きこ「あなたがそうやって食べ物を粗末にしている間にも、一日三食どころか一食も満足に食べられず、お腹を空かせている子どもが五万といるんです」
理人「……は、はぁ……」冷や汗浮かべて。
きこ「今手に持ってる高級ブランドのチョコ」指さして。
「きっと賞味期限は1か月以上先ですよね? すぐそこの商店街にある子ども食堂に持って行ってあげてください。食べ物を必要としている家庭に寄付されます。ごみ箱に捨てるより、よっぽど有意義だと思いませんか?」
理人「た、確かに……」

じっと理人を真顔で見つめた後、ハッと我に返ったきこは、前のめりになっていた体を一歩引く。

きこ「で、では、そういうことなので……、失礼します」とくるりと踵を返して商店街を目指す。

理人「ちょっと、待って!」

腕を掴まれ、ぎょっとして振り返るきこ。
すぐ近くに理人の整った顔。

きこ「な、なにか」
理人「そこ、案内して!」