「やってみたいけど、具体的になにができるかわからないな。それに比べて屋台や食べ物だと、やりやすい」
「そうですね。でもそれじゃ深い思い出は作れないんじゃないですか? 私はこの学校に来てまた数日ですけど、みんなと一緒に忘れない思い出を作りたいと思っています。可能性が低くても、提案することくらいなら、できるんじゃないでしょうか?」
最後の方は先生へ向けた言葉だった。
「そうだな。具体的な内容が決まっていれば使用許可を申請することはできる。本当に許可が降りるかどうかわからないけれどな」
「それなら、まず屋台か展示を進めながらステージでもなにかできることがないか考えるのはどうでしょうか?」
「ふたつのことを同時に考えるってこと?」
しのぶが渋い声を上げる。
さすがにそこまでの時間はないし、同意しかねるみたいだ。
「例えば屋台に決定したとして、私達がやることは当日に販売することくらいです。道具は借りてくるでしょうし、材料もまとめて購入して、前日から仕込んでおくことができますよね。同時にステージで歌を歌うとか、そういう簡単なことなら考える余裕があると思うんです」
「それならいっそ二手に分かれてやらない? 私屋台でフランクフルトやりたい!」
「俺は合唱かなぁ。こう見えて中学まで合唱団に入ってたんだぜ」
椎名の前向きな意見にクラス内が一気に明るくざわめく。
「こらこら、勝手に話を進めるな。ひとクラスでふたつの出し物ができるかどうか、確認してからだ」
「先生。屋台やステージは何時に終わりますか?」
「ん? そうだなぁ。大抵いつも屋台が午後14時までで、ステージは夜18時までかな。文化祭は15時には終わるけど、その後の打ち上げを兼ねてステージを使うんだ」
「それなら、打ち上げの時に歌うのはどうですか?」
「いいね!」
「それならクラス全員で屋台もステージも参加できる!」
「ひとクラスひとつの出し物っていうのにもひっかからないしなぁ」
「この文化祭、素敵な思い出にしましょう」
椎名はにこりと微笑んだのだった。
「すっごかったよねぇ。椎名のまとめ方!」
千佳はまだ興奮冷めやらぬ様子で熱弁している。
椎名が文化祭の話し合いでクラスをまとめたのは昨日のことだ。
「それよりさぁ、どうして今日約束場所にいなかったの?」
私がふくれっ面をして質問しても、千佳の視線はクラスメートに囲まれている椎名へ向いている。
「千佳、聞いてる? 私ずっと待ってて遅刻しそうになったんだよ!?」
今朝もいつもどおりコンビニで千佳を待っていた。
いつも10分ほど遅刻してくるから最初は気にしていなかったけれど、それが15分20分と長くなっている内に遅刻しそうになり、千佳を置いて学校へやってきたのだ。
ところがA組の教室を開けてみるとすでに千佳は登校してきており、椎名と楽しく会話していたのだ。
その後すぐにホームルームが始まったから文句を言うのが遅れてしまった。
「あ、そっか。約束してたんだっけ」
今気がついたと言わんばかりの言葉にムッとしてしまう。
いくら椎名と仲良くなりたいからって、ずっと続けてきた約束を忘れるだろうか?
「ねぇ千佳。椎名と仲良くするのは別に構わないよ? でもさぁ」
「あ、ごめん、椎名が呼んでるからぁ」
短く震えたスマホ画面を確認して千佳がすぐに席を立つ。
椎名と連絡先を交換しているのだろうけれど、今は真剣に話をしていたところなのに。
私に背中を見せて椎名の席へと急ぐ千佳を見て、呆れてため息が出た。
「そんなに椎名椎名って言わなくてもいいのに」
胸の中に黒いモヤが広がっていく。
それはとても重たくて、私のお腹の中にまでズシンッとのしかかってくるようだ。
千佳が椎名と一緒に楽しそうに会話を続けているけれど、私との会話を中断してまで話さなきゃいけないような内容だとは思えない。
その時一瞬椎名と視線がぶつかった。
ニッコリと微笑みかけてくるその顔は完璧すぎて、背筋がゾクリと寒くなった。
昨日も感じた、作り物の笑顔のような気がして胸がぞわぞわする。
私と千佳が会話しているのに割って入ったのは、まさかわざと……?
椎名に限ってそんなことありえないと思うけれど、なんだか嫌な予感が胸を渦巻くのだった。
☆☆☆
こんなモヤモヤとした気持ちのままじゃ授業も身に入らない。
休憩時間になったとき私は自分から千佳に近づいた。
「あのさ千佳。今朝のことなんだけど」
「え、うん」
千佳が顔を上げた瞬間私は目を見張った。
千佳の目の焦点が合っていない気がしたのだ。
顔はこちらを向いているのに、どこを見ているのかわからない。
「千佳、どうしたの?」
肩を叩くと千佳がようやく焦点をあわせた。
「え? なにが?」
千佳は何度もまばたきをして聞き返してくる。
本人はよく理解していないみたいだ。
顔を近づけて千佳の顔をよく見てみると、今は普通に戻っている。
そのことにホッとして肩を落とした。
「早起きしたせいで疲れてるんじゃない?」
「そうかも」
えへへ。
と、千佳はいつものように笑ってみせた。
「ねぇ千佳、もう朝一緒に登校してくるのやめようか」
「え、どうしてぇ?」
千佳が驚いたように目を丸くしている。
コンニビで合流して一緒に投稿する。
これは私達がずっとしてきた日課だった。
それを突然やめると言われて本当に困惑しているみたいだ。
「だって、最近登校してくる時間がずれてきたでしょう? 無理して一緒に来なくてもいいんじゃないかなって思って」
「今日遅刻したのは椎名と会話したかったからだよぉ?」
「それはわかってるよ。だから私は遅刻しそうになったんだよ」
そう言うと、今度は首を傾げている。
「それが、どうかしたの?」
「どうかしたって……学校に遅刻するのが嫌だって言っているの」
「それじゃ奈美も今度からは早めに来ればいいじゃん。一緒に椎名とおしゃべりしようよぉ」
「千佳、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
と、言いかけて口を閉じる。