友達オーディション

そうしているとどんどん生徒たちが登校してきて椎名の席はあっという間に囲まれてしまった。

最初から椎名と会話していた千佳はいつの間にか輪の中からはじき出されて、ふくれっ面をしてこちらへ歩いてやってきた。

「もう少し話がしたかったのにぃ」
「千佳はもう十分話したでしょう?」
「でもぉ……」

千佳からすれば話しても話しても話足りない相手なんだろう。
そう思うと少しだけ寂しい気持ちがした。

千佳にとっての一番の友だちが、私から椎名へ移ってしまうかもしれないなんて、そう思うことは傲慢だろうか。
「で、どんな話をしてきたの?」

「好きな科目とか、好きな食べ物とか」
ごく一般的な会話だったようで、少しだけ安心する。
椎名は昨日来たばかりの転校生で、千佳との距離はまだまだ遠い。
そんなに心配することはなかったみたいだ。

「そういえば輪の中に直樹もいたけど、大丈夫?」
そう聞かれて私は椎名の周りにできている人だかりに視線を向けた。

もしかしたら昨日以上に生徒たちが集まってきているかもしれない。
今は先生がいないから、他のクラスや学年の生徒たちまで混ざっているみたいだ。

その中に直樹の姿を見つけることはできなかった。
「な、なんの心配をしてるの?」

言いながらも動揺が隠せず、声が震えてしまった。
もしも直樹が椎名と仲良くなったら?

私に勝ち目なんてない。
美人で、完璧な椎名のライバルになんてなれるわけもない。
途端に千佳は真剣な表情に変わった。
「昨日も言ったけど、告白はしないの?」

その質問に胸がドキンッと跳ねる。
「こ、告白なんて、そんな」

「だけどこのままじゃ、本当に直樹を取られるかもしれないよ?」
「取られるんて、直樹は物じゃないんだから」

そう言った途端、千佳が両手で私の机をパンッと叩いていた。
驚いて視線を向ける。

千佳の目が珍しくつり上がっている。
「言い訳してないで。そろそろ行動しようよ?」

千佳の言葉に私はなにも言い返せなかったのだった。
椎名は見た目のわりに相手との距離が近くて、あっという間に友達の輪が広がっていく。
休憩時間になれば必ず誰かが椎名の机まで行き会話が始まる。
「椎名ぁ! 今日はお弁当?」

この日は昼休憩時間になってしのぶが椎名に声をかけた。
他のみんなはそれを羨ましそうに見つめている。
最初に椎名に声をかけた子が、その時間椎名を独占できる。

そんなルールが暗黙の内に出来上がっていたのだ。
特に昼休憩時間は長いから、みんな椎名と一緒にいたがった。

「あ~あ、今日はしのぶかぁ……」
千佳が残念そうに呟いて私の席にやってくる。

ふたりでひとつの机を使ってお弁当食べるのが、私達のルーティンだった。
「そんなに残念な顔をするなら、千佳も話かけたらいいのに」

「そうだけどぉ。こんなお弁当見られるの嫌だしぃ」
千佳がお弁当箱の蓋を開けて言う。
千佳の家は共働きだから、お弁当の中身は冷凍食品が閉めている。

時々千佳が自分で手作りしているみたいだけれど、料理はあまり得意じゃないみたいで、焦げた卵焼きが形見狭そうに入っているのを見たことがある。

「そんなの気にしなくていいのに」
「気にするよぉ! だってさ、椎名って自分でお弁当作ってるんだって」

千佳が急に目を輝かせて熱弁する。
呼び名も、いつの間にか椎名になっているし。

それを気にしつつ私は話に耳を傾けた。
「椎名の家も共働きなんだって。だから毎朝家族の分までお弁当作るんだってさぁ。すごいよね!?」

確かにすごい。
1回だけとかならできると思うけど、毎日続けるのはさすがに無理だ。

朝はゆっくり眠っていたい。
「でね、これがそのお弁当」
スマホを取り出したかと思えばお弁当の写真を見せられた。

からあげにイウインナーに卵焼き。
お弁当の定番が入っているけれど、どれも手作りだとわかるものばかりだ。

冷凍食品はひとつもない。
彩りも考えられていて、見ているだけでお腹が空いてくる。

「すごいね」
「でしょう? それに比べて私のお弁当ってばぁ……」
と、ガックリ肩を落としている。
「そんなに落ち込まないでよ。千佳は千佳なりに頑張ってるんだから」
「頑張ってるって、言えるのかなぁ」

椎名と自分を比べて落ち込んでしまっている千佳に盛大なため息を吐き出した。
確かに椎名は美人だし優しいし、お弁当も美味しそうだし、完璧に見える。

だけど本当に完璧な人間なんてきっといない。
椎名と仲良くなればなるほど、きっと人間らしい部分も見えてくるはずだ。

「とにかく食べようよ。お腹ペコペコなんだから!」
私は気分を変えるように大きな声で言って、箸を掴んだのだった。
☆☆☆

昼休憩を終えてなんとなく眠たい空気が教室内を包み込んでいる。
次の授業はよりによって文化祭の出し物についての話し合いの時間だった。

こんな時間にこんな話し合いをしたって、役に立たないのにと思いながら、数学や古典の授業だったら確実に眠っていただろうなと思う。

「じゃあ、今日のこの時間が文化祭についての話し合いをする」
教卓の前に立った先生がみんなへ向けていうけれど、覇気のない声しか返ってこない。

「いつもはクラス委員に司会進行を頼むところだけれど、今日は特別に星沢にやってもらうことになった」

突然椎名の名前が呼ばれて教室内がざわめいた。
椎名へ視線を向けると、本人は事前に教えられていたのか、自然に席を立って教室の前へと移動した。

「転校してきて間もない私ですが、一生懸命がんばります」
ちょっとおどけた調子で言ってお辞儀をすると、教室内から眠気が吹き飛んだ。
みんなの拍手と歓声が湧き上がる。

それを見た先生は苦笑いを浮かべて教室横にある自分のデスクへと向かった。

「今度の文化祭の出し物を決めていきたいと思いますが、まだなにも決まっていないので、まずはなにがやりたいか、挙手でお願いします」

綺麗な声が教室に響く。
後の方の席まで届くように、普段よりも背筋を伸ばして声を張っているのがわかった。

そういう配慮を当然のようにできる椎名を尊敬してしまう。
今日の昼間自分のお弁当と椎名のお弁当比べて恥ずかしがっていた千佳の気持ちが、なんとなく理解できる。

彼女は本当に完璧なのかもしれない。