「ほら、あそこに椎名が置いていった道具があるだろ? あの中のスタンガンを使うんだ」
そう言われて私は机の上に置かれている巻物のような袋へ視線を向けた。
椎名はあんな大切なものを教室に置いて出ていってしまったのだ。
きっと、私たちのことを完全に信用しているからだろう。
「まず奈美が椎名に近づいてスタンガンで攻撃する。そのスキに俺が結束バンドを使って椎名を拘束するんだ。後ろ手に親指同士をくっつける。俺たちにしたことを、まんまおかえししてやるんだ」
「そんなことできるの?」
「もちろんできるよ。俺たちはふたり、あっちはひとりだ」
「でも、その後どうするつもり? まさか復讐するの?」
聞くと直樹は私の後ろで笑った。
「復讐なんてしないよ。だけど、もう夜が明ける。5人を殺した罪をすべて椎名にかぶせるんだ」
直樹の提案はこうだった。
自分たちが使った武器の指紋を拭き取り、椎名の指紋をつける。
クラスメート7人は椎名に呼ばれてここへ来たけれど、すぐに眠らされた。
その間に椎名はひとりひとりを起こして拷問を加えた上で殺害した。
「そんなにうまくいくと思う?」
「大丈夫。これがうまくいけば俺たちは被害者でしかない。罪に問われることはないんだよ」
直樹はどこか自信がありそうだけれど、私は賛同しかねていた。
どれだけ細工をしてみてもきっと警察は見抜いてしまうに違いない。
誰が誰に、どう攻撃したか、司法解剖されればすぐにバレてしまうだろう。
だけど、今の直樹の気持ちをないがしろうにしてふたりの気持ちが離れてしまうのは嫌だった。
さっき直樹が言ったようにこちらはふたり、向こうはひとりだ。
椎名を拘束することができれば死体遺棄だってしなくてもいい。
「わかった。直樹の言う通りにする」
私はそう答えたのだった。
椎名が扱っていたスタンガンを手にするとなんとなく不思議な気分になった。
今からこれで椎名を攻撃するのだと考えると余計に不思議な気持ちになってくる。
人を傷つけることなんて嫌なはずなのに、今はそれをしなきゃいけないのだという使命感があった。
「準備はいいか?」
直樹が結束バンドを手に取って聞いてきた。
私はゴクリと唾を飲み込んで頷く。
さっきから廊下を行ったり来たりしている椎名の足音が聞こえてくる。
私達が早く仕事を終わらせないか、ジリジリと待っているようだ。
「よし、行こう」
椎名が教室から離れたタイミングで直樹が教室前方のドアを開けた。
それに続いて私も廊下へと出る。
スタンガンは自分の体の後に隠して持った。
「あら、もう終わったの?」
私達に気がついた椎名が振り向き、足を止める。
「それが、なかなか溶けなくてどうしようかと思って」
私は適当に会話しながら椎名との距離を詰める。
まずは私が椎名にスタンガンをお見舞いしなきゃ話しにならない。
椎名はすっかり私達に心を許しているみたいで、今は丸腰だ。
「そうなの。どうしようかしら? 今から調理室で煮込んでも随分時間がかかるし」
手を顎に添えて考え込む椎名と、一気に距離を縮めた。
そして背中にまわしていたスタンガンを突き出す。
椎名がそれに気がついて目を大きく見開く。
でも、もう遅い。
私が持つスタンガンはすでに椎名の頬に押し当てられていた。
あとはスイッチを押すだけ……。
「うっ」
後頭部に激しい痛みを感じてスタンガンが落下した。
そのまま椎名にすがりつくようにしてずるずると崩れ落ちていく。
視線だけで後方を確認すると、ゴム製のハンマーを握りしめた直樹が立っていた。
それもたしか椎名の持っていた道具に違いない。
「直樹……?」
どうにか声を絞り出すことができたけれど、意識が朦朧として視界が狭くなっていくのを感じる。
ダメ。
絶対に気絶しちゃダメ。
「友達は俺だけでいいと思う」
直樹がにこやかに椎名に話しかける。
椎名は軽く肩をすくめて「そうね」と、答えた次の瞬間2発目が私の体に衝撃を与えて、完全に意識を手羽してしまったのだった。
☆☆☆
人の声が聞こえてきて私は目を覚ました。
真っ白な天井に真っ白な壁、窓には白いカーテンがかかっていてなんだかすごく殺風景な部屋にいるみたいだ。
「奈美、奈美」
私を呼ぶ声に視線を向けるとベッドの横に両親が立っているのが見えた。
「お父さん……お母さん」
ちゃんとそう呼んだつもりだったけれど、声はかすれてほとんど出なかった。
それでも両親は涙を流して微笑んだ。
「よかった。目が覚めて本当に良かった」
私はずっと眠っていたんだろうか?
なにがあったのか思い出そうとしても、記憶にモヤがかかっていてうまくいかない。
頭もすごく痛くて何も考えられなかった。
それから白衣を着た医師がやってきて色々な検査をされた。
目が覚めた日は個室でゆっくりできていたけれど、翌日からは脳の検査とかなんとか、1日中病院内のあちこちを車椅子で連れ回されるハメになっていた。
「もう一度質問するね? 君は今何歳かな?」
「15歳です。今年、受験生です」
私は医師からの質問に答える。
この質問はすでに3度目だった。
そのたびに医師はなにかをカルテに書き込んでいく。
その様子を両親が不安そうな表情で見つめていた。
「奈美さんは一時的な記憶障害になっているようですね。高校に入学してからのことをなにも覚えていないみたいです」
「思い出せるんでしょうか?」
お父さんの問いかけに医師はにこやかな笑顔で頷いた。
「時間がかかるかもしれませんが、大丈夫ですよ。ゆっくり行きましょう」
私はなにかを忘れているんだろうか?
そう思って思い出そうとするけれど、やっぱりうまく行かない。
「ねぇ、お父さんお母さん、私が入院してる理由って……」
「昨日も話したけど、学校に不審者が出てね、大変な騒動になったの。そのとき奈美も偶然学校にいて、巻き込まれてしまったのよ」
お母さんの説明に私は曖昧にうなづいた。
学校、不審者、巻き込まれる。
本当にそうだったんだろうかという疑問が浮かんでくるのはなぜだろう?
記憶がないのになんだか不自然だと感じてしまう。
「さぁ、少し休憩しなさい。検査で疲れたでしょう?」
お母さんはあまり事件のことを私に思い出させたくないようで、そう言って私の首まで布団をお仕上げてきたのだった。