決して途中では諦めない友達になる必要がある。
私は肩で呼吸をしながらカッターナイフを持っている春美の手首を掴んだ。
春美が驚いたように目を丸くする。
だけど構わず自分の腕に力を込めた。
カッターの刃先が首に食い込んできて、チクリと痛む。
それでも更に力を込めると春美の手の平から力が抜ける瞬間があった。
私はその瞬間にカッターの柄を掴んで春美の手から奪い取っていた。
その拍子に少し自分の首筋が切れたけれど、どうでもよかった。
「あ……あぁ……」
さっきまで笑っていた春美の顔が恐怖にひきつる。
真っ白になっていた顔に汗が流れていくのを見た。
私は春美から奪い取ったカッターナイフをしっかりと握り直して刃先を春美へ向けた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! もうこんなことしないから許して」
春美の声が震えて足もガタガタと面白いほどに揺れている。
「どうしたの春美? なにに謝っているの?」
これは謝るようなことじゃない。
椎名に言われてやっている友達オーディションなんだから、楽しまなきゃ。
ジリジリと春美と距離を縮めると、春美が最後の力を振り絞って蹴りを繰り出してきた。
だけどこんなに震えている足では力が出ない。
春美は片足立ちになった瞬間によろけて尻もちを付いてしまった。
私はすぐにそんな春美の上に馬乗りになって動きを封じた。
春美が両手をバタバタと動かして必死に抵抗するから、カッターの刃があちこちに当たって春美の手や腕から血が吹き出した。
「おとなしくしてないと、痛い思いが増えるだけだよ?」
と、諭してみても聞いてくれない。
私の下で春美は必死にもがき続けている。
仕方ないので私は潔く春美の首にカッターナイフを突き立てることにした。
「いや!いや!」
悲鳴を上げて自分の首を守ろうと必死に腕で隠してくる。
「もう、邪魔しないでよ」
思わず文句が口をついて出てしまう。
だけど椎名はそういう友達はほしくないだろうから、それ以上はなにも言わなかった。
首が攻撃できないからがら空きの顔面を切り裂いた。
頬が裂けて、口元が裂けて、鼻の頭が裂けて、あちこちから血が出てくる。
くり抜かれた右目の上を攻撃するとなにもない空洞にカッターナイフが入り込んでしまった。
けれどその拍子に春美が絶叫した。
血でなにも見えないけれど、空洞になった目の奥の組織を傷つけたのだとわかった。
あまりにも春美もだえるものだから、私は何度も何度もその空洞にナイフを突き入れた。
ザクッザクッと確かな感触が手に伝わってきて、ボロボロになった肉片がカッターナイフについてくるようになった。
その頃には春美はおとなしくなって、でも呼吸をしている状態だった。
私は春美の両腕をどかせると、その喉にようやくカッターナイフを突き刺すことができたのだった。
春美の喉を突き刺しても英明のときほどひどい出血にはならなかった。
血気盛んな英明と大人しい春美でこんなに差があるのだと、ビックリした。
「これで3人まで絞ることができたわね」
春美の死体を3人で教室後方へと運んで床掃除をして、一段落ついたところで椎名が言った。
7人いたクラスメートたちも今では私と直樹と千佳の3人になってしまった。
なんとなく寂しい気もするけれど、それもこれも椎名の友達選びのためだから仕方ないことだった。
むしろ、ここまで残れたことを誇りに噛んている。
特に私は招待状を受け取ってない特別参加だったし、もっと早くに脱落していてもおかしくなかったんだから。
残った3人で身を寄せ合って椎名へ視線を送る。
次のテストはなんだろうか。
自分にできることだろうかと、期待と不安が胸に広がっていくのを感じる。
「それじゃみんな、ひとり一脚ずつ椅子を持って来て、そこに座ってくれる?」
その指示に従って私達は教室中央に椅子を用意した。
さっきまで机でリングが作られていたけれど、それも椎名の支持によって片付けられていた。
今教室中央には3つの椅子が置いてある状態だ。
私は自分の持ってきた椅子に腰をかけた。
右隣が直樹で、左隣りが千佳だ。
ふたりに挟まれていると緊張が伝わってきて、こっちまで余計に緊張してきてしまいそうだ。
「そのまま座っててね」
椎名はそう言うと教卓の下から結束バンドを取り出して近づいてきた。
教卓の下にはきっと大きなカバンがあって、その中に必要なものをすべて入れてきているんだろう。
まるで椎名の七つ道具だと関心している間に、両腕を椅子の背に回された。
そして左右の親指同士が結束バンドで止められる。
ギュッと絞られると痛みを感じて、指先への血流が滞るの感じた。
それから椎名は大きめの結束バンドを使って私の足首と椅子の足を丁寧に固定していく。
「これ、なにをするの?」
「ふふふ。まだ秘密」
椎名はまるでいたずらっ子みたいにウインクしてそう答えた。
直樹と千佳も同じように拘束されて私たちの準備は整ったようだ。
それから椎名はまた教卓の下からなにかを取り出した。
それは黒い袋で、巻物みたいにクルクルと巻かれて紐で閉じられている。
椎名は私たちの前の机でそれを広げて見せた。
巻き物みたいな袋の内側には大小様々なポケットが付いていて、その中に大きなハサミやメス、のこぎりなんかが入れられていた。
「次のテストは我慢強さよ。やっぱり友達は我慢強くいてもらわなきゃいけないからね」
椎名はそう言って品定めするように道具たちを眺めていった。
その目はギラギラと輝き、獲物を見つけた鷹のようだった。
「最初はやっぱりこれかな」
椎名が選んだのは手のひらに収まるくらい小ぶりな箱だった。
真っ黒で、先端が二手に割れている。
それはなんだろうと見ていると、椎名が箱のスイッチを押して先端からバチバチと火花が散った。
スタンガンだ。
心の中で思う。
映画やドラマでは見たことがあったけれど、本物のスタンガンを目にしたのは初めてのことだ。
「これをひとりずつに当てていくけれど、絶対に声はあげないでね」
椎名はそう言うと最初に右隣にいる直樹の前に立った。
直樹が緊張して背筋を伸ばす。
だけど拘束されているから、ほとんど体制を変えることはできなかった。
椎名がむき出しになっている直樹の二の腕にスタンガンを押し当てる。
「行くよ?」
それを合図にバチバチと音が鳴って青色の火花が見えた。
直樹は必死で歯を食いしばって声を上げるのを我慢した。
「さすが男の子だね」
椎名が満足そうに言ってスタンガンを離すと、押し当てられていた皮膚が黒く変色していた。
心なしかそこから煙が上がっているようにも見えた。
だけど人のことを考えている暇はない。
次は私の番だ。
椎名が近づいてきて、私は無理やり微笑んで見せた。
これくらいのことどうってことないとアピールするつもりだった。
「奈美ちゃんは余裕そうだね? 緊張してないなら、よかった」
椎名が満足そうに頷いている。
よかった。
少しは好感度が上がっただろうか。
そう思っている間に私の腕にもスタンガンが押し付けられていた。
固くて黒い無機質な機械に悲鳴を上げてしまいそうになる。
奥歯を食いしばり、視線を遠くへ向けて意識を遠ざける。
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせて深呼吸した。
「行くよ?」
椎名の言葉が聞こえきた直後に凄まじい衝撃が腕に走った。
ビリビリと痺れるような感じ。
熱くて痛くて、肌が焼け焦げるような匂いがする。
奥歯が折れてしまうんじゃないかと思うほどキツク歯を食いしばって耐えた。
それはほんの数秒間の出来事だったけれど、全身が汗だくになっていた。
「すごいじゃん奈美ちゃん。見直したよ」
スタンガンから肌から離れると全身の力が抜けた。