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椎名に言われて冷静に見てみると、確かに重人の胸が上下に動いているのがわかった。
でも今がチャンスだ。
相手が無防備になっている間に殺してしまわないといけない。
「千佳、頑張れ!」
また声を張り上げて応援した。
自分でも気が付かない間に涙が頬を流れていたようで、その冷たさに驚いた。
どうして私は泣いているんだろう?
辛いことなんて、なにもないはずなのに。
この友達オーディションは名誉あることなのに。
千佳は体制を立て直すと椅子からモップに切り替えた。
さっき床掃除に使ったもので、先端のモップ部分は取り外されている。
柄だけになったそれを重人の腹部へ突き入れた。
気絶したままの重人が「ぐふっ」と声を漏らして口から胃液を吐き出す。
千佳は構わず重人の腹部を攻撃し続けた。
次第に重人の口から吐き出される胃液に血がまじり始めた。
執拗に攻撃されて内臓が傷ついているんだろう。
横にいる椎名へ視線を向けると、目を見開いてそれを凝視していた。
人が徐々に死に向かっていくその姿を見逃すまいとしているようだった。
「うぅっ」
その時、重人がうめき声を上げて目を開けた。
体に走る激痛のせいで意識が戻ったのだ。
だけどすでに動くことはできなくなっていた。
どうにか状態を起こそうとするが、そのまま崩れ落ちてしまう。
重人が目を覚ましたことで動揺していた千佳だけれど、動けないとわかると更に攻撃を続けた。
重人が腹部をかばうから、今度は頭部や顔を狙い始めた。
力づくでモップを振り下ろすと、それが重人の鼻っ面に直撃した。
勢いよく鼻血が吹き出してあっという間に重人の服を真っ赤に染めていく。
2度、3度と同じ箇所を攻撃するとゴキッと音がして重人の鼻が妙な方向へ向いた。
鼻呼吸ができなくなって口を開いて呼吸していると、千佳は今度はそこを狙った。
前歯が折れて口が切れて重人の顔が真っ赤になる。
血の海で溺れてしまったかのように重人は何度も身悶えして、口から必死に空気を吸い込もうとした。
だけどそれを千佳が許さなかった。
重人が口を開けるタイミングでモップを振り下ろすから、モップの先端が口の中に入り込み、舌を傷つけたようだった。
もはや重人の顔のどこに鼻があり、口があったのかわからなくなった。
そこまできてようやく重人は動きを止めたのだった。
千佳が全身で呼吸しながらその場に崩れ落ちた。
重人の隣に大の字になって横たわり、目を閉じている。
「すごい戦いだったわね。粘り強さの勝利よ。私、そういう努力ができる友達がほしかったの」
椎名が拍手をしながらねぎらいの言葉をかける。
目を閉じている千佳が微笑んだのがわかった。
今にも気絶してしまいそうな疲労感の中でも、椎名の声だけはしっかりと届いているみたいだ。
「みんなで重人の死体を後に運んでね? 千佳ちゃんは少し休んでいるといいわ」
椎名に言われて私と直樹はすぐに動いたのだった。
☆☆☆
次に氏名されるのは私と春美。
残っているふたりに違いなかった。
直樹とともに死体を後方へ移動させた私は緊張から手に汗をかいていることに気がついた。
「大丈夫か?」
予想外にも直樹がそんな心配をしてくれて胸がドキンッと跳ねる。
前はこういう気持ちをしょっちゅう抱いていたけれど、とても久しぶりのような気がした。
「う、うん。ちょっと緊張してるだけ」
春美が相手であれば、私にも勝ち目があると思っている。
千佳のように粘り強く相手を攻撃していれば、いつか春美も死ぬだろう。
途端に直樹が私の手を掴んだ。
そのぬくもりに動揺していると顔を寄せられて「頑張れ」と囁かれる。
心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
「うん。頑張る」
私が頷くと直樹も大きく頷いて、何事もなかったかのように教室の前へと戻っていったのだった。
「次が最後よ。春美ちゃんと奈美ちゃん」
椎名に名前を呼ばれた春美がビクリと体を震わせた。
さっきからずっと同じ場所にいるし、嘔吐したものもそのまま放置されている。
顔をしかめて見ていると、春美がフラリと立ち上がった。
顔は真っ白で今にも倒れてしまいそうだ。
「ちょっと春美ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫……だよ」
椎名の問いかけにもギリギリで答えているような感じがする。
これなら勝てるかも知れない!
私は大きな期待を持って机で作られたリングの中へと入っていく。
リングを内側から観察してみると、机の引き出しはすべて内側へ向けられていた。
中のものを自由に使えるようにだろう。
殴ったり蹴ったりしても効果がなければなにか使うのも手だ。
「それじゃ、スタート!」
椎名の声にハッと我に返ると目の前に春美の拳が見えた。
よける暇もなくそれを右頬にまともに受けてしまった。
ヨロヨロしているくせに力は強くて、ふらついた。
さすがに春美も本気なんだろう。
私はすぐに体制を立て直して春美の脇腹に蹴りを入れた。
柔らかな肉に自分の足が食い込む感覚がして、春美が横倒しに倒れ込む。
すぐに覆いかぶさろうと思ったが、仰向けに倒れ込んだ春美がその体制で蹴りを繰り出してきてので避けてしまった。
春美は立ち上がり、また最初の位置へ戻る。
春美は弱そうに見えたけれど、私と互角くらいの力なのかもしれない。
春美が繰り出して来たパンチを交わして腹部めがけて拳を突きつける。
が、それも同じようにかわされてしまった。
次に繰り出したパンチも避けられてしまい、次第に焦りが募り始める。
ここまで互角だとは思っていなかった。
互いに一歩も引かず、動きも似たようなものだった。
このままじゃ体力がない方が負けてしまう。
そこでも春美に勝っていると思っているけれど、今の状況をみるとそれも怪しく思えてきた。
私は春美が繰り出してきた蹴りを避けたとき、後方にある机の引き出しに手を突っ込んだ。
そして手に触れたものを確認することもなく握りしめる。
手の中の感触でそれがペンだと気がついた。
引き出しから引っ張り出しすと同時に春美の顔面めがけてそれを突き出した。
思っていた通りそれはボールペンで、運良く春美の右目に直撃した。
ペン先がズブズブと目の奥へと沈んでいくのがわかる。
手を離しすと右目からペンを突き出した春美が2,3歩後ずさりをして尻もちをついた。
私はすぐに距離を詰めて春美の右目からペンを引き抜く。
春美の断末魔のような叫び声が教室内に響き渡り、ペン先に春美の眼球がくっついてきていることに気がついた。
私はそれを指先で外すと、すぐに春美の左目めがけて突き出した。
春美は転がってそれをかわし、机の中に手を突っ込んだ。
なにかを取り出す気だ!
そうはさせまいと殴りかかろうとしたが、その前に春美が何かを引っ張り出していた。
カッターナイフだ!
すでに刃が長く伸ばされていて、その切っ先がこちらへ向いている。
ペンとカッターナイフではあまりに差がありすぎる。
咄嗟に身を翻して逃げようとしたけれど、春美が持つカッターナイフが私の首筋に突きつけられていた。
「あぁ……」
思わず喉から声が漏れ出た。
このままナイフで喉を引き裂かれれば英明と同じようになってしまう。
視線だけで教室後方へ視線を向けると、3人の死体が横になっているのが見えた。
英明の首から流れ出ていた血はすでに止まり、床に流れ落ちた血も黒く固まっているのがわかった。
「あははっ。私の勝ちだね」
春美が笑ってカッターナイフを私の首にグリグリと押し付けてくる。
心臓が爆発しそうに早鐘を打ち、死を意識する。
だけどまだ諦めたわけじゃなかった。
椎名は努力する友達がいいと言った。