推しの腕の中で死ねるなんて、なんて幸せな死――じゃない。
 だめだ、だめだ。美々しいレオンの腕の中で鼻血ブー垂れた令嬢の死なんて、全然美しくない。
 絵ずら的にも全然ダメじゃん。
 死してなおそんな黒歴史語られたら、死んでも死にきれない。

「まぁ俺としても、見て見ぬふりをしたいところではあるのだがな」

 なんだか引っかかる言い方をするな、と思って目の前に座るレオンに視線を向けると、レオンの麗しい顔面がびちょぬれだ。
 なんで……? そう思ったところで、思いあたる理由はたったのひとつ。
 それってまさか、私の噴き出した紅茶のせい……?

「侯爵様、申し訳……!」

 慌てて立ち上がり、手に握りしめているハンカチを渡そうとしたけど、よくよく考えたらそれはハンカチではなくレオンのスカーフだし。
 しかも私の鼻血付きだし。

 前世含めた人生で、未だかつてこれほどまでに自分を愚かだと思った事があっただろうか……?
 レオンが言った見て見ぬふりをしたいところっていうのも、お前がお茶ぶっかけたせいで知らぬふりすらできねーわって言いたかったのかしら……?

 私がここに来た理由は、レオンにお願いしたい事があったからなんだけど……どんな面下げてお願いすればいいんだろう?
 それでなくともキールとのパーティは承諾してくれて、もう一つついでにお願いを聞いてもらえないだろうかと考えていたのに、どうしよう。
 そもそもこのビジネスの契約すら危ういんじゃない?
 契約破棄とかされないよね……?