抱きしめられたことでぶわっと広がる媚薬香水の香りと、レオンの香り。フローラルな香りがほどよく混ざり合い、無性に私の胸を締め付ける。
 香りで人を好きにも嫌いにもなれると言うのは、本当なのかもしれない。この香りを嗅いでいるだけで心臓の音がヤバい。

 ……いや、この状況も相当ヤバいんだけど。
 鼻血が止まるどころか、決壊したダムの如くさっきより勢いよく噴き出しそう……!

「あの、侯爵様、衣服が汚れてしまいます」

 この状況で何て言えばいいのか分からないけと……何か言わなければ。
 そう思って言った言葉のせいで、私はレオンから更に熱い抱擁を受けてしまった。
 …………いや、なんで?

「衣服の事など気にするな。むしろこれで拭けばいい」

 レオンは自分の首に巻いていたスカーフをはずし、それを鼻血で汚れた私の手に押しつけた。
 真っ白なスカーフが赤く染まり、なんだか申し訳ない気分になる。

「と、ところでなぜ私は抱きしめられているのでしょうか?」

 ここはもう変化球なしのストレートで勝負だ。そう思って聞いた言葉への返答は……。

「こうすればリーチェの顔が見えないからな」

 さらなる難球で返されてしまった。

「鼻血を出した事も私が見なければ、誰も知らないだろう?」
「えっ、いえ、ですが、候爵様がご存知ではないですか」

 私としてはそこが一番問題なのだけど。
 むしろ使用人や他の人なんてどうだっていい。
 推しの目の前で鼻血ブーした事実に今すぐ消えてしまいたい。
 心臓麻痺して死んでしまった方が幾分も良かった。