「リーチェ」

 ビクリ、と思わず体が跳ねる。
 おい、この至近距離で囁くように名を呼ぶのはやめてくれ。
 しかも急に敬称抜くのは確信犯なの? 私を心臓発作にて殺すための?
 今完全に私の機が死んだ。一機死亡だ。残り何機あるのかは知らないけど、きっと数は多くないはずだ。

「そういう君こそ、この香水は販売のためだけに作るつもりなのか?」
「それは、どういう意味でしょうか?」

 どことなくレオンの声に柔らかみというか、優しい感じというか、むしろ……甘く聞こえる気がするのは、媚薬香水の効果が効いてるせい? それとも元々私がレオンをそういうフィルターかけて見てるせい?

 ツンと鼻の奥で、なにかが私を鋭く刺した気がした。
 鉄の匂いをほのかに感じて、いよいよヤバい。
 鼻血放出までカウントダウンが始まった気がする。

 そう思って、私は少し後ずさる。
 レオンとの距離を少しでも開けようとしての行動だ。すると、レオンは鼻を抑えている私の手を取った。それは私の鼻血防波堤が決壊した瞬間でもある。

「リーチェこそこの媚薬で、どこぞの男を誘惑するつもりなのではあるまいか?」
「は……? いっ、いえいえっ! それは誤解です。私はただ、香りを楽しむのが好きなだけでそんなつもりで調合しようと考えた事は一度もございません!」

 これは本心だ。本心なのにドギマギしたこの状況のせいで、どこか言い訳がましく聞こえる。レオンがそう思ってなければいいのだけど……。