「ああ、彼女とは偶然店の前で会ったのです」

 偶然? そんな偶然って、ある?
 昨日出会って、その次の日に店の前でばったり出くわす? 嘘くさすぎるでしょ。
 まるで彼氏の浮気現場を目撃してしまった気分だ。

 レオンとは形だけのパートナー。周りには婚約すると言いふらしているけど、実際そこまでするつもりもない。
 レオンが私に好意を持っていると言ったのはつい数日前の話だけど、それもマリーゴールドに出会った地点で無効だろう。六ヶ月後には綺麗さっぱり別れるつもりでいたし、そういう話だったはずなのに欲が出てしまった。

 これだから恋愛経験ゼロのヤツって、面倒なのよ。聞き分けいいフリして、結局は嫉妬に駆られるんだから手に負えない。
 ……なんて、自分で自分の事を馬鹿にもしたくもなる。

「あっ、あのっ!」

 弾かれたように放つその声に、私は俯いていた視線を声の主に向けた。するとお店の入り口に立っていたマリーゴールドが私の元に駆けてくる様子が目に入る。
 輝く蜂蜜のように艶やかな髪を靡かせ、背の低いマリーゴールドが跳ねるようにして駆ける様子は、それだけで可愛らしく思える。
 レオンは今、彼女をどんな表情で見つめているのか。それを確かめる勇気がない私は、マリーゴールドだけをひたすら見つめる。

「私、マリーゴールド・エマ・クレイマスと申します。昨夜は助けていただき、ありがとうございました」

 マリーゴールドは丁寧にお辞儀をし、愛らしい笑顔を向けた。