「……コーデリア公爵様の婚約者様でいらっしゃったのですね。大変失礼いたしました」

 たった一瞬、私が気を抜いて他の事に考えを巡らせている間に、マリーゴールドはしずしずとドレスの裾を掴んで頭を下げた。
 その言葉にハッとして、とりあえず考えるのは今じゃないと思いなおし、私はマリーゴールドに目を向けた。

「あっ、あのっ! 私と公爵様は先ほど知り合ったばかりで、ご令嬢がお考えになるような間柄ではありませんので……!」
「安心してください。私はあなたを疑ってなどおりません」

 疑うのはこの男のみだ。
 というか疑いなんていう疑惑はない。あるのは確信のみ。この男が嫌がるマリーゴールドに言葉巧みに迫っていたという事実だ。
 私がキールの婚約者だって言ったから気を遣わせてしまったみたいだけど、婚約者というのも本人の合意無し、皇帝による書面のみ、さらいに今さっき知らされただけの関係だ。
 正直キールと婚約者だなんてそんな呪いじみた事、本当なら言いたくもないんだけど。

 私はキールに掴まれていない方の手を必死に伸ばし、マリーゴールドの手を引っぱった。
 そして彼女が私のそばに近づいた瞬間、小声で耳打ちする。

「クズ男は任せて、どうか早くこの場から逃げて下さい……いっ!」

 私はそれを言うのが精いっぱいだった。再びキールに手首を引っぱられたせいで。