思わず声を漏らしてしまった。
 声だって漏れるはずだ。だって、キールの後ろに立っている人物は、今日ここにいるような人間じゃない。

「マリーゴールドがここに……?」

 波打つように揺れる金糸のような豊かな髪に、新緑の若葉の色をした瞳。小さな口元はチェリーのような愛らしい色をのせ、透き通るような肌はまるで天使がこの世に舞い降りたかと思わせるほど、人間離れしているように見える。
 そんな彼女は、この世界のヒロインであり、レオンと恋仲になる相手――マリーゴールド・エマ・クレイマス伯爵令嬢だ。

 思わずつぶやいた言葉だけど、私の声が届いたのか届いていないのか、マリーゴールドは私を一目見て、その場に崩れるようにペタンと膝をついた。

「……ほっとしたら足の力が抜けてしまいました」

 いや、今ほっとしたらダメだから!
 私が現れただけで、何の解決もしてないし。なんならキールは私が投げた靴のせいでさらに逆上してる状態だし。
 状況で言えば、さっきと違った意味で最悪だ。

「だっ、大丈夫ですか⁉」

 私はマリーゴールドを心配するフリをして、彼女に駆け寄った。
 けれど般若顔のキールがそう簡単に私を通してくれるわけもなく、マリーゴールドに差し出した手をいとも簡単に掴まれてしまった。