キールがここにいるのなら、私が逃げ帰るには都合がいい。ここは申し訳ないけれど、どこぞの令嬢に犠牲になってもらおう。
 …………って思うのに、私の足が動かない。

 くそぅ! どうしてこういう時に限って、その顔面偏差値に騙されるようなチョロ令嬢を引っかけないんだ! あそこにいる令嬢がもし、キールに迫られてまんざらでもない様子だったなら、私は大手を振ってこの場を立ち去れたのにっ!
 全くもて運が悪い。私もあそこにいる令嬢も。

「誰か……!」

 令嬢の声がいよいよ鬼気迫るものに変わった。

「ああ、もうっ!」

 どうにでもなれ! という気持ちで、さっき履いたばかりの靴を片方脱ぎ、そのピンヒールを地面に押し付けてボキリと折った。
 そして私はそれを、キールの後頭部めがけて思いっきり投げつけた!

 ――ドゴォッ!

「がぁっ!」

 間抜けな男の悲痛な叫びが聞こえて、私は思わずドレスの裾に隠しながらガッツポーズをキメた。と同時に、素早くその場にしゃがみ込んだ。