「けれど私がリーチェが気になったのはそこだけではありません。あの日、公爵に抑え付けられながら震えていたのに、胸を張り、怯えた様子はおくびにも出さず、堂々と公爵に向かって啖呵を切ったあなたの姿が、今も目の奥に焼き付いて離れないのです」

 ーー私は、人が恋に落ちる瞬間を描いた事がある。

 レオンがマリーゴールドと出会った時、彼の瞳孔は小さく引き締まる代わりに、切れ長な目は大きく膨らむように広がる。
 隕石でも自分の頭上に落下したかのようなインパクトを感じる一方で、時は止まったかのように静かだった。
 そんな風に、お互いに一目惚れをした二人のシーンを描いていた。

「私も男です。もちろん外見を見て、綺麗だとか可愛らしいとか思う事はあります。けれどそれは一般的な、なんら特別な事ではない出来事です」

 私の髪を梳いていた骨ばった大きな手が丁寧に私の髪をひと房拾い上げ、そこにキスをした。

「初めてでした。呼吸の仕方すら忘れるくらい、誰かに魅入ってしまったのは」
「……それは、単なる勘違いです」

 そうだ。そうに決まってる。
 レオンがおかしな事を言うから、私は自分を律するのがとても難しくて、ハンカチに顔を埋めた。
 けれどそれは失敗だったと思った。ハンカチから香る媚薬香水の匂いが、余計に私の感情をかき乱す気がした。