目から鼻へ抜ける  非常に頭の働きのよいさま。また、抜け目なくすばしこいさまをいう。

◇◇◇

 その日は進路指導室にはほかの先生があんまりいなくて、3人いる当番のうち、1人が急用で欠席だった。
 手持ち無沙汰だったので、「お茶のお代わりいかがですか?」って先生たちに声をかけたら、「悪いな、頼む(悪いわね、お願い)」と、判で押したような答えが返ってきた。

 こういうときって(桐本)先生と雑談しやすいけど、いきなりこっちから話題を出すのは難しいなあ…と思っていたら、先生の机の上に、ヤン・ヨーステン書店の紙袋があった。
 多分市内の支店のだろうけれど、これは会話の糸口になりそう。

「ねえ、先生…」
 そこで私は、『クイ廃』の(いにしえ)の企画の話題を出してみたのだが、うまく説明できるかなって心配だったのに、「ヤン・ヨーステン書店といえば、『クイズバトル・ハイ』って番組で…」って言っただけなのに、「おー、3ヒントクイズだな?」ってすぐ反応されて、びっくりした。

「ご存じだったんですか?」
「ああ、小さい頃にビデオで見たことがあるから」
「え…先生ってまだ20代…ですよね?」
「一応20世紀生まれだからな。1983年だから生まれる大分前のだし、()も音も状態はよくはなかったんだが――」
 先生のひいお祖父(じい)さんが新しもの好きで、当時まだ高価だったビデオデッキを買って録ったものだそうだ。
「いいなあ…」
「クイ研ってそういう研究もしているのか?さすがだな」
「あ、これは私の個人的な興味です。私は両親から話を聞いて、
 ぜひ見てみたいなって思ってて」
「そうか。うちのビデオデッキがまだ使える状態なら
 ぜひ見せてやりたいんだが」

 それでも先生は記憶をもとに、いろいろ話してくれた。
 一番最後の答えが、その翌年開催された「ロサンゼルス・オリンピック」だったことは覚えているが、3つのヒントの記憶がおぼろげみたいだった。
「何だっけなあ、宮本武蔵の『五輪書』と…」
「あ、なるほど。五輪(オリンピック)か」
「あと雑誌のアンケート結果を問う問題もあったから、
 最新号とか、店に並んでいるバックナンバーを意識して
 問題を作ったんだろうな」
「闇雲に調べたら、本屋さんの中荒らしちゃいますもんね」
「そういうことだな」

 今だったら検索窓に文字を入れるだけで、欲しい情報が簡単に手に入る。内容は玉石混交だけどね。
 でも、「分からないことがあったら本で調べる」が当たり前だった時代って、そこまで昔じゃないんだなあって思ったので、両親の話を聞いてグッと来たんだ。

「いろいろ制約はあるだろうが、学校図書室を使ってもできそうな企画だね。
 スマホで簡単に調べられることを、本のページをめくって探し当てるって」
「あ、文化祭企画…は今からじゃ無理か」
「先生が見た記憶だと、結構店の中走り回っていたからなあ」
「ふーむ…」
 でも、いいヒントをもらった。
 早押し大会もいいけど、宝探しの要領でヒントを見つけて正解を出させる、なんて企画もよさそう。

「しかし河野は何を話してもレスポンスがいいな」
「そうですか?普通だと思いますけど」
 と一応謙遜しつつ、先生に褒められるのはまんざらでもなかった。