何か思い出したように、つぶやいた理事長。
「入試の時、君が書いた作文……とてもよかった」
えっ……。
そういえば、入試の最後に「はじまり」をテーマにした作文を作れという問題があった。
理事長に褒めてもらえるなんて……う、嬉しいっ……。
「ありがとうございます……!」
「君の成長を、楽しみにしているよ」
「頑張ります!」
理事長に送ってもらって、入学式が行われるホールについた。
ひ、広い……学校の施設だとは思えないっ……。
ひとりでホールに入って、自分の座席を探す。
あ……さっきの特待生の子……。
彼の隣の席が空いていて、「特待生座席」と書かれていた。そっと隣に座らせてもらって、入学式が始まるのを待つ。
「ただいまより、才咲学園中等部入学式を執り行います」
ステージの上で進行をしている人に、見覚えがあった。
『入学式、頑張ってね』
すれ違いざまに微笑んでくれた、さっきの人だっ……。
「生徒会長、今日も素敵……!」
「目の保養すぎるよね……!」
少し離れた席に座っている女の子たちが、目をハートにしながら彼を見ている。
生徒会長さんなんだっ……すごい……!
よくみると、後ろには心配して声をかけてくれた高等部の先輩もいた。……って、さっきいた4人の方たち、全員揃ってるっ……。
他の人たちも、生徒会とか、すごい人たちなのかな……?
「新入生挨拶。豪神学(ごうかみ がく)」
「……はい」
隣の彼が立ち上がって、壇上に上がる。
堂々と新入生挨拶を読み上げていく彼に、尊敬の眼差しをおくった。
私は前に出て話したりするのが苦手だから、彼がいてくれてよかったっ……。
代表になるなんて、きっとすごく優秀な人なんだろう。
同じクラスだし、友達になりたいけど……人付き合いが好きじゃなさそうに見えたし……きっと彼と関わることはないだろうな……。
彼を見つめながら、この時まではそう思っていた。
入学式が終わって、真っ先に立ち上がった彼は、出口に向かってスタスタと歩いて行った。
私も行こう。
ホールから出ていく生徒たちの波に流されながら、教室に向かう。
「1ーA」と書かれた表札のある教室について、小さく深呼吸をする。
ここが、今日から私が在籍するクラス……。
よし……頑張って、友達たくさん作るぞ……!
——ガラガラガラガラッ。
決意を固めて扉を開けると、中には衝撃的な光景が広がっていた。
「ねえ、連絡先交換しよー!」
「うん! これからよろしくね!」
「ふたりとも仲良いね」
「小学校同じだったんだよね〜」
なんだか……グループが、できあがってるっ……。
みんなは入学式が始まる前に教室で集まっていたから……で、出遅れてしまったみたい……。
ひとりでいるのは……あっ。
さっき先に出て行った彼……豪神くんの姿。
やっぱり彼はひとりが好きなのな……。
好きでひとりでいる彼には申し訳ないけど、ひとりぼっちが私ひとりじゃないってわかって、少しほっとしてしまった……。
座席表を確認して、「えっ」と声を出してしまう。
豪神くんの隣……あ、あんまり騒がないように、気をつけようっ……。
そっと席に着いて、読みかけの小説を開いた時だった。
「君、新入生代表してた子だよね?」
女の子三人組が、豪神くんに声をかけた。
わっ……チャレンジャーだっ……。
「すっごい身長高いね」
「ねえねえ、メガネ外してよ」
恐る恐る隣をみると、豪神くんは女の子たちを無視して本を読んでいた。
その態度が気に入らなかったのか、女の子のひとりが豪神くんのメガネに手を伸ばした。
「ちょっと聞いてる? このメガネ外してみせてって……」
「……やめろ」
え……?
豪神くんが女の子の手を振り払って、あたりがしーんと静まる。
女の子も、驚いて言葉を失っているみたいだった。
「触るな、女子は俺に関わるな」
冷たい声で、そう言い放った豪神くん。
「ひどいっ……! そんな言い方しなくても……」
「地味なくせに生意気すぎ……! せっかく話しかけてやったのに!」
「最低! もう行こ!」
女の子三人組は、怒って豪神くんの周りからいなくなってしまった。
しょ、初日から、大丈夫かな……。
「何あいつ。女子は俺に関わるなとか、何様って感じ」
「言われなくても関わらないよね」
「特待生かなんだか知らないけど、暗そうだし、勉強しかしたくないんだろうな」
こそこそと、周りから聞こえる豪神くんに向けられた声。
どうしよう……こういう空気、嫌だな……。
確かに豪神くんも冷たかったと思うけど、強引にメガネをとろうとした女の子も悪かったと思うし……周りの人が何かいうことではないと思う。
というか豪神くん、人付き合いが苦手だと思ってたけど、女子が嫌いだったんだ。
だから、理事長室で私を見つけて、すぐに出て行っちゃったのかな……?
そうだとしたら、居合わせちゃってなんだか申し訳ないなっ……。
できるだけ豪神くんには関わらないでおこうともう一度心に誓った時、豪神くんが読んでいた小説の表紙が見えた。
あっ……!
椿屋先生の最新作だ……!
「それ、昨日出たばっかりの新刊だよね……!」
気づいた時には、もう声に出してしまっていた。
し、しまったっ……。
嫌がらせるだろうから、関わらないでおこうって、決めたばっかりなのにっ……。
怒られるっ……と身構えたけど、豪神くんは何もいわず、ただ本から私に視線を移した。
「……」
「あ……ご、ごめん、急に話しかけて……今朝読み終わったから、読んでる人見つけて嬉しくて……」
つい興奮して、話しかけてしまったっ……。
「もう読んだのか?」
あれ……?
返事をもらえると思わなくて、ぎょっと目を見開く。
って、驚いてる場合じゃない……!
「う、うん……!」
「結構分量あるのに、よく読めたな」
もしかして……豪神くんも、小説が好きなのかな?
「あの、読み終わったらその本の感想について、一緒に話さない……?」
同じ読書仲間が見つかったことが嬉しくて、つい調子に乗ったことを言ってしまった。
女子が嫌いって言ってたから、迷惑になるってわかってるけど……。
「誰かと話したくて、うずうずしてて……」
勇気を振り絞って、豪神くんを見る。
「……ちょっとわかる。この小説、面白いし」
どんな反応が返ってくるか怖かったけど、表情を緩めた豪神くんを見て、言ってみてよかったと思った。
「もう読み終わったって、この作者のファン?」
「ファンって呼べるほどじゃないんだけど、全作読んでるよ……!」
「全作って……この人30冊以上だしてるし、それはもうファンの域じゃないか」
それを知ってるってことは、豪神くんはやっぱり読書家なんだろうなっ……。
椿屋先生の書く小説は大好きだし、新刊が出るたびに毎回読んでる。
だけど、ファンは名乗ってない。
だって、私がファンなのは……。