「ふーっ、ふふっ。」

 耳元で彼に息を吹きかけられ続けてかれこれ五分経つのではないだろうか。

「ひゃぁっ?!ふぁっ。」

 ずっと長い時間吹きかけられているのに慣れない。その理由は吹きかけられると共に脇をくすぐられているから。

「ひっ、くすぐったい。」

 もう笑いすぎてお腹が痛くなってきた。助けてという目を向けたら、やっとやめてくれた。

「くすぐったい!」

「くすぐってるんだからくすぐったいに決まってるんじゃない。」

 クスクスと笑う彼。いつも学校で見せる冷淡な表情はなく、優しくて柔らかい。

「ねねっ、ホットココア冷めちゃったじゃん!」

 私は一人暮らしの高校三年生。彼氏である集草藍(あつくさらん)を部屋に招き勉強したり、お菓子を食べたりしていた。

 五分くすぐられていたのはこういう理由らしい。

・他のことを考えていたから
・十分の間一回も藍の目を見なかったから
である。理不尽の極みだ。

「ごめんな。」

 自分からいちゃもんつけてきたのに、最終的には...っ。

「ホットココア冷ましたから一週間出禁ね。」

 これぐらいしても許されるだろう。ずびっと勢いよくココアを飲み干し、彼の荷物をまとめる。

「待ってよっ、ねぇっ。」

 勢いよく抱きしめられたせいで、彼が覆い被さるようになってしまった。結構重い。
 なんとか逃げようと藻掻くが更に強く抱きしめられる。

「やだ。出禁取り消して」

 可愛い顔で甘く囁いても無駄だ。取り消すつもりなんてない。けど、けどこの重さには耐えきれない。

「その前に退いてよっ」

 藍がゴロッ転がりやっと少し楽になったが、捕まえられているのには変わらない。

「抱きしめられるの好きじゃん。」

「それとこれとは違うよっ」

 唇を塞がれる。絶対顔が赤いだろう。そんな顔を見られたくなくてそっぽ向きたかったが、唇を離してくれない。

「だって君を捕まえてるからさ、唇を塞ぐには唇でしょ。」

 と得意そうな顔で言う。冷淡で、ちょっと私を抱きしめたがる彼の腕から離れるためにはどうしたら良いだろうか。

「うーん...どうしよっかなぁ。」

 藍が考えてる時に逆襲しちゃえ。私は彼を思いっきりくすぐって、2人で笑いあった。

「って笑って誤魔化そうとしないでよぉ」
「ちぇ騙されなかったか」

 ぎゅっと抱き合ったまま見つめ合う。

「ねぇ藍」
「なぁに」






「出禁ね」
「ねぇ」

 悲しげに私を見つめる君の顔も本当に綺麗だ。うるうると子犬のような黒い瞳で見つめられては取り消したくなるじゃないか。

「なんて罪な彼氏なんだろうか」

 ただ見つめ合う。そんな時間はいくらあってもいい。重度な程彼を愛してしまうようになってしまった。そうなったのは

「ふふっ大好き」
「うわっ待って」

 君の無垢な笑顔、いたずらっ子みたいな笑顔に絆されてしまったから。
 しかし彼は、彼と居られる喜びを噛み締めてる私にお構い無しに私を抱きしめたいようだ。

「今日の23:59までに部屋出て行ってね」
「... ...分かった」

 今日は彼の匂いに包まれてよく眠れそうだ。