4話
 
 ◯教室、5限目授業中。
 
 怪我をした指に絆創膏が巻いてある。そこがズキッと痛む茜。
 
 茜(消毒してもらったのに、傷口にばい菌が入っちゃったかな)
 茜(なんだか体が重い……)
 
 授業が終わり、生徒たちが教室から出ていく。英美里も部活用のスポーツバッグを持っている。
 
 英美里「今日部活だー。茜、また明日ね」
 茜「バイバイ」
 
 茜は英美里に手を振る。
 
 結城「茜さん、放課後、一緒に来てもらっていいか」
 茜「うん。餌係の仕事でしょ」
 
 結城は茜の顔色が悪いのに気づく。
 
 結城「顔色が悪いな。今日はもう帰った方がいい」
 茜「これくらい平気だよ」
 結城「大丈夫に見えないから言ってる」
 茜「でも、悪霊をどうにかしないと、みんなが危ないし」
 結城「ダメだ」
 
 不機嫌そうな結城。
 結城の顔が怖いため、ビクッとする茜。
 
 結城「帰らないって言うなら力ずくで家に帰らせる」
 茜「わ、わかった! 帰るって!」
 茜(やっぱり結城くんの顔怖い〜)
 茜「で、でも、一人で無茶しないって約束して。結城くんが強いのはわかるんだけど……」
 
 怖がりながらも必死にそういう茜に、結城は唇を緩めてほんの少し笑う。
 
 結城「ああ。小林の件は一旦保留にして、今日は校内の見回りだけにする」
 茜「うん、約束だよ」
 
 
 
 ◯学校、廊下、放課後。
 茜、帰宅しようと廊下を歩いている。
 ふと、怪我をした指が再び痛む。途端にふらふらする茜。
 目から光が消え、無表情でふらふらとどこかに向かってしまう。
 その場に鞄だけが残される。
 


 ◯学校内、渡り廊下近くの男子トイレ前。
 一人で見回りをしている結城。男子トイレを入り口から覗く。
 
 結城「やっぱり全然いないな」
 結城(ここも怪談が噂になっていたはずだけど、俺の気配が察知されてるのか?)
 
 トイレの前で難しい顔をしている結城に若手教師の坂主が近づく。坂主の手には学生鞄がある。
 
 坂主「どうした? 腹でも痛いのか?」
 結城「坂主先生。いえ、なんでもないです」
 坂主「もしかして、男子トイレの怪談を聞いて見にきたのか? 犀川もそういう話が気になるお年頃なんだなぁ。だけど、何度もそのトイレに入ったことあるけど、ハルキの霊なんて出なかったよ」
 結城「はあ、そうっすか」
 坂主「あんまり遅くなる前に帰りなね」
 結城「あの、小林先生のことで相談したいんですけど……最近の指導がちょっとやり過ぎな感じで。元々あんな感じの指導されてるんですか」
 
 結城、小林について話を向ける。
 
 坂主「え、小林先生が? うーん、これまで指導で問題起こしたことないと思うけどな。うちの学校、コンプラが厳しいから」
 結城「ああ、最近はどこも厳しいらしいですね」
 坂主「ああ違う違う。犀川だから言うけど、二十年くらい前に行き過ぎた指導で問題になった教師がいたんだそうだ」
 坂主「女生徒の一人に目をつけて、些細なことで何度も呼び出していたらしい。最終的に呼び出しを拒むと、鞄にタバコを入れて、脅そうとしたとか。それが明るみに出て大問題。それ以来、指導の際は細心の注意を払うように厳しく言われてるんだよ。小林先生だって当然そのことを知ってるし」
 結城(……似てるな)
 結城「その教師って逮捕されたんですか」
 坂主「いや、確か、問題になってすぐに事故で亡くなったんじゃなかったかなぁ」
 
 結城、顎に手を当て、思案する。
 
 結城「その教師の名前、わかりますか?」
 坂主「ええっと……竹之内って言ったかな。それ以上のことはさすがに知らない。先生、この学校出身だけど、その頃はさすがに初等部だからな〜」
 結城「ありがとうございます」
 坂主「そういえば、犀川」
 
 坂主は手にしていた茜の鞄を持ち上げる。可愛いマスコットがついている鞄に結城は見覚えがあった。
 
 坂主「C組だったよね。瀬名さんって女子わかるかな。鞄が落ちてたんだけど──」
 
 結城は目を大きく見開く。
 
 結城「どこに!?」
 坂主「うわっ」
 
 結城の勢いと顔の怖さにのけぞる坂主。
 
 坂主「ろ、廊下に落ちて……」
 結城「本人に渡しておきます!」
 
 結城は坂主から引ったくるように茜の鞄を取り、走り去る。
 結城、珍しく焦った顔。
 
 
 
 ◯学校、社会科準備室前。
 
 人気がない廊下で、茜がふらふら歩いてくる。
 茜が怪我をした指先から黒い糸が出て、社会科準備室に繋がっている。
 
 茜(あれ、私……どこに行くんだっけ……)
 声「ねえ、君。待って。行かない方がいいよ」
 茜(……誰……?)
 
 止めようとする謎の人物がいるが、茜の足は止まらない。
 社会科準備室の扉に手をかけようとする茜。
 茜の手首を横から結城がつかむ。
 
 結城「茜さんっ!」
 
 結城は走ってきたので息を切らし、焦った表情をしている。
 なんとか止められたものの、茜は茫然自失していて、返事をしない。
 結城は眉を寄せる。
 
 結城「これが原因か!」
 
 茜の手から黒い糸が伸びているのに気がつく。
 結城は社会科準備室の扉を開けようとするが、背後から謎の人物の声がする。
 
 声「待って。その子を助けたいなら、今は開けてはいけない。その子の力が吸われてるんだ。まずはその子を安全な場所に連れて行って糸を切らないと」
 結城「誰だ」
 声「悪霊も元は人間というのを忘れないで」
 結城「……どういうことだ」
 声「名前があり、過去がある。生前の思考は変わらないんだ」
  
 結城は振り返る。
 声の主は男子生徒で、廊下の端に後ろ姿だけが見えている。廊下の角を曲がって見えなくなった。
 
 結城「おい、待て!」
 結城「生徒……?」
 
 結城は眉を寄せるが、謎の生徒が言うように社会科準備室の扉越しにも、悪霊の強い力を感じる。
 
 結城(確かに悪霊の力が強まってる)
 
 結城は茜を抱えて男子生徒が消えた方角へ向かうが、もう誰もいなかった。
 
 
 
 ◯学校、保健室。
 
 茜をベッドに寝かせる結城。その傍らにあるパイプ椅子に座る。
 
 結城「一人にするんじゃなかった」
 
 後悔に苦い顔をする結城。ふと、茜の指の怪我のあたりが黒っぽくなっているのに気づく。
 目を凝らすと、指先から出た糸が長く、遠くまで繋がっているのが見える。 
 
 結城「なんだこれ。糸……?」
 
 社会科準備室に引き寄せられる茜を思い出す。
 
 結城「悪霊がこの糸で引っ張っているのか」
 結城「茜さんの力を吸ってるって言ってたな」
 結城(あいつが何者なのかわからないが、この糸をどうにかしないと)
 
 結城は茜の手を取り、糸を引きちぎる。しかし、傷口から根元の黒い糸は残ったまま。
 
 結城「これが残っていたら意味ないのか」
 結城(どうする……?)
 
 結城、眉を寄せて思案する表情。
 
 結城(鬼の血を引く俺の気をこめて攻撃すれば幽霊を倒せる。でも茜さんに攻撃するわけにはいかない。だが、この傷口から鬼気を送り込むことができれば、この黒い糸だけを消すことができるかも……)
 結城「茜さん、ごめん」
 
 結城は茜の指先の傷に唇をつけ鬼気を送り込む。
 黒い糸は千切れ、茜の目に光が戻る。
 
 茜「──あれ、私、なんで寝て……」
 結城「よかった。目が覚めた」
 茜「えっ、えっ? 結城くん!?」
 
 茜、結城に手を握られており、目を白黒させる。
 
 結城「とりあえず消毒」
 
 結城はテキパキと茜の指先を消毒し直す。
 
 茜「だからなんでっ!?」
 
 混乱する茜は、仏頂面の影で照れくさそうにしている結城に気づかない。
 
 

 ◯瀬名神社、夕方。
 
 帰宅した茜、瀬名神社の境内を歩いている。
 長い髪を後ろ結びにした作務衣姿の男(葵)が鼻歌混じりに境内の掃き掃除をしている。
 葵は茜に気がつき、掃除の手を止める。
 
 葵「おや、茜ちゃん、おかえり」
 茜「葵さん、こんばんは。もう、おじいちゃんったら、また葵さんに掃除させて」
 葵「いやいや、いいんだよ。やりたくてやってるだけだから」
 茜「こないだも御朱印を書かされたらしいじゃないですか。断っていいんですからね!」
 葵「あれは神主さんの留守中に御朱印欲しいって方が来てたから、つい。でもご利益あったとかで結構評判もよかったんだよー」
 葵「それより、高校生ってこんなに帰りが遅くなるのかい? ま、まさか……彼氏ができたとかじゃ……」
 茜「ち、違いますっ!」
 
 カーッと赤くなる茜。
 それを見て楽しそうに笑う葵。
 
 葵「あははは。楽しい学校生活を送れてるみたいだねえ」
 茜「もー、からかわないでください!」
 
 顔を赤くして怒る茜。

 葵「そろそろ暗くなるから早く家に入りなー」
 茜「はーい。じゃあ、また」
 
 ニコニコした葵は茜に手を振る。茜は葵に軽く頭を下げ、社殿から少し離れたところにある民家の方に向かう。

 茜(葵さんは、よくうちのおじいちゃんにこき使われている近所の人だ)
 茜(普段はなにしてる人なんだろう。髪が長いし会社勤めじゃなそう。うーん、芸術家だったり? 今度聞いてみようかな)
 
 茜、顎に指を当てて思案する顔。
 
 茜(……そういえば、私の子供の頃から全然歳を取ってない気がする。まあ、気のせいだろうけど)
 
 葵、笑みを消し、去っていく茜の後ろ姿を意味深に眺めている。
 
 葵「鬼の匂いがする──」