3話
 
 ◯学校、1年C組の教室(朝)

 茜、隣の席の結城に声をかける。
 
 茜「お……おはよ!」
 結城「おはよ」
 
 結城は無愛想ながら、顔を上げて挨拶を返してくれる。
 
 茜(よし、挨拶できた!)

 茜は小さくガッツポーズして喜ぶ。
 
 結城「昨日、帰り道は大丈夫だったか?」
 茜「うん。駅まで送ってもらったし」

 話す二人に訝しんだ顔の英美里。
 
 英美里「え、どうしたの? いきなり仲良くなったわけ?」
 
 ハッとする英美里。
 
 英美里「ま、まさか付き合って……?」
 茜「ち、違うから!」
 
 茜、真っ赤になりながら首を横に振って否定をする。
 
 英美里「じゃあなんなのよー。昨日まではビクビクして挨拶もできなかったじゃん!」
 茜「えっと……実は昨日、階段から落ちそうになったところを助けてもらって」
 茜(これは嘘じゃないし)
 英美里「そうなの? 茜、怪我はない?」
 茜「うん。結城くんのおかげで無事」
 英美里「ほほう。結城くんとな。名前で呼び合う仲になったってことぉ?」
 
 英美里はニヤニヤしている。
 赤くなる茜。
 
 茜「だから違うって!」
 英美里「詳しく聞かせてくれるまではなさーん!」
 
 英美里はふざけて茜の腕を掴む。二人でキャッキャしていると、教師の小林の声。
 
 小林「こらっ、もう本鈴が鳴っているだろう!」
 英美里「やばっ。すみませーん!」
 
 茜と英美里、あわてて正面を向く。
 目の下にクマがある小林。ジロッと茜を睨み、過剰に苛立った態度。
 
 小林「瀬名、立ちなさい!」
 
 茜だけが名指しされる。
 茜は「え?」と思いながらも言われた通りに立つ。
 
 小林「もう授業が始まっているんだ。瀬名が不真面目なせいで、みんなの授業の邪魔をしているんだぞ!」
 茜「すみませんでした……」
 
 茜だけが名指しで叱られていることにクラスメイトたちが訝しげな顔をする。
 英美里が茜を庇って立ち上がる。
 
 英美里「先生! 私から瀬名さんに話しかけたんです。悪いのは私です!」
 小林「斎藤は座っていなさい」
 
 困った顔の英美里は座る。
 茜は「いいから」と合図する。それを見て小林が激昂する。
 
 小林「こらぁ、瀬名、ふざけるなっ! 先生は今、お前を叱っているんだ。何故叱られているのか、ちゃんと理解しているのかっ!?」
 
 大声にビクッと震える茜。
 居丈高な小林にクラスメイトたちもザワザワし始める。それでも小林は茜以外に注意はしない。

 小林「この授業の間、ずっと立っていろと言いたいが、さすがに可哀想だからな。特別に座ってよし。ただし昼休み、社会科準備室に一人で来るように。罰として準備室の掃除を手伝ってもらおう」
 
 ニヤッと笑って言う小林。茜はビクビクしながら頷く。
 
 瀬名「は、はい……すみませんでした」
 
 授業が終わり、英美里がしょんぼりした顔で茜に頭を下げる。
 
 英美里「茜、ごめんね」
 茜「ううん、英美里のせいじゃないよ」
 
 クラスメイトの倉本が話に入ってくる。
 
 倉本「ねー、今日のコバセン、なんか変だったよね。喋ってたくらいで怒るような先生じゃなかったのに。瀬名さんも災難だねー」
 茜「機嫌が悪かったのかもね」
 倉本「てか一人だけ呼び出しとか酷くない? 卒業した姉貴もコバセン担任だったけど、あんま厳しくないって言ってたのになー」
 茜「そうなの?」
 倉本「まー優しいとかじゃなくて、面倒なことが嫌いなタイプっていうの?」
 英美里「確かに怒鳴ったのも初めてだよね。急に性格が変わったみたい」
 
 その話を隣の席で結城も聞いており、考え込むように顎に手を当てている。
 
 昼休みになり、茜はお弁当箱を片付け、社会科準備室に向かおうとする。
 
 茜「じゃあ行ってくるね」
 英美里「ねえ、私も行くよ。茜が叱られたの、私のせいだし」
 茜「いいよ。英美里まで叱られちゃったら大変じゃない」
 英美里「でもさ、罰とはいえ、女子を一人だけ呼び出すなんて変じゃない? 茜のこと、じろじろ見てた気がするし、二人きりにならない方がいいって」
 茜「考えすぎだよ」
 
 心配そうな英美里を残し、茜は教室から出る。
 
 
 
 ◯学校、廊下。
 
 社会科準備室と書かれたプレートがある部屋の前に結城が立っていた。
 茜は驚きながらも、結城がいてくれたことに嬉しくなる。
 
 茜「結城くん、どうして」
 結城「ちょっと気になって」
 
 結城の手には教科書がある。
 結城は準備室のドアをノックする。
 
 小林の声「入りなさい」
 茜「し、失礼します」
 
 茜、ドアを開ける。室内の雰囲気が澱んでいることに気づく。
 
 茜(あれ、なんだか空気が重い……埃っぽいのかな)
 
 小林はニヤニヤして準備室の椅子に座っていたが、茜の背後の結城を見て顔を顰める。
 
 小林「おい、瀬名。一人で来いと言っただろう。友達と一緒なんて反省してないのか? 犀川は戻りなさい」
 結城「いえ、俺はさっきの授業でわからないところがあったから質問に来ただけです」
 小林「後にしなさい」
 結城「放課後は理事長に頼まれた用事があるんです。掃除なら俺も手伝いますから」
 小林「だがこれは瀬名への罰で」
 結城「じゃあここで待ってます。手伝うわけじゃないならいいですよね。それとも何か問題ありますか」
 
 結城は小林に圧をかけるように見下ろす。
 小林は苛立ったような顔をするが、口を閉じる。
 結城はズカズカと準備室に入り、室内を見回す。
 準備室内には段ボールや資料が置いてある。デスクにコンビニの袋など。それほど物は多くない室内。
 
 結城「掃除が必要なほど汚れているようには見えないですけど」
 小林「犀川は黙っていなさい。瀬名はその段ボールの中の資料をタイトル順に本棚に並べてくれ」
 茜「わかりました」
 
 茜は頷き、小林が示した段ボールの前に屈む。それを腕を組んで見ている小林がニヤッと気持ち悪い笑みを浮かべる。
 そんな小林を結城は横目で観察している。
 
 茜が段ボール箱の中から資料の冊子を取り出し、本棚に並べている。
 突然、指に痛みが走る。
 
 茜「痛っ……」
 
 茜の指に刃物で切ったような切り傷ができている。
 茜は突然、クラッとして体の力が抜ける。途端に部屋が薄暗く感じる。
 
 茜(あれ……体が重い……)
 茜(この部屋も暗く感じる……空気が重い……。何これ、おかしい……)
 小林「おや、怪我をしたのか。紙で切ったのかな。手当てしてあげよう。さあ、椅子に座りなさい」
 
 小林はそれまでの居丈高な態度から、優しげ態度に変わるが、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべている。
 
 茜(足が勝手に……)
 
 茜はふらふらと小林の方に体が勝手に向かおうとする。
 
 小林「犀川、悪いが瀬名を手当てするから、質問はまた明日にしてくれ」
 
 ふらふらしている茜の肩を小林が掴もうとする。
 バシッと激しい音がして、小林の手が結城に払われた。勢いがあったため、ヨタつく小林。
 それと同時に、茜は体の自由が戻ってくる。茜、肩で息をする。
 
 茜「はあっ、はあっ……」
 結城「小林先生、女生徒に触ろうとするのはいかがなものかと思いますが」
 小林「わ、私はただ、瀬名が怪我をしたようだから手当てをしようとしただけだ! ばい菌が入ったら大変だからな!」
 
 小林は顔を赤くして怒っている。
 
 結城「そうですね、ばい菌が入ったら大変だ。ちゃんとした場所で消毒が必要ですよね。というわけで、瀬名さんは保健室に連れて行きます」
 
 結城、茜の手を掴んで準備室から出る。
 
 
 
 ◯学校、廊下。
 
 準備室から出た瞬間、室内から謎の声が聞こえる。
 
 謎の声「チッ……あと少しだったのに……」
 
 茜「何、今の声……」
 
 茜は結城に手を引かれたまま青ざめる。
 
 結城「どんな声だ?」
 茜「小林先生じゃない男の人の声で『あと少しだったのに』って。結城くんには聞こえなかった?」
 結城「ああ。もしかすると悪霊の声じゃないか。多分、茜さんの方が俺より感覚が鋭いんだと思う」
 茜「じゃあ、小林先生の様子がおかしいのって」
 結城「ああ、悪霊に取り憑かれているせいだ」
 茜「準備室に入った時、空気が重い感じがしたの。でも、黒いモヤも、昨日の黒い手みたいなのも見えなかった」
 結城「俺も何も見えなかった。手を払った時も、俺の力をこめてみたんだけど効果がなかった……」
 茜「小林先生に取り憑いている悪霊はそれだけ強いってこと?」
 結城「かもしれない」
 
 結城は突然足を止める。茜の位置からだと、見上げても顔が見えない。
 
 茜「どうしたの?」
 結城「茜さん……守り切れなくてごめん」
 茜「そんなことないよ」
 結城「でも怪我させた」
 茜「これくらい大したことないから。ねえ、結城くん、助けてくれて、ありがとう。小林先生の手を払って助けてくれたのもだけど、準備室の前に結城くんがいたの見た時、すごくホッとしたんだ」
 
 見上げた結城は前を向いていて後ろ側にいる茜から顔は見えないが、耳が赤く染まって照れくさい顔。茜も顔が赤くなる。
 
 茜(結城くん、耳が赤い)
 茜(そういえば手、繋いだまま……!)
 
 ドキドキする茜。
 
 結城「保健室、行くぞ」
 茜「う、うん」
 茜(顔が熱い。結城くんの手も熱い)
 
 青春っぽく廊下を走る二人。
 茜、傷がズキッと痛む。傷口の周囲が黒っぽくなっているが、茜も結城も気づかない。