結城くんの餌係
 1話
 
 ◯通学路、学校前。朝。
 門扉に犀川学園高等部と書かれたプレートが見える。
 道を歩いている茜。周囲に同じ学校の生徒も歩いている。
 茜のすぐそばの電柱の陰に黒いものが動き、ビクッとする茜。
 
 茜(なんだ。猫かぁ)
 
 電柱の後ろにいた黒猫がニャーと鳴く。
 ホッと息を吐く茜。
 とそこに、茜の背後に親友の英美里が忍び寄り、勢いよく抱きつく。

 英美里「茜、おっはよー!」
 茜「ひゃああっ!」
 
 悲鳴を上げ、半泣きで怖がる茜。

 英美里「あーん、今日もビクビクして小動物みたいで可愛いねえ」
 
 英美里は抱きついたまま頬をぐりぐり押し付けてくる。引き離そうとする茜。
 
 茜「ちょ、ちょっと英美里ってば」
 英美里「えへへ、ごめんごめん」
 英美里「でも、茜って怖がりだよね」
 茜「う、うん……よく言われる」
 
 笑いながらも茜は複雑そうな表情になるが、英美里は気づかない。
 
 茜(実は私、霊感が強いんです……なんて言えないよね)
 
 茜の周囲に黒いモヤのような幽霊が浮かぶ。気づいているのは茜だけ。

 そんな二人のやり取りを離れた場所から結城が見ている。
 通りすがりの人は大柄で強面の結城を避けている。
 
 
 
 ◯学校、1年C組の教室(朝)
 
 クラスメイト「おはよー」「おはよう!」「めっちゃ眠い……」「宿題やってなーい」
 
 教室内で挨拶が交わされている。
 茜も挨拶を交わし、自分の席に座る。
 その隣の席に無言で座る結城。
 
 茜(隣の席の結城くん。笑ったところは一度も見たことがない)
 
  茜は隣の結城を横目で見る。
  無愛想な結城は誰にも挨拶をせず、無言。
 
 茜(背は高いし、顔も彫りが深くて格好いいと思うんだけど、全然笑わないから怖く見えるんだよね……)
 茜(入学から1ヶ月以上経ったのに、まだ挨拶すらできていない)
 茜(隣の席だし、友達とまではいかなくても、いい関係になりたいよね!)
 茜(よし、今日こそ挨拶するぞ!)
 
 茜は決心をするようにぐっと拳を握る。

 茜「お……っ」
 
 茜はぎこちなく笑って隣席の結城に挨拶しようとする。
 結城は茜に視線を向ける。茜の目にはギロッと睨んだように見える。
 ビクッと怯える茜。
 
 茜(ヒッ……!)
 
 それ以上何も言えず、涙目になって震えてしまう茜。
 
 茜(ま、また挨拶できなかったぁ……)
 
 茜はガックリと肩を落とす。
   
 前の席の英美里、振り返って後ろの席の茜に小声で話しかける。コソコソ話す二人。
 
 英美里「気にしなくていいよ。結城くんの無愛想は昔からだから」
 茜「二人はずっと同じ学校なんだっけ」
 英美里「初等部からね。このクラスは茜以外、ほとんど持ち上がり組だよ。でもあいつより高等部から入学の茜の方がずっと馴染んでるかもね〜」
 茜「そうかな……」
 英美里「そうだよ! あいつ顔怖いしさ」
 茜(み、みんなも怖いって思ってるんだ)
 
 イタズラっぽい顔で笑う英美里とちょっとホッとしてしまう茜。
 二人のコソコソした話を、ギャルっぽい外見の倉本が聞いて混じってくる。
 
 倉本「え、なになに? 怖い話してんのぉ? ちょうど先輩から怖い話を聞いたんだ。高等部の校舎に幽霊が出るんだってぇ。知ってる?」
 
 幽霊の言葉にビクッと震える茜。

 英美里「渡り廊下近くの男子トイレで、ハルキくんって呼ぶと学校で自殺した生徒の幽霊が出るって話のこと?」
 倉本「何それ、トイレの花子さんの男バージョンじゃん! それじゃなくてぇ」
 
 キャハハと笑う倉本。
 茜の視界の端、扉の隙間や足元に黒いモヤが通り過ぎていく。幽霊の声らしいザワザワした物音が聞こえる。
 英美里やクラスメイトは気づいていない。
 顔色が悪くなる茜。
 
 
   
 ◯(回想)幼い茜。幽霊に追われて泣きべそをかいている。
 
 茜(──私は昔から霊感が強かった)
 女の子「瀬名さんの嘘つき! 幽霊なんてどこにもいないじゃん」
 幼い茜「いるもん。怖い話するとそばに寄ってくるんだよ」
 男の子「瀬名が気持ち悪いこと言ってる!」
 噂する声「ねえ、あの子、幽霊見えるんだって」
 噂する声「不思議ちゃんってやつ?」
 茜「嘘じゃないもん。本当にいるんだよ」
 
 糾弾されたり、くすくす笑われて、俯く幼い茜。

 茜(幽霊が見えると言うと笑われる)
 茜(だから見えないふりをしようと頑張って、でもうまくいかなくて)
 茜(ごく普通の青春を送ろうって、知ってる人がいない高校に入学したのに……)
 茜(あと純粋に幽霊が怖いぃ!)
 
 
 
 ◯回想終了
  
 倉本「うちが聞いたのは、暗くなってから視聴覚室前の廊下を通ると、黒い手が追いかけてくるって話。先輩がガチで見たって」
 英美里「へー」
 
 教室内にだんだん黒いモヤが増えていく。

 茜(怪談のせいで活性化してきちゃったみたい。話をやめさせないと……)
 茜(でも、またあんな風に言われたら……)
 
 嘘つき、と糾弾された時を思い出す茜。
 英美里の肩に黒い手が乗っているが、英美里は気づいていない。
 まずい、と思う茜。

 茜「ね、ねえ、この話やめようよ」
 倉本「あれ、瀬名さん、怖いの?」
 英美里「茜は怖がりだもんねー。耳塞いであげよっか」
 
 青ざめる茜に気づかず、二人は話を続けようとする。
 
 茜(どうしよう……)
 
 突然、結城が机を叩き、バンッと大きな音がする。
 大きな音にビクッと震える茜。
 倉本も話を中断する。
 結城が茜を見ており、目が合う。
 
 英美里「えっ、何?」
 結城「虫がいた」
 
 結城、手をパンパンと払う。
 
 倉本「うそ、ゴキじゃないよねっ!?」
 結城「蚊。それより、1限目でそっちの列、当てられるぞ」
 英美里「えっ、やば、予習してないっ! ごめん、話はまた後で!」
 
 英美里は話を切り上げ、教科書を取り出す。倉本も自席に戻る。
 結城はもう茜の方を向いていない。
 茜は結城の横顔をそっと眺める。

 茜(もしかして、助けてくれたのかな)
 茜(……まさかね)
 
 茜、ふと顔を上げ、周囲を見渡す。
 さっきまでいた幽霊の黒いモヤが全て消えている。
 
 茜(あれ、いなくなってる)
 茜(どうして……?)
 
 茜、目をぱちくりさせる。
 
 
 
 ◯学校、放課後、廊下。人気がなく、時刻は夕方になっている。
 
 茜「委員会で遅くなっちゃった。英美里ももう帰ってるよね……」
 
 ふと、通りすがりの教室に視聴覚室のプレートが見える。
 
 茜「ここって……」
 茜(黒い手が付いてくるっていう視聴覚室前の廊下……)
 
 朝の怪談を思い出して怖くなる茜。
 歩いていると、後ろからペタペタと足音が聞こえる。
 
 茜「ひいっ……」
 茜(足音? ──ううん、これ、手の音だ)
 茜(見えないふりしなきゃ……!)
 茜(見えないふり、見えないふり!)
 
 茜は真っ青になり、恐怖で心臓がドキドキしている。
 しかし音はいつまでもついてくる。
 
 茜「か、帰ろうっ!」
 
 目をつぶり、長い廊下を走って駆け抜けようとする茜。
 茜は突然足首を掴まれて転びかける。
 振り返ると、黒い手が足首を掴んでいる。
 
 茜「ヒッ……!」
 
 黒い手を振り払い、茜は走り出す。
 
 黒い手「アノ子、美味シソウ」
「欲シイ」「欲シイ」「──捕マエヨウ」
 
 黒い手が数を増して追いかけてくる。
 走って逃げる茜。
 
 茜(なんで!? こんなにはっきり見えるなんて……)
 
 茜は汗をかき、心臓がバクバクと激しい音を立てている。
 
 
 
 ◯学校、階段。
 
 大急ぎで階段を降りようとする茜。
 上段の方で黒い手に引っかかり転んでしまう。体勢を崩し、踊り場に落ちそうになる茜。
 
 茜「きゃああっ!」
 
 思わずギュッと目をつぶる茜。
 しかしいつまでも衝撃がやってこない。
 おそるおそる目を開くと、茜は踊り場にいた結城にキャッチされ、お姫様抱っこされていた。
 
 茜(ゆ、結城くん?)

 茜の心臓がドキドキと音を立てている。
 
 結城「驚いた。落ちてくるなんて」
 茜「く、黒い手が……!」
 結城「へえ、やっぱり見えるんだ」
 茜「え?」
 結城「こいつら」
 
 茜を抱えたまま、追いかけてきた黒い手を示す結城。
 
 茜(結城くんにも見えてるの?)
 
 黒い手「返セ」「返セ」「ワタシノ獲物」
 結城「獲物、ねえ……」
 茜「ひっ……!」
 結城「俺一人の時には散々逃げ回るくせに、瀬名さんを取られると思ったら逃げないのか」
 
 ニイッと獰猛に笑う結城。
 
 茜(え……笑った?)
 
 初めて見た結城の笑みに見惚れてしまう茜。
 
 茜(って、そんな場合じゃない!)
 茜「危ないよ! 早く逃げないと!」
 
 多数の黒い手が融合するように巨大化する。手のひらの真ん中に目玉がギョロッと蠢く。
 怯える茜。
 しかし結城は茜を抱えたまま、黒い手に向かって走る。
 
 結城「逃げるわけないだろ!」
 茜「ええええっ!?」
 黒い手「ワタシノ獲物、返セ、返セェッ!」
 結城「お前のじゃない!」
 
 結城は黒い手に向かって踏み潰すように蹴りを繰り出す。
 
 黒い手「ギャアアア!」
 
 黒い手は地面に染み込むように消えてしまう。
 
 茜「うそ……!?」
 
 茜は結城に抱えられたまま、目を見開く。
 
 茜(結城くんって、何者なの!?)
 
 
 
 ◯学校、階段の踊り場。
 結城、抱えていた茜を降ろす。ガクガク震える茜。
  
 茜「こ、怖かったぁ……」
 茜「今の黒い手、倒したんだよね?」
  
 ムッとした顔の結城。
 
 結城「いや逃げられた。あいつは逃げ足……いや逃げ手が速いんだ。何本もある黒い手は触手みたいなもので、あれを何本か潰しても効果がない」
 
 結城は自分の手のひらの真ん中を指さしてみせる。
 
 結城「黒い手の真ん中に目玉があっただろ。あれが弱点じゃないかと思う。黒い手はいくらでも湧いてくるが、目玉は一つだけだ。狙ってみる価値はあると思う」
 茜「で、でもどうやって? すぐ逃げられちゃうんでしょ」
 
 結城、茜をまじまじと見つめる。
 
 結城「瀬名さん、餌になってくれ」
 茜「へ……?」
 
 ぽかんとする茜。