○(幼いころの記憶(きおく) 透夏(とうか)七歳、朔夜(さくや)九歳ころ)
 透夏の家の近くの公園から、子供の泣き声が聞こえてくる。
 小学校低学年の透夏が、遊具の下に隠れて泣いている男の子の元へ向かう。


 幼い透夏「みーつけた」
 男の子「……」

 幼い透夏「きみはほんとうに泣き虫さんだねぇ」
 男の子「お前には関係ないだろっ」

 幼い透夏「そうはいっても気になるよ。何かあったの?」


 男の子の隣に透夏も座り、男の子の顔を覗きこむ。
 すると男の子は観念(かんねん)したようにぽつりとつぶやいた。


 男の子「……父さんも母さんも、僕の誕生日に帰ってこれないって……」

 男の子「僕より仕事の方が大切なんだ。……だから一緒にいてくれないんだ」


 わっと泣き出す男の子。
 幼い透夏はその頭を撫ではじめる。


 幼い透夏「そっかぁ。それは悲しいよね。誕生日はトクベツな日だから、傍にいてほしいよね」


 透夏の言葉に(うなづ)きで返す男の子。


 男の子「誰も僕を見てくれない。今いる家でもよそ者でしかないし、誰も祝ってくれないよ」
 幼い透夏「うーん、じゃあ特別!」

 男の子「え?」
 幼い透夏「私の家族にしてあげる! だから一緒に祝おう?」


 男の子に手を差し伸べる透夏、ニカっと笑って。


 幼い透夏「だから私のことを『なっちゃん』って呼んでいいよ!」
 男の子「なっちゃん?」

 幼い透夏「そう。トーカの一番好きな季節の夏! トーカの名前にも入っているから、パパとママはそう呼んでるの。家族になるのなら君にもそう呼ばせてあげる」
 男の子「……なっちゃん」


 男の子は何度か「なっちゃん」と口にする。


 男の子「……家族になるには、どうすればいいの?」
 幼い透夏「んー……」


 幼い透夏は考えるそぶりを見せる(言ったはいいけど、どうすればなれるかはわかってない)。


 幼い透夏「……あっ! ねえ、あなたには夢ってある?」
 男の子「夢?」

 幼い透夏「うん! 私ね、パパみたいなパティシエになるのが夢なの!」
 男の子「そ、そうなんだ」

 幼い透夏「うん! だから夢に向かって一緒にがんばるなら、それは仲間っていうんだよって、ママが言ってた!」
 男の子「一緒に、頑張る? ……仲間?」

 幼い透夏「そう! 仲間っていうのは、お互いに助け合える仲? って聞いたよ! それって、もう家族でしょ? だからあなたに夢があるなら、一緒に頑張ろう? そうすれば、私たちは家族になれるよ!」


 幼い子供の超理論(ちょうりろん)だったが、このときの透夏は真剣(しんけん)に言っていた。
 男の子もそれが分かっていた。


 男の子「……そうすれば、一緒に祝ってくれるの?」
 幼い透夏「うん! だから一緒にいこ?」


 男の子「うん!」


 男の子は伸ばされた透夏の手を取った。


 幼い透夏「あなたはなんて呼んでほしい?」
 男の子「うーん。じゃあ『やっくん』って呼んで」

 幼い透夏「『やっくん』?」
 男の子「うん。僕の名前。朔夜にも夜がついているから。夜って「や」とも読むでしょ?」

 幼い透夏「ふーん。じゃあこれからはやっくんって呼ぶね! これで家族! 一人じゃないよ!」
 男の子「うん!」


 二人で笑い合いながら透夏の家、水藤製菓店へと向かっていく。
 そんなありふれた幼いころの記憶。


 (幼いころの記憶 回想終了→朔夜のモノローグへ)