○祭り会場(屋台を楽しんでいる様子をダイジェストで)
・かき氷、焼きそば、ラムネなどはシェアしている
・射的、輪投げ、型抜きなどで競いながら遊んでいる
・ノリでお面を買う
透夏「はあ~~! 遊んだね~!」
朔夜「そうだな。っていうかあんた、射的うますぎ。びびったわ」
透夏「そういう天宮くんは、型抜き早すぎて笑っちゃったよ~。手先器用なんだ?」
朔夜「まあ、一応な」
さすがに満喫しすぎて疲れたので休憩スペースへ向かう。
透夏「……あれ?」
朔夜「どうした?」
透夏「見て。あの子迷子かな?」
その途中の木の後ろで泣いている男の子を見つけ、話しかける。
見た所小学校低学年くらいの子。
透夏「ボク、どうしたの? 大丈夫?」
男の子「ヒック……うぅ……」
透夏「お父さんか、お母さんは?」
男の子「うわああん」
透夏の言葉に余計に泣き出す男の子。
迷子センターに連れて行こうにも、男の子は蹲って動こうとしない。
透夏「困ったな……」
透夏は子供の相手が得意ではなく、途方にくれる。
すると朔夜が男の子の目線に合わせるようにしゃがみ込み、お面を見せる。
朔夜「君、ホゴネイジャー好き?」
朔夜の優しい声色に顔を上げた男の子は、お面をじっと見つめている。
朔夜はお面をつけてホゴネイジャー(地元のご当地ヒーロー)、リーダーレッドの真似をする。
朔夜「リーダーレッド、参上! オレが来たからにはもう大丈夫だ、少年!」
男の子は戦隊ものが好きらしく、朔夜のモノマネにキラキラとした目を向けた。
一方の透夏は、意外と似ているモノマネに吹き出しそうになるのを我慢して震えている。
男の子「お兄ちゃんすごい! リーダーレッドだ!」
朔夜「そうだぞ。泣き止んで偉いな。一緒に来ていたのはお母さんか? お父さんか?」
男の子「お父さん!」
朔夜「そうか。なら迷子のお父さんを一緒に探そうな」
男の子「うん!」
いろいろとツッコミたい衝動にかられる透夏だったが何とか堪え、男の子を真ん中に手をつないで迷子センターへ向かう。
迷子センターにつくとすぐに男の子の父親が現れた。
子供のお父さん「晴樹!」
男の子「お父さん!」
お父さん「どこ行っていたんだ。心配したんだぞ」
男の子「ごめんなさい……」
お父さん「本当にありがとうございます! なんとお礼をしたら……」
朔夜「いいえ。それほどでも。でも人が多いですから、ちゃんと手をつないであげてくださいね」
父親は朔夜たちに気がつくとしきりにお礼を言って去っていった。
去り際に男の子が手を振り、振り返す朔夜と透夏。
男の子たちを見送ると朔夜たちも歩き出す。
透夏「よかったね。すぐに見つかって」
朔夜「そうだな」
透夏「天宮くん、子供あやすの上手なんだね。驚いちゃった」
朔夜「ん。まあな。一人でいるときの不安はよくわかるから……」
ちょっと照れくさそうに話す朔夜の横顔を盗み見る。
なんだかんだいって優しい性格をしている朔夜にキュンとした。
そのとき空に花火が打ちあがった。
歓声が上がり、透夏も思わず立ち止まり空を見上げる。
透夏「わあ!」
朔夜「……始まっちまったか」
つぶやいた朔夜に手を取られる。
朔夜「透夏。こっち」
透夏「え?」
透夏は朔夜に手を引かれ、会場を後にする。
○人気の少ない木々の間から空がきれいに見える穴場スポット
腕を引かれて連れていかれるのは、花火を近くで見ようとする人の流れとは反対方向。
大人しくついていくと、ついたのは人気のすくない木々の中。
そのちょうど中心に、空がきれいに見える場所があった。
木々のシルエットが枠を作り、空に浮かぶ花火が絵画のように美しく見える。
朔夜「ここならゆっくり見られるだろ」
透夏「もしかして……わざわざ探してくれたの?」
朔夜「どうしても二人で見たかったからな」
そう言う朔夜の顔を花火が照らす。
透夏(あれ……。なんだろう。前にも、こんなことがあったような……)
キラキラと煌めく光に彩られた朔夜の顔が、小さなころの記憶と重なった。
朔夜「透夏?」
透夏「……ううん。なんだか、懐かしくなっちゃって」
朔夜「懐かしい?」
透夏「うん。昔にも、迷子の男の子と出会ったことがある気がして」
懐かしそうに目を細める透夏が朔夜を振り返る。
透夏「懐かしいなぁ。そのときも、今日みたいに花火が上がった日だったなぁ。なんか、急に思いだしちゃったの。……花火みたいにきれいな思い出だからかな」
朔夜「透夏……」
透夏「ん?」
朔夜がなにかを言いかけると、ひと際大きな花火が上がる。
すると花火に透夏の気を取られてしまう。
透夏「うわー! すごい大きかったね! きれい!!」
子供のように大はしゃぎで手を叩き空を見上げる透夏を見つめる朔夜。
視線は透夏から外さずに、「……そうだな。きれいだ」とつぶやく。
――しばらく花火が上がっている――
(透夏のモノローグ)
打ちあがる花火を見ていた。初めは、だけど。
私は次第に隣にいる天宮くんに視線を奪われていった。
花火の光に照らされて、キラキラ光る横顔に。
きれいな肌。大きな手。隣り合う肩。
そして――私を見る、優しい瞳。
そのすべてに、思いが溢れていく。
透夏(ああ、やっぱり……この気持ちは……)
どうやら、もう観念するしかないみたいだ。
――好きに、なってしまったと。
(透夏のモノローグ終了)
花火が終わりがけ、朔夜は透夏の方を振り向く。
朔夜「もうそろそろ終わりかな。……って、どうした? そんな顔し、て……」
背伸びをした透夏の唇が、朔夜の頬に当たる。
目を見開く朔夜。
朔夜「……え?」
透夏「――……っ!」
透夏「っわ、私、一体……なにを!?」
透夏は完全に無意識だった。
朔夜の声に我に返った透夏、ハッとした顔で唇を押さえたのだった。
○前回の続き
朔夜の頬に無意識に口づけしてしまった透夏が、真っ赤になりながら慌てている。
透夏は自分のしたことに一番驚いている様子。
朔夜「……今」
透夏「ち、違うの! これは……!」
自覚していくにつれて顔から熱が出ているかのようにゆで上がっていく。
まともに朔夜の顔が見られず、パニックのまま逃げ出してしまう。
朔夜「あっ! と、透夏!?」
走り去っていく透夏の背に手を伸ばすも、朔夜自身、状況が飲み込めていないので引きとめられない。
ぽつんと残された朔夜は次第に赤面し、しゃがみ込む。
朔夜「……っ、やられた!」
ぐしゃりと髪をかき上げ、耐えるような表情でつぶやく。
数秒後に上げた顔は複雑な表情だったが、目は獲物を追う獣のような爛々とした輝きを持っていた。
朔夜「待てって、透夏!」
朔夜には透夏を逃がしてあげるつもりはなかった。
(透夏視点)
透夏(私……なんてことを!?)
走りながら自分のしたことの重要性を把握し、顔の熱が収まらない。
キスしてしまったのは想いが溢れてしまったからで、本当はするつもりなんてなかった。
けれど朔夜の顔を見ていたら、自然と動いてしまっていたのだ。
透夏「っ」
酔っぱらい「うわ」
前も確認せずに走っていたら、ほどよく酔っ払った人にぶつかってしまった。
酔っ払いは二人で、なかなかにガラが悪い。
透夏「す、すみませ」
酔っ払い1「あーあーあー。ビール零しちまったじゃねーか」
酔っ払い2「おいおい~。まだまだ飲み足りねぇってのによ~」
透夏「すみません! 前を見てなくて……」
酔っ払い1「ああ? そんだけで済ませるつもりじゃねぇだろうな?」
酔っ払い2「誠意をみせろって。なあ、姉ちゃん」
酔っ払いたちはにやにやと赤い顔で透夏を見て、肩に手を回す。
透夏「ちょっ!」
酔っ払い1「詫びの一つや二つ、受け取らねぇと済まさねぇよ?」
酔っ払い2「見た所、未成年か? じゃあ酒は買えねぇよなぁ。……なら他の方法で付き合ってもらわねーと」
透夏「ちょっと、やめて! 離して!」
酔っ払い1「っ」
身の危険を感じた透夏が拒否した時に酔っ払い男の顔をひっかいてしまう。
男はすぐに激高してしまった。
酔っ払い1「このアマッ!」
透夏「!」
酔いで善悪がつかなくなっている男、すぐに殴ろうとしてくる。
振り上げられた拳に目をつぶるが、痛みがやってこない。
代わりにドゴッという音だけが耳に届いた。
恐る恐る目を開けると、透夏の代わりに男の拳を受けた朔夜の姿が。
透夏「天宮くん!?」
朔夜は一瞬ぐらつくも耐え、口に滲んだ血をぬぐった。
朔夜「気は済んだ?」
下からねめつける様に見てくる朔夜からは殺気が放たれており、相当キレているのが分かる。
酔っ払いは朔夜の殺気に怯み、人が集まり始めているのに気がつく。
外野1「喧嘩?」
外野2「やだ、あのお兄さん殴られたよ」
外野3「警察呼んだ方がよくない?」
酔っ払い2「っ! そんなブス、こっちから願い下げだっつーの!」
酔っ払い1「いこうぜ」
酔っ払いたちは慌てて去っていった。
透夏「天宮くん! ち、血が!」
朔夜の痛々しい傷に、泣きそうになりながらも駆けよる。
ケガの様子をみようと、そっと手を伸ばすとその手を掴まれる。
朔夜「大丈夫だった!?」
透夏「だ、大丈夫。……でも天宮くんが」
朔夜「オレのことはいいから。どっか痛くない?」
透夏「……うん」
透夏の顔を覗きこみ、心配する朔夜。
透夏にケガがないと分かると脱力する。
朔夜「そっか。よかった……」
透夏「ご、ごめんね。私を庇ったばっかりに……」
朔夜「別に透夏のせいじゃないだろ。嫌がる女を無理やり連れて行こうとしたあいつらが悪い」
透夏「でも……、私がぶつかってお酒をこぼしちゃったから……」
朔夜「相手方は服も汚れていなかったし、謝罪の意味でいえば酒を買う金とその手間代を払えばいい。それなのにあいつらは透夏を連れて行こうとした。明らかに等価にはならないだろ」
透夏を掴んだ朔夜の腕に力が籠る。
朔夜「……つーかあいつら、透夏のことブスって言いやがらなかった? それに肩を抱きやがったし」
いつになく鋭い視線。
殴られたことよりも透夏への罵倒に怒っていた。
透夏「そんなの、どうでもいいよ」
朔夜「いーや、よくないね。絶対許さねぇ」
透夏「……」
ふと肩を掴まれ目線を合わされる。
朔夜「ていうか透夏も!」
透夏「へ?」
朔夜「危ないだろ! 周りがいつもより明るいとはいえ、今は夜なんだ。祭りで気分が大きくなっている輩だっている。オレから離れてくれるな」
透夏「ご、ごめんなさい……」
あまりの剣幕に縮こまる透夏。
それを見て朔夜気まずい顔になる。
朔夜「いや、悪い。怖がらせたいわけじゃないんだ。ただ、透夏が危ない目に遭いそうになっているのをみて、気が気じゃなかっただけで……」
透夏「うん。……ごめんなさい」
言いたいことは十分に伝わって来ており、素直に反省する透夏。
朔夜「まったく……。透夏のおてんばは昔のままみたいだな」
朔夜はため息をつきながら、透夏の頭に手を置く。
朔夜「活発なのはいいが、オレの目の届かないところには行かないでくれよ」
透夏「……」
朔夜の手の優しさに忘れていた恐怖心が蘇り、涙ぐむ透夏。
朔夜「ああ、ほら。泣くな。もう大丈夫だから」
透夏「……グス」
恐怖の涙だったが、次第に朔夜がいる安心の涙になる。
透夏(なんだか天宮くんの前で、泣いてばかりいるな……)
○時間経過
透夏の涙が止まるまで、ベンチで休むことに。
いつの間にか花火大会は終わっており、人も先ほどより減っていた。
朔夜「収まった?」
透夏「……うん。ごめん」
朔夜「いいって」
謝り続ける透夏をあやすように撫でる朔夜。
透夏も目元は赤いままだったが、落ち着きを取り戻した。
夏の夜の風が、二人の間を通り抜けた。
朔夜「……あー。それでさ。聞いてもいい? さっきのこと」
透夏「……さっきの、って」
朔夜「なんでキスしたの?」
透夏「!」
酔っ払いに絡まれた衝撃でごまかされてくれるかと思っていたが、朔夜はごまかされてはくれないと悟る。
あの時のことを思いだすとみるみる赤くなっていき、黙り込んでしまう。
朔夜「……オレのこと、好き?」
透夏「っ!」
図星をつかれ、さらに赤くなっていく。
潤んだ目と首まで広がった赤を眺めた朔夜がふっと笑った。
朔夜「分かりやすくて、かわいいな」
透夏の頬に掛かった髪を耳にかけてやる朔夜。
その目は愛しいものを見つめる目、そのもの。
朔夜「オレも好きだよ」
透夏「!」
透夏はその言葉におずおずと顔を上げる。
上目遣いに見上げられた朔夜がごくりと喉を鳴らす。
朔夜「……あんまり、煽らないでくれるかな。じゃないと――」
たまらないという顔をした朔夜はごまかすように額へとキスを落とした。
朔夜「オレも男だからさ。そういう表情されるとぐっとくるって言うか、理性がやばいって言うか……。そういう顔を見せるのは、オレだけにしてね?」
言われた意味と額へのぬくもりを意識してしまった透夏、恥ずかしさから涙を浮かべ、朔夜の胸に顔を寄せる。
透夏「…………こんな顔、他の人になんて見せられるわけないよ」
朔夜「っ」
朔夜は再びぐっとこらえる表情になり、顔を覆ってしゃがみ込んだ。
朔夜「はああ。……そういうところ」
透夏「え?」
朔夜「透夏は本当に、無意識に煽るのがうまいんだよ」
何がダメだったのか分からない透夏は首を傾げる。
朔夜は諦めたようにため息を吐いた。
朔夜「ほんと、先が思いやられるよ。……まあでも、手を出したら親父さんに怒られるだろうから。今は我慢するけどさぁ……。これくらいは許してほしいね」
透夏をぐっと引き寄せ唇へと触れるだけのキスをする。
透夏「!!」
透夏は唇を押さえてパニックに。
朔夜はイジワルな顔をしている。
朔夜「こういうことしたくなるから、あんまり可愛い反応はしないでね?」
黒い笑みを乗せた朔夜だったが、透夏はその耳が赤くなっていることに気がつく。
見ていると、じわじわと赤が首筋まで移っていった。
朔夜「……あーー。恰好つかねぇな」
朔夜もその熱を認識しており、恥ずかしそうに首を掻いた。
少し拗ねたような声色で見上げられた透夏、思わず笑みがこぼれてしまう。
朔夜「……なんだよ。好きな相手とキスすれば、オレだって照れる。別に余裕があるわけじゃないんだよ。大事にしたいけど抱きしめたくなるし、キスもしたくなるし、それ以上も……」
透夏「! エ、エッチ!」
予想外の言葉に動揺する透夏だったが、朔夜はむしろ開きなおった。
朔夜「当然だろ。ずっと好きだった相手だ。触れたいと思って何が悪い」
透夏「ず、ずっとって、だって私、本当に覚えてないのに……。その、こんな私をずっと好きでいてくれたのはなんでなの?」
朔夜「……それ、聞いちゃう?」
透夏「だ、だって」
朔夜「何にでも理由を欲しがるのは相変わらずだな、なっちゃん?」
透夏「え……?」
朔夜「透夏の夏。だからなっちゃん」
透夏「なっちゃん」という呼び方に覚えがあった。
幼いころに家族間でそう呼んでもらっていたのだ。
頭の中で靄が晴れていくような感覚を覚える。
(小さいころの記憶 回想)
小さい透夏『トーカの一番好きな季節なの! だからパパとママはなっちゃんって呼んでくれているんだよ!』
小さい透夏『この呼び方は家族だって証なの! だからあなたもそう呼んでいいよ! ね――』
(小さいころの記憶 終了)
透夏「あ、天宮くん……。まさか……やっくん!?」
○(幼いころの記憶 透夏七歳、朔夜九歳ころ)
透夏の家の近くの公園から、子供の泣き声が聞こえてくる。
小学校低学年の透夏が、遊具の下に隠れて泣いている男の子の元へ向かう。
幼い透夏「みーつけた」
男の子「……」
幼い透夏「きみはほんとうに泣き虫さんだねぇ」
男の子「お前には関係ないだろっ」
幼い透夏「そうはいっても気になるよ。何かあったの?」
男の子の隣に透夏も座り、男の子の顔を覗きこむ。
すると男の子は観念したようにぽつりとつぶやいた。
男の子「……父さんも母さんも、僕の誕生日に帰ってこれないって……」
男の子「僕より仕事の方が大切なんだ。……だから一緒にいてくれないんだ」
わっと泣き出す男の子。
幼い透夏はその頭を撫ではじめる。
幼い透夏「そっかぁ。それは悲しいよね。誕生日はトクベツな日だから、傍にいてほしいよね」
透夏の言葉に頷きで返す男の子。
男の子「誰も僕を見てくれない。今いる家でもよそ者でしかないし、誰も祝ってくれないよ」
幼い透夏「うーん、じゃあ特別!」
男の子「え?」
幼い透夏「私の家族にしてあげる! だから一緒に祝おう?」
男の子に手を差し伸べる透夏、ニカっと笑って。
幼い透夏「だから私のことを『なっちゃん』って呼んでいいよ!」
男の子「なっちゃん?」
幼い透夏「そう。トーカの一番好きな季節の夏! トーカの名前にも入っているから、パパとママはそう呼んでるの。家族になるのなら君にもそう呼ばせてあげる」
男の子「……なっちゃん」
男の子は何度か「なっちゃん」と口にする。
男の子「……家族になるには、どうすればいいの?」
幼い透夏「んー……」
幼い透夏は考えるそぶりを見せる(言ったはいいけど、どうすればなれるかはわかってない)。
幼い透夏「……あっ! ねえ、あなたには夢ってある?」
男の子「夢?」
幼い透夏「うん! 私ね、パパみたいなパティシエになるのが夢なの!」
男の子「そ、そうなんだ」
幼い透夏「うん! だから夢に向かって一緒にがんばるなら、それは仲間っていうんだよって、ママが言ってた!」
男の子「一緒に、頑張る? ……仲間?」
幼い透夏「そう! 仲間っていうのは、お互いに助け合える仲? って聞いたよ! それって、もう家族でしょ? だからあなたに夢があるなら、一緒に頑張ろう? そうすれば、私たちは家族になれるよ!」
幼い子供の超理論だったが、このときの透夏は真剣に言っていた。
男の子もそれが分かっていた。
男の子「……そうすれば、一緒に祝ってくれるの?」
幼い透夏「うん! だから一緒にいこ?」
男の子「うん!」
男の子は伸ばされた透夏の手を取った。
幼い透夏「あなたはなんて呼んでほしい?」
男の子「うーん。じゃあ『やっくん』って呼んで」
幼い透夏「『やっくん』?」
男の子「うん。僕の名前。朔夜にも夜がついているから。夜って「や」とも読むでしょ?」
幼い透夏「ふーん。じゃあこれからはやっくんって呼ぶね! これで家族! 一人じゃないよ!」
男の子「うん!」
二人で笑い合いながら透夏の家、水藤製菓店へと向かっていく。
そんなありふれた幼いころの記憶。
(幼いころの記憶 回想終了→朔夜のモノローグへ)
(朔夜のモノローグ)
幼いころからオレの両親は世界を飛び回っていた。
だからずっと一人だった。
親父の友人の家に預けられていたけれど、家族ではないから疎外感がずっとあった。
だからこそ透夏にそう言われたときは、心が救われた。
オレの不安を、一声で取り払ってくれた。居場所を与えてくれた。
彼女の両親もオレのことを本当の子供のように受け入れてくれた。
あんなに穏やかな時を過ごしたのは初めてだった。
両親の仕事に理解を示せたのも、この時間がなかったら無理だっただろう。
たったの二月出来事だった。
事業が安定して両親が迎えに来るまでのわずかな時間。
それでも十分すぎるほど、いろいろなものをくれた。
オレが前を向くきっかけは、全てあの家族がくれたのだ。
だからまた絶対に会いにこよう。
どれだけ時間が経っていようが見つけ出し、お礼を言いたい。
そう決意した。
思えばこの時から、オレは透夏のことが好きだったのだろう。
だから親父に無理を言って、一年だけ日本に戻ってきた。
親父の後を継ぐという夢に向かって励みつづけていると、透夏に示したかったから。
そして、あんたを見つけた。
一目で分かった。
でもあんたから笑みが消えてしまっていた。
オレに笑みを戻してくれたあんたから。
だから強引に接点を持つことにした。
あんたがそうしてくれたように、今度はオレが笑みを贈る。
それが透夏への精いっぱいの恩返しだから。
もしもあんたが忘れていたとしても、あの時間がなくなるわけじゃない。
……この気持ちが、変わることはないから。
(朔夜のモノローグ 終了)
○祭りのベンチ(現在)に戻る
透夏に『やっくん』と呼ばれ、二人の間を風が抜けた。
朔夜は少し目を潤ませて首を傾げる。
朔夜「……やっと思いだしてくれた?」
透夏「え、え!? 本当にやっくん? あの泣き虫やっくん!?」
朔夜「そうだよ。泣き虫で弱虫だったやっくん。オレ、頑張ったの。早く一人前になって、透夏を探したかったから」
透夏「うそ……。全然わからなかった」
朔夜「結構変わったでしょ」
透夏、朔夜の全身を見渡す。
透夏「うん。昔のやっくんは私より小さいイメージしかなかったから……」
朔夜「成長期だったからな」
朔夜の体はほどよく鍛えられており、細マッチョ。
朔夜「ね。小さいころの約束、覚えてる?」
透夏「約束?」
朔夜「そ。家族になるってやつ」
記憶を掘り起こす透夏。
透夏「……あ~。夢に向かって頑張っていれば仲間だってやつ?」
朔夜「そう、それ。覚えてたんだ」
嬉しそうな朔夜に対し、申し訳ない表情になる透夏。
透夏「ごめん。ちょっと前まで忘れていたの。……その、お父さんのことで頭がいっぱいで」
朔夜「親父さんのことがあったからな。仕方ないさ。思いだしてくれただけで十分」
透夏「天宮くん……」
朔夜、ニッと笑って。
朔夜「でもオレは思い出だけで終わらせようとは思ってない」
透夏「え?」
朔夜「幼いときの約束なんて所詮は口約束だけどさ、オレは、それを現実のものにしようとしているんだ。この意味、分かるか?」
透夏を真っ直ぐに見つめる朔夜。
透夏は意味を理解してくるとじわじわと赤くなっていく。
朔夜「……その反応だと惚れさすのも時間の問題みたいだね。楽しみにしてる」
透夏「……! まって。アレはそう言う意味で言ったやつじゃ……」
朔夜「分かってるよ。でもどういう意味にするのかは、オレが決める」
ベンチから立ち上がり、透夏の前に回る朔夜。
透夏の顎をもち上げて、顔を合わせる。
朔夜「オレの想いを知ったからには、覚悟しておいて。……その口から、オレへの気持ちを告げてもらうから」
透夏「……っ!」
透夏の頬を撫でた指が、そのまま唇をなぞっていく。
朔夜の顔はとんでもなく甘く、けれども獲物を逃がす気はないと如実に訴えていた。
透夏(……ああ。本当に厄介な人に捕まっちゃったなぁ)
朔夜からは逃げられない。
きっと私を逃がしてくれるほど甘くはないのだろう。
けれどもそれを嫌と思わない自分に気がつき、クスリと笑みをもらした。
そして祭りの夜は過ぎていく――。
○学校、1-Aの教室(休憩時間)
休みの時間に外から声が聞こえてきて見てみると朔夜の姿が。
じっと見ていると朔夜も透夏に気がつき、爽やかに手をあげる。
透夏「っ!」
恥ずかしく思いつつも手を振り返すと、嬉しそうな笑みを浮かべられた。
女生徒1「きゃー! みた!? あのスイーツ王子の笑み!!」
女生徒2「見た見た! なになになに!? 王子ってあんな顔もできるの!?」
女生徒3「ね! 前までしていた笑顔も素敵だったけど、あの笑みは愛しいって気持ちがのっかってるよね!?」
女生徒たち「「「愛されてるね、水藤さん!」」」
クラスの女子たちが二人のやり取りを見ていて、にやにやとほほえましい視線を送ってくる。
透夏は恥ずかしさが天元突破して、引っ込んでいく。
女生徒1「あっ、まってよ水藤さん!」
女生徒2「いろいろ話、聞かせて~!」
女生徒3「逃がさないよ~!」
透夏「ちょ、か、勘弁して!」
今まで話さなかった生徒たちとも、最近は話すことが増えた(表情が昔の透夏のように豊かになったから)。
今は前のように鉄仮面とか呼ばれたり、怖がられたりはしていない。
女子たちの戯れを、少し離れた場所で男子たちが眺めている。
男子生徒1「おーおー。今日もやってんなぁ」
男子生徒2「なあ彰。水藤さんってあんなに笑うやつだったっけ?」
彰「……なんで俺に聞くんだ?」
男子生徒2「だってお前、水藤さんと同じクラス長だろ」
男子生徒1「そーそー。このクラスで一番話してたのがお前だろ?」
彰「……まあな」
男子たちは冗談交じりに笑い合っているが、彰は微妙な顔をしている。
男子生徒1「って言うか水藤さん、笑うようになってから印象だいぶ変わったよな」
男子生徒2「あっ、わかる! ぶっちゃけ怖いっつーイメージだったけど、よく見ると美人だよな」
男子生徒1「な。笑うと可愛いかも……? 恋は人を変えるっていうけど、あれ見るとよくわかるわー」
男子生徒2「なー。オレも恋してぇ~」
男子生徒1「なー。彰もそうだろ?」
彰「……そうだな」
彰は静かに透夏を見つめている。
彰「水藤は前からしっかり者のいいやつだったよ。お前らが気がつかなかっただけで」
男子生徒1「彰……お前」
彰「なんだよ」
男子生徒1「いや、酷いやつだなって」
彰「うるせえよ」
男子たちはお互いに小突き合って休憩時間が終わる。