○透夏(とうか)の家・リビング(夕方)
 前回の続き。
 ドアの開く音に振り返ると、なぜかスーツ姿の母親がいた。
 その目は好奇(こうき)で輝いている。


 母(夏凪子(ななこ))「あらやだっ。透夏が男の子家に連れ込んでる!?」
 透夏「お、お母さん!? え!? 今日って遅くなるんじゃ……」

 母「思ったよりも早く仕事が終わったのよ。いつもご飯作ってもらっているから、今日は私が作ろうと思って急いで帰ってきたんだけど……」
 透夏「っ!!」


 ニマニマとした母に、思いっきり勘違(かんちが)いされていると気がつく。


 母「あらあらあら~! これはおじゃましちゃったかしら?」
 透夏「ちがっ! これはそういうアレじゃないからっ!」

 母「またまた~! 恥ずかしがらなくていいのに」
 透夏「本当に違うの!」

 母「も~照れちゃって。そんなに顔を赤くしてちゃ説得力(せっとくりょく)ないわよ!」
 透夏「お母さん!」


 母はイタズラっ子のような表情をして、怒る透夏を無視して朔夜(さくや)の前に行く。


 母「初めまして。透夏の母の水藤(みずふじ)夏凪子(ななこ)です。娘がお世話になってます」
 朔夜「初めまして。透夏さんとお付き合いさせていただいてます。天宮(あまみや)朔夜と申します」

 母「やっぱり! ちょっと聞いてないよ透夏。こんなイケメンの彼氏がいるなんて~!」
 透夏「だから違うって」

 母「いろいろ話聞きたいな。朔夜くん、時間はあるの?」
 朔夜「ええ。ぜひ」


 透夏「聞いてないし……」


 マイペースな母と、完全に悪乗(わるの)りしている朔夜に(あき)れる。


 母「ところでこの子またケガしたのかしら? この子、昔は男勝(おとこまさ)りでケガばっかしてきててね~。最近は落ち着いたかと思っていたのだけど……。見た所、朔夜君が手当(てあ)てしてくれたんでしょ? ありがとね」
 朔夜「いえいえ。でもすみません。このケガはもとはと言えばオレのせいなんで」

 母「そうなの? 朔夜くんの取り合いとかかしら? まあそれも合わせて聞かせてほしいわ! ちょっと待っててね。今お茶出すから」
 朔夜「ああ、お構いなく」


 キッチンの方へ向かっていく母を見送った透夏は疲れた顔をした。


 透夏「ごめんなさい。あの人、本当にマイペースだから。ほんと、もう全然相手しなくていいので」
 朔夜「そうはいかないだろ。それに楽しいからいいよ」


 しばらくして母が戻ってくると、その手にはお茶と共にアルバムが。
 嫌な予感がした透夏はげえっという顔をする。


 母「ねえ~朔夜くん! 透夏の小さいころの写真とか、興味(きょうみ)ある?」
 朔夜「あります」


 すぐに食いついた朔夜に、透夏は頭を抱えることになった。


 透夏「ちょっと、お母さん! やめてよ! 恥ずかしいじゃない!」
 母「あら、いいじゃない。減るもんでもなし」

 透夏「減るから! 私の気力(きりょく)がっ!」
 母「少しだけ! 少しだけだから!」


 透夏の制止(せいし)もむなしく、母はアルバムを広げる。


 母「ほら見て。これ透夏が初めてケーキを作ったときの写真」


 ケーキの形は悪いし、うまくできなくて号泣(ごうきゅう)している透夏の写真複数。
 ほほえましい表情で見ている朔夜と、羞恥(しゅうち)で死にそうになっている透夏。


 母「ほらこれも。可愛いでしょ」
 朔夜「ええ」


 めくるたびに上達(じょうたつ)していき、笑顔で写る透夏ばかりになっていく。


 朔夜「昔からパティシエを目指していたんですね」
 母「そうなのよ。この子ったら、お父さんっ子でね。いつもお父さんを超えるパティシエを目指すんだって、ずーっと言ってたわ」

 透夏「もう、お母さん! 恥ずかしいからやめてってば!」
 母「あらどうして? 可愛いからいいじゃない」

 透夏「そういうのいいから! あとお父さん子じゃない! あれは純粋(じゅんすい)尊敬(そんけい)してただけ! 違うからね天宮くん!」


 ファザコンだと思われたくない透夏、真っ赤な顔で朔夜を見る。


 朔夜「いいじゃん。親父さんのケーキは本当にうまかったし」
 母「あら、知っているの?」

 朔夜「ええ。小さいころ、この街で暮らしていたことがあって。オレ、親父(おやじ)さんのケーキのファンだったんですよ」
 透夏「そうなの!?」


 初耳に目を見開く透夏。


 朔夜「言ってなかったっけ?」
 透夏「聞いてないよ!」


 朔夜「悪い悪い。まあこの街にいたのはほんの数か月だけだけどな。会社が海外進出しだしたばっかのとき、両親とも忙しくてさ。友人宅に預けられてたんだ」

 朔夜「あの頃はスイーツも嫌いだった。親はオレに構ってくれないし、家がお菓子メーカーだからさ、菓子に親を取られた気になっていたんだよな。……でも水藤さん……親父さんに会って、見方が変わったんだよ」


 思いだすように上を向く朔夜。
 優し気な眼差し。


 朔夜「スイーツは、誰かを幸せできる。幸せを届ける宝箱だって言われてさ。それなら俺の両親も、そのために頑張っているのかって思って。なんだか誇らしくなった。だから感謝しているんだ」
 透夏「そうだったんだ……」


 朔夜の話に目を細めて嬉しそうな透夏。
 改めて父親が誇らしくなる。


 朔夜「でもまさか亡くなっていたなんて……。あなたのおかげで家族と打ち解けられたって、伝えたかったんだけどな」


 朔夜ふと影を落とす。


 透夏(もしかして天宮くんがこの街にきた目的って……)


 朔夜の表情に、なんとなく察する透夏。
 わざわざ海外からやってくるほど会いたかったのだろうと思う。


 母「……そっか。あの人のファン、まだいてくれたんだ」


 朔夜の肩に手を置く母。


 母「ね、良ければ手をあわせて行ってくれない?」

 母は奥の仏間(ぶつま)を指さした。


 朔夜「……いいんですか?」
 母「その方があの人も喜ぶだろうし。透夏もいいわよね?」

 透夏「うん。天宮くんがよければ」


 (うなが)されて仏壇に手を合わせる朔夜。
 真剣に祈っているところを見ると、嘘をついているわけではないと分かる。


 透夏(まさか天宮くんとそんな接点があったなんて……)


 父の話をして、思い出が(よみがえ)る。
 その際、小さな男の子と遊んでいたような気がする。


 透夏(あの子も、元気にしているのかな……?)


 ちょっとしんみりした気分になってしまった。