「……意思がないってそれ、彼女の遠慮を勘違いして言ってませんか」
「…!ひ、日向くん」
手を握ったまま、横に並んでいた彼は私の一歩前へと踏み出す。
「君が口を出す権利なんてないだろう」
「いいや。俺か代わりに話してるだけですよ。優しい彼女の声を」
違うか?
そう言って彼は私を見た。
強い眼差しで、心の奥まで見透かされるように真っ直ぐな瞳で。
「彩さんは今日、1人で祭りに来たんですよね?それは意思じゃないんですか?」
「意思がなくて、周りに流されてばかり。これはあなたが描いた彼女の像」
「そう言い聞かせていつまで閉じ込めておくんですか」
「閉じ込める?君は何を」
「閉じ込めると大切にする、を取り違えてませんかと聞いているんです」
…っ。
お父さんだけじゃない、私まで釣られて押し黙ってしまうような気迫。
さっきまでの彼とは違う。
今日一日の彼ともまた違う。
「話してくれました。友達に誘われたけど断ったって。もちろんその断った理由も」
「…」
「彼女は、祭りに行きたくなかったから断ったのだと思っていませんか」
「…何が言いたい」
「そろそろ、彼女の後ろ姿を見送ってみるのはどうですか。ということです」
「…」
これまで、私はずっとお父さんの後ろ姿を見て歩いてきた私の後ろ姿をお父さんが見送る
それは小さくて微々たる日常の変化。
…そして、大きなステージの出発地点でもあった。
「…」
お父さんは何も言い返さなかった。
それはまるで、自分自身も気づいていたように。
そして、それから目を逸らしていたように。
「一度彩さんと」
「…行くぞ」
「あっ…」
彼の声を遮るようにしてお父さんは私の手を引いた。
……。 ッ、、、!
だから私は、精一杯足に力を込めた。
拒んだりしない。ただ、その手に逆らった。私にだって意思があるのだと。私にだってみたい景色があるのだと。
手を引っ張られても動かないよう、踏ん張った。
お父さんの動きが止まったことを確認して、
まず日向くんの方を見て真似るように笑い、今度はお父さんに向き直って、その目をしっかり見つめた。
「…お父さん」
「私、花火を見に行きたいの」
何度だって心に留めた。でももうやめにした。
好きなものは
手に入れたい夢は、
譲らない。
大きく開かれた両目は、確かに私を捉えていた。
ほんの一瞬だったはず。
やけに長く感じられたその刹那を例えるなら…
「……帰るぞ」
小さく光って地に落ちた線香花火のようだった。