◯保健室・4話のつづき

【私、中学のときに一瞬だけ昴と付き合ってたんだ】
証「そうだったのか……」
立夏の告白に衝撃を受ける証(←胸に痛みを覚える)と、目を伏せている立夏。
立夏「私のせいですぐに別れちゃったんだけど」
証「なぜ別れてしまったのか、理由を聞いてもいいのか」
立夏「うん。分かってると思うけど、楽しい話じゃないからね」

◯立夏の回想

中学生のころの立夏と昴の楽しげな絵。
【昴とは2年生のときに初めて同じクラスになって、妙に気が合うせいかすぐに仲よくなった】
【そしてその夏の終わり、昴の方から告白されたのだ】
中学生の昴「立夏が好きだ。俺と付き合ってほしい」
中学生の立夏「……うん。いいよ」
【そのころの私は“付き合う”ということがよく分かっていなくて、昴のことは友達として好きだったから、軽い気持ちでOKした】
【友達の延長線上のような昴とのお付き合いは、とても居心地がよかったのだけれど】
立夏「でもそのころはまだ、クラス内のカップルって珍しくて。周りからよく冷やかされるようになったんだ」
【中学生らしい冷やかしを受けるたび、昴はその子たちを怒り、私を庇ってくれた】
【だけどある日、私はそんな冷やかしに耐えきれず泣いてしまったのだ】
立夏を背にして怒る昴と、3話出てきた立夏が泣いている絵。
回想終わり。

◯保健室

立夏「それでクラスの雰囲気を最悪にしちゃって。昴とも気まずくなったせいで別れちゃったんだ」
証「それは立夏の気持ちを考えず、からかったやつらが悪いだろう」
立夏「だけど私も面倒くさいやつだったなって思うよ。泣くようなことじゃなかったし、周りにも気を遣わせちゃったしさ」
【昴は優しいから、別れてからも何事もなかったように接してくれるけど、彼の心も傷つけたはずなのだ】
立夏「本来、私はあんまり恋愛には向いてない人間なんだと思う。恋愛をしてるときって、感情が揺れ動くことが多いでしょ? 私はきっとそのたびに泣いて、相手に迷惑かけちゃうもん」
悲しげに笑う立夏。
証「俺は迷惑だとは思わない」
断言する証に立夏は驚く。
証「立夏が自分のことで泣くのは心が純粋だからで、人のために泣くのは心が優しいからだ。そんな立夏の涙を綺麗だと思う。悲しかったり怒ったりさせて泣かせたくはないが、綺麗なものを見て迷惑だとは俺は思わない」
そう言って、証はハッとする。
証「だがそういうことなら俺の告白は重荷だっただろうな。そう言えば、立夏は最初から恋愛には興味がないと言っていた」
立夏「それは……。まぁびっくりはしたけど、でも証くんと一緒にいるのは楽しいよ」
証「そうか。それならよかった」
微笑む証に目を奪われる立夏。
証「俺はもっと立夏を知りたい。もっと立夏と仲よくなりたい。叶うなら、これからもそばにいさせてほしい」
【証くんは嘘を吐かない。ごまかしもしない】
【だから彼の言葉は、真っ直ぐに私へと届く】
立夏「……私でよければ」
ほろほろと涙を流す立夏に狼狽える証。
証「それはなんの涙だ」
立夏「証くんの言葉が嬉しくて泣いてるんだよ」
証「そうか。俺のための涙か」
立夏の涙を曲げた人差し指で掬い取りキスをする証と、そんな証にぼんやりと見入る立夏。

◯球技大会後の金曜日の夜・クラス会のカラオケ会場

【足首は1週間で治り、私は無事球技大会に参加することができた】
【そして私たちのクラスはめでたく、全クラス中3位の好成績で終わったのだった】
球技大会の打ち上げであるクラス会に訪れている立夏(テーブルの上には球技大会の景品であるお菓子の盛り合わせもある)。
七緒の隣に座ってカラオケを楽しんでいると、そこに証が現れる。
尾崎「あれ、市村も来たんだ! お前こういう集まり苦手じゃん」
尾崎の言葉をスルーし、七緒とは逆の立夏の隣を陣取る証。
証「立夏がいるから来た」
立夏「そっか」
今日もストレートに口説いてくる証に慣れつつある立夏。
尾崎「市村はバスケの得点王だったし、我がクラス3位入賞の立役者だもんな! せっかくだからなんか歌えよ!」
証「流行りの歌はよく分からない」
尾崎「これくらいなら分かんだろ〜?」
勝手に有名なバンドの曲を選曲される証。
むりやり部屋前方のスタンドマイクの位置に移動させられ、迷惑そうな顔をする。
生徒たち「あいつ歌は得意なんかな?」「音痴だったらさすがにウケる」
みんなが証の歌に注目し、当の証はため息を吐いたものの、しょうがなく歌い始める。
生徒たち「なんだ。あいつ歌まで上手いのかよ」「マジで人間じゃねえ」「えー、声かっこいいじゃん!」
クラスが盛り上がるなか、尾崎が立夏のそばに寄る。
尾崎「ねえねえ、市村ってなんか苦手なもんとかないのかな? 渡辺さん後で聞いてきてくんね?」
立夏「なんで私?」
尾崎「だって渡辺さん、最近市村と仲いいじゃん」
立夏「まぁ苦手なものを聞くだけなら」
一曲歌い終えた証は、清々したとばかりに部屋を出ていく。
すぐさま証の後を追う立夏。

◯カラオケのドリンクバー

ドリンクバーのところで二人きりになる立夏と証。
立夏「証くん、来てくれてありがとう。みんな喜んでるよ」
証「立夏もか?」
立夏「もちろん」
証「それならよかった」
フッと笑う証。
立夏「ねぇ。証くんって、人の心が分からないってこと以外に何か苦手なものとかあるの?」
証「歌はあまり得意ではなかっただろう。音程は合わせられるが、棒読みなのは自分でも分かる」
立夏「でも普通に上手だったよ? もっとこう、「これはダメ!」っていうものは?」
証「……絵」
立夏「絵?」
見たことない苦い顔をする証。
証「絵を描くのはものすごく苦手だ。いくら動画を見てみてもまったく真似できない。絵の上手いやつの手には魔法がかかっている」
立夏「そうなんだ! なんか描いてみてほしいな」
証「絶対にいやだ」
立夏「そう言わずにさぁ」
証「立夏が俺のことを好きになってくれるなら描く」
立夏「それはズルいよ」
証「ははっ」
いたずらっ子ぽく笑う証と、釣られて笑う立夏。
【証くん、最近すごく柔らかく笑うようになったな】
【もしもそれが私の影響だったとしたら、すごく嬉しい】

◯夜・駅の改札前

クラス会が終わり、解散していくクラスメイトたち。
立夏と証はまだ改札前の壁に背中を預けて話をしている。
証「そう言えばまだ見返りを何にするか聞いていなかったな」
立夏「見返り?」
証「初めて告白したときに言っただろう? 俺と付き合ってくれたら見返りになんでもすると。友達からの付き合いとはいえ、立夏には世話になっているからな。何かお礼をしたい」
立夏「そう言えばそんなことを言ってた気もするけど。見返りって言われてもなぁ」
証「俺にできることならなんでもいいぞ。考えていてくれ」
そろそろ電車が来るため、向き合う二人。
証「本当に家まで送らなくてもいいのか?」
立夏「大丈夫だよ。私の家、すぐそこだから」
証「そうか。立夏に会えない土日はつまらない。早く月曜日になればいい」
立夏「またそんなこと言って」
名残惜しく思いながら手を振る二人。
証「じゃあ、また」
立夏「うん、またね」
立夏から離れ、改札内へと入っていく証。
茉菜(まな)「証……?」
その様子を茉菜(←証の幼なじみで家庭教師。ロングヘアに泣きぼくろのある美人で、有名大学に通う才女。証に恋愛をすることを進めた張本人)が見ている。