◯お昼休み・屋上へ続く扉の前・2話のつづき

【市村くんは完全無欠の天才なんかじゃなくて、意外と不器用な人なのかもしれない】
戸惑った表情の証に、立夏は微笑みかける。
立夏「あのね、市村くん。友達からだったらいいよ」
証「友達から……?」
立夏「そう。私たち、お互いのことをほとんど知らないもん。まずは仲よくなって、付き合うとかそういう話はもうちょっと後から考えよう?」
証「仲よくなって、渡辺さんが俺のことを好きになってくれたら、俺と付き合ってくれるのか?」
立夏「う〜〜ん。まぁ、そういうことになるかな」
立夏「(今のところ私が市村くんを好きになるというのはあんまり考えられないけど)」
腕を組んで悩んでいる立夏がそう言うと、証の顔がパッと明るくなる。
証「本当か!?」
立夏「う、うん」
証「そうか、助かる。ありがとう渡辺さん」
綺麗に微笑む証に目を奪われ、顔を赤くする立夏。
立夏「(……びっくりした)」
【市村くん、そんな顔もできるんだね】

◯教室

二人で教室へと戻る立夏と証。
するとそこに(すばる)(茶髪のツーブロックでちょっとチャラめの明るい男子。身長は証と同じくらい高い)が現れる。
昴「立夏!」
立夏「昴?」
昴「わりー! 数学の教科書貸してくんね?」
立夏「またぁ!? この間も貸したじゃん!」
昴「時間割間違えて覚えててさ」
立夏「もー。ちょっと待っててよ。はいこれ」
昴「サンキュー」
慣れたように教科書を貸し借りする立夏と昴。
昴「なぁ立夏。市村に告られたってマジなのかよ」
すると昴は立夏の肩を抱き寄せ、耳元でこそりと尋ねる。
立夏「違う違う! あれはあの、演劇部の練習に付き合ってただけ!」
昴「ふーん。そっか」
あからさまにホッとした様子の昴。
こそこそとやりとりをする二人を証はじっと見ている。
昴「まぁ市村と立夏じゃ頭の出来が違いすぎるし、釣り合わないよな!」
立夏「なにそれ! 事実だけどむかつく!」
昴「ははっ! じゃ、教科書借りてくわ! ありがとなー」
へらへらと笑う昴は、去り際に一瞬だけ証を睨む。
しかし証はまったく動じない。
証「隣のクラスの長谷川(はせがわ)か。ずいぶんと仲がいいんだな」
立夏「ただの腐れ縁だよ。私たち、中学から一緒だから」
証「そうか。渡辺さんの行動に口出しはできないが、彼氏候補の一番目は俺にしておいてもらえると嬉しい」
真顔で言うだけで言って自分の席に行く証。
立夏「……なんなの、彼氏候補って」
証の見せる独占欲(?)に照れる立夏。

◯次の日のお昼休み・教室

証「ところで友達から始めるというのは、具体的にどんなことをすればいいんだろうか」
人がまばらなお昼休み、教室の窓際で話している立夏と証。
証「俺は友達もいないんだが」
立夏「(そんなことを堂々と言われても……)」
苦笑いの立夏。
立夏「そうだね。まずは下の名前で呼び合ったりとかかな? ほら、名字だとちょっと距離感あるし」
証「そうか。では立夏と呼んでもいいだろうか」
立夏「うん」
名前呼びをされて照れる立夏。
証「立夏も呼んでくれ」
立夏「あ、証くん」
証「呼び捨てでもいいが」
立夏「最初はくん付けで!」
照れる立夏にクスッと笑う証。
証「綺麗な名前だな。響きもいい」
立夏「ありがとう。証くんもかっこいい名前だね」
証「そうか。そう言ってもらえると、つけた両親も喜ぶだろう」
和やかな雰囲気の二人。
立夏「あとはとにかくお互いを知ることだよ。そうだなぁ、まずは私がいろいろ質問をするから、それに答えてもらえる?」
証「ああ、分かった」
↓以下のやりとりはデフォルメ絵でテンポよく
立夏「それじゃあ証くんの好きな食べ物は?」
証「好き嫌いは特にない。なんでも食べられる」
立夏「そっか。私はハンバーグが特に好きだよ。じゃあ好きな色は?」
証「色のこだわりも特にはないな」
立夏「そうなんだ。私は黄色が好きかな。えっとじゃあ、好きな動物は?」
証「動物を好き嫌いという目線で見たことはない」
立夏「私は家でプードルを飼ってるから、わんこが好きだな……」
↑デフォルメ絵終わり
立夏「(ダメだ! なんの情報も得られそうにない!)」
会話が広がらない証に打ちのめされる立夏。
「(そ、そうだ! 決まった答えがある質問をしよう)」
冷や汗をかきつつ気を取り直して証に笑顔を向ける。
立夏「誕生日は? 何月生まれなの?」
証「12月7日だ」
立夏「(やっとまともな答えが返ってきた!)」
テンションの上がる立夏。
立夏「冬生まれなんだ。そんな感じするね」
証「そうだろうか」
立夏「私は5月だよ。5月11日。だから私の方がお姉さんだね」
証「お姉さんと言ったって、俺たちは同級生だろう」
立夏「でも私はとっくに17歳だもん。証くんはまだもうちょっと16歳でしょ?」
証「それはそうだが」
年下扱いされて不貞腐れる証。
しかしすぐさま頭にピンと電球が灯る。
証「5月11日か。それなら立夏は金曜日に産まれたんだな」
立夏「え、そうなの? 曜日までは知らなかったけど」
立夏「(今の一瞬で計算したんだ。さすが天才……)」
証の頭の回転の早さに改めて感心する立夏。
証「俺も金曜日に産まれたんだ。これは運命だな」
小首を傾げ、甘く笑う証。
そんな証を見た立夏は、顔はもちろん耳まで赤くしてしまう。
立夏「きっ、金曜日に産まれた子なんてたくさんいるでしょ!」
証「まぁな。しかし女子は偶然の一致である運命というものが好きだと漫画で読んだのだが、立夏にはあまり響かなかったか」
立夏「そうだよ! そんなに甘くないんだから!」
立夏「(早く誰かと付き合いたいからって、簡単にときめかそうとしてもそうはいかない。だけど)」
【そんな綺麗な顔で微笑むのは反則でしょ……!】
ずっと赤いままの頬を立夏は両手で隠す。
証「俺からも質問をしていいか?」
立夏「もちろん」
証「立夏はどういう男を好む。立夏のタイプに近づきたいから教えてほしい」
立夏「おっ、教えない!」
証「なぜだ!? データを取ってプログラミングさせてくれ!」
立夏「恋愛ってたぶんそんなんじゃないよ!」
大真面目に口説いてくる証に感情を振り回される立夏。

◯昼休みの終わりごろ・教室

七緒「けっこういい感じじゃん、立夏と市村」
立夏「そそそそんなんじゃないから」
立夏と証の仲を見てニヤニヤと笑う七緒と、動揺しながら全力で否定する立夏。
七緒「私はいいと思うよ。立夏、中学のときの一件のせいで恋愛に拒否反応出てたし」
七緒の言葉に立夏はハッとする。
※ここで中学時代の立夏が泣いている回想の絵が入る。
途端に複雑そうな顔をした立夏の様子を窺うように見てから、切り替えて笑顔になる七緒。
七緒「次移動教室だったね。そろそろ行こっか」
立夏「うん」
教科書とペンケースを持って教室を出ていく立夏と七緒。
廊下の奥では、隣のクラスの昴が立夏を見ている。
昴の友人「昴? どうかした?」
昴「いや、なんでもない」