◯放課後・教室・1話のつづき

証「俺と付き合ってほしい」
真剣な眼差しで迫ってくる証の気持ちが分からず怯んでいる立夏。
立夏「どうして私と付き合いたいの? だって市村くん、私のことが好きなわけじゃないでしょ?」
立夏が尋ねると、証は途端に決まりが悪そうな顔をする。
証「……俺はその、人の心がよく分からないんだ」
立夏「(おお。さすがAIって呼ばれてるだけある)」
証「登場人物の心情を問うような国語の問題も苦手だ。だからテストでも国語だけはいつも何点か落としてしまう。そのことを家庭教師に相談したら、恋愛をしてみればいいと言われたんだ」
立夏「恋愛を?」
証「ああ。恋愛において相手の気持ちを思いやるのは必要不可欠なことだから、恋愛をすれば自然と他人の考えることが分かるようになるかもしれないと」
そこまで言って、証は悔しそうに俯く。
証「だが俺は人を好きになったことなどない。試しに読んだことのない恋愛小説や少女漫画を読んでみたが、いまいち人の心というのは分からなかった。だから実際に誰かと付き合ってみたいと思ったんだ」
立夏「なるほどぉ」
立夏「(大量に借りてたあの小説は、恋愛を勉強するためだったのか)」
【人の心を知りたいがために誰かと付き合いたいだなんて、だいぶ失礼な話な気がするけど、突飛なアイデアはさすが天才らしいなぁ】
証の考えを聞いて妙に納得し、頷く立夏。
立夏「市村くんの事情は分かったけど、どうしてその相手が私? 私も恋愛経験なんてあんまりないんだけど」
証「渡辺さんは俺と違って人の心を読む力に長けている。今日は小説の登場人物に感情移入して泣いていたし、さっきも俺の心配を言い当てたからな」
自分のコンプレックスである感受性の強さを褒められ、驚きつつも頬を染める立夏。
しかし咳払いをひとつして、証に頭を下げる。
立夏「褒めてもらえたのは嬉しいけど、申し訳ないですがお断りします」
断られるとは思っていなかったのか、証は「!」と軽く衝撃を受けている。
証「なぜだ。恋人がいるのか?」
立夏「いないけど」
証「では好きな人が?」
立夏「それもいないけど」
証「では人助けだと思って頼まれてほしい。その見返りに、俺にできることならなんでもするから」
珍しく必死な証に、それでも首を振る立夏。
立夏「あのね。私はそんな契約みたいな恋愛はしたくないの。誰かと付き合うならもっとロマンチックに、両思いになった人とがいい」
証「ロマンチック……」
立夏「それにもともと恋愛ってあんまり興味がなくて。だからごめんなさい!」
証「……」
無言になる証に対して、気を落としたのかと立夏は焦る。
立夏「で、でも大丈夫だよ! 市村くんはかっこいいし、私じゃなくてもあなたと付き合いたい子はたくさんいるから! 彼女なんてすぐにできるよ!」
証「だが――」
立夏「そういうことだから! また明日ね!」
証から逃げるようにして教室を後にする立夏。
今さらながらに顔を赤くしている。
立夏「(びっくりしたぁ。まさか市村くんから告白されるなんて。まぁ内容はちょっとアレだったけど)」
先ほどの告白を思い返して苦笑いする立夏。
【でもちゃんと断れたし、市村くんならすぐに別の彼女ができるでしょ】
もう終わったことだと気持ちを切り替え、立夏は楽観視したまま帰宅する。

◯翌朝・学校の生徒玄関

七緒「立夏おはよー」
立夏「おはよう七緒」
生徒玄関前で鉢合わせた立夏と七緒は、そのまま一緒に教室へ向かおうとする。
七緒「ねぇ。昨日のドラマの最終回見た?」
立夏「見た見た! もうすっごく感動した! 特に最後の花束を渡してプロポーズするシーンなんて大号泣しちゃった! あー、思い出したらまた涙が出そう!」
七緒「ったく。またか」
相変わらず涙もろい立夏を七緒はけらけらと笑っている。
上履きに履き替えるために二人で靴箱へと向かうと、そこには証の姿が。
証「おはよう渡辺さん」
立夏「あっ、おはよう市村くん」
立夏「(昨日あんなことがあったのに、今日も落ち着いてるなぁ)」
いつもと変わらず落ち着いている証に対し、昨日の今日で少し気まずく思っている立夏。
そんな立夏の目の前に、突然証から12本のバラの花束が差し出される。
立夏「へっ?」
証「渡辺さん。俺と付き合ってくれ」
立夏「なっ!?」
七緒「は?」
証の謎の行動に、立夏と隣にいた七緒は驚く。
【なんで!? 私、昨日ちゃんと断ったのに!】
※もらった花束は花瓶を借りてきちんと活けました(教室の後ろに飾られている花の絵)。

◯休み時間・教室

七緒「あははっ! そんなことがあったんだ」
立夏「ちょっと七緒! ぜんぜん笑いごとじゃないから!」
一連の出来事を立夏から聞いて笑っている七緒と、怒っている立夏。
生徒たち「今朝AIが女子に告ってたって」「マジで!? 誰に!?」「あいつ人間のことを好きになったりするんだな」「えー? AIに彼女ができたらちょっとショックかも」「分かる。なんか遠くから見てたいもんね」
立夏「もう話が広がってる……」
証が立夏に告白したという話がにわかに広がり始め、立夏は頭を抱えている。
七緒「まぁまぁ。今朝のアレ、みんなには演劇部の練習だったとでも言って誤魔化しておくよ(←七緒は演劇部の部員)」
立夏「うう、ありがとう七緒〜〜」
七緒「泣くなって!」
頼れる七緒に抱きつく立夏。
【このままじゃダメだ。もう一度市村くんと話をしないと……!】

◯お昼休み・屋上へ続く扉の前

お昼休み、人気のない場所へ証を連れてきた立夏。
立夏「ちょっと市村くん! 告白なら昨日ちゃんと断ったはずだよね!?」
証「ああ、そうだな」
立夏「じゃあ今朝のはなんだったの!」
怒る立夏に対してまったく動じずケロッとしている証。
証「俺はけっこう負けず嫌いなんだ。一度振られたくらいでは引き下がらない」
証から壁ドンされ、立夏は彼の胸を突っぱねる。
立夏「それにしたって、あんな目立つことされたら学校中の噂の的になっちゃうよ!」
証「噂など人はすぐに忘れる」
立夏「それでも一瞬だってからかわれたり冷やかされたりされるのは嫌なの……」
感情がいっぱいいっぱいになり涙が溢れてくるものの、なんとか耐えようとする立夏。
【ここで泣くのはズルい。市村くんを一方的に悪者にしちゃう】
しかし耐えきれずぽろぽろと泣き出す立夏を見て、さすがにギョッとし罪悪感を覚える証。
狼狽えつつ、言いづらそうに口を開く。
証「……ロマンチックではなかったか?」
立夏「えっ……?」
証「昨日偶然見たドラマの中で、ヒロインが花束をもらって喜んでいた。だから渡辺さんにも喜んでもらえるかと思って」
叱られた子供のような顔をする証に面を食らう立夏。
証「困らせたかったわけではないんだ。申し訳ない」
立夏「ううん。私も何も知らずに怒ってごめんね」
【市村くんは冷静沈着で完全無欠の天才なのだと、私は勝手に思ってた】
【だけど本当の彼は頑固で突飛で、意外と不器用な人なのかもしれない】
立夏「(なんか憎めないんだよなぁ)」
居場所がなさそうに襟足をかく証を見て、思わず立夏は笑みをこぼす。
証「な、なんで笑うんだ」
立夏「ううん、なんでもない」
証「許してくれるのか」
立夏「うん。許すよ」
【私、もっと本当の市村くんのことを知ってみたい気がする】