◯放課後・教室

二人きりの教室で向かい合う立夏(外ハネの茶色いミディアムヘア)と証(黒髪で癖のない丸みのあるショートヘア)。
証「渡辺さん。俺と付き合ってくれないか」
無表情で告白をしてくれた証に戸惑う立夏。
モノローグ【ある日突然私に告白してくれたのは、完全無欠の天才・AIくんでした】

◯国語の授業中・教室

教師「というわけで豊太郎は帰国の誘いを受け、エリスを置いて日本に帰る決意をするわけだが――」
教室では森鴎外の『舞姫』についての授業が行われている。
そんななか授業を受けながら大号泣している立夏を発見し、驚く教師。
教師「おい渡辺、どうした。大丈夫か!?」
立夏「ず、ずびばぜん(鼻声)」
七緒「あー、先生大丈夫です。いつものことなんで」
教師「いつものこと……? そ、そうか」
号泣して喋れない立夏のため、フォローをしてくれる立夏の親友の七緒(ななお)(ボブヘアでサバサバした姉御肌の女子)。
二人の席は前後。前が立夏。

◯お昼休み

授業が終わり、お昼休みに入ると、目元を赤くした立夏がすぐさま七緒の方へ向く。
立夏「ありがとね七緒。いつもフォローしてくれて」
七緒「いいってことよ。それにしても立夏の涙もろさは相変わらずだね」
立夏「だってエリスの気持ちを考えたら涙が止まらなくなっちゃって」
目元を赤くした立夏。
【私の名前は渡辺立夏、高校2年生】
【普段はとても元気だけど、実は重度の泣き虫】
【嬉しかったり悲しかったり怒ったりと、感情が揺れ動いたときに涙が出てしまう性格なのだ】
【感情豊かと言えば聞こえはいいけど、高校生にもなって泣いてばかりいるのは少しコンプレックスに思えてしまう】
自分のコンプレックスにため息を吐きながらお弁当を取り出す立夏。
すると何やら廊下が騒めいていることに気づく。
立夏「ん? みんなどうしたんだろ」
七緒「ああ。中間テストの上位者発表してるんでしょ」
【この学校は定期テスト後に成績上位者30人と、その総点数を張り紙にして発表するのだけれど】
立夏「私には関係ないなー」←成績は下から数えた方が早い
七緒「私もー」←いつも真ん中くらい
成績上位者とは無縁な立夏と七緒が二人して苦笑していると、廊下にいた二人の男子生徒が並んで教室へと入ってくる。
男子生徒1「くそっ。また“AI”が一位かよ」
男子生徒2「当たり前じゃん。あいつに勝てるやつなんかいねーって」
七緒「あー、やっぱ今回も市村が一位か」
立夏「(市村くんかぁ……)」
三人の言葉を聞いた立夏は、視線を窓側の一番前の席に向ける。
その視線の先には、一人で静かに小説を読んでいる証の姿。
【市村証くん】
【私と同じクラスの彼は、定期テストはもちろん、全国模試でも一位を取るような並外れた頭脳の持ち主だ】
立夏「(あんなに頭がいいのに、どうしてこんな中堅校に進学したんだろ?)」
【その人間離れした頭脳は、まるで人工知能のよう】
【そのためある人は一目置いて、ある人は面白半分に、またある人は嫉妬を含んで、彼をAIと呼んでいた】
立夏「(しかも頭がいいだけじゃなくて、イケメンで背まで高いんだもん。神様って不公平)」
平凡な自分と非の打ち所がない証を比べて唇を尖らす立夏。
立夏「(それにいつも落ち着いてるんだよね、市村くん)」
【市村くんはああして本を読んだり、ぼーっと外を眺めたりしていることが多い】
【慌てたり焦ったりしているところは見たことがなく、その代わり笑顔を見せることもない、冷静沈着・完全無欠の天才だ】
立夏「(泣き虫な私とはまるで正反対だ。いいなぁ)」
【いつか私も市村くんみたいに、落ち着いた人になれたらいいのに】
遠い目をしながらも、証に憧れを眼差しを向ける立夏。

◯放課後・教室

立夏「やっと終わったぁ!」
誰もいない教室で、日直の仕事である日誌を書いている立夏。
時刻は17時を過ぎている。
立夏「(ゆっくり書いてたらこんな時間になっちゃった。早く提出して帰らないと)」
疲れた体を伸ばしていると、そこに証がやってくる。
証「渡辺さん。まだ帰っていなかったのか」
立夏「市村くん!」
突然現れた証に驚く立夏。
立夏「市村くんはこんな時間まで何してたの?」
証「図書室で本を探していた」
その言葉どおり、有名な恋愛小説を5冊も抱えている証。
立夏「(へぇ。恋愛小説が好きなんだ。ちょっと意外)」
証の意外な一面を見てくすりと笑う立夏。
証は借りてきた本を自分のリュックにしまっている。
立夏「(そういえば市村くんと喋るのはこれが初めてだったよね)」
【クールで近寄りがたい感じだから、なかなか話しかけられなかったけど】
立夏「(近くで見るとやっぱりすごくかっこいいなぁ。初めて喋れたし、居残りしててラッキーだったかも)」
証と初めて話すことができ、浮かれる立夏。
すると証は立夏が机の上に広げていた日誌に気づく。
証「渡辺さんは日直だったな。日誌を書いていたのか?」
立夏「うん。ゆっくり書いてたら遅くなっちゃった」
証「一人で? 尾崎(おざき)(←もう一人の日直。サッカー部所属の気さくな男子)は?」
立夏「尾崎くんはサッカー部だから、先に部活に行ってもらったよ」
立夏の言葉を聞いた証の表情がほんのわずかに曇る。
証「日直の仕事は日誌を書くのが一番大変だろう」
立夏「そうだけど。でも尾崎くん、今日ずっと黒板消しを頑張ってくれてたから、日誌は私がやるって言ったんだ」
証「なるほど」
立夏がそう言うと、証は頷き、表情も元に戻る。
立夏「(ああ、そっか。私が一人で大変だったんじゃないかって心配してくれたんだね)」
【近寄りがたく見えるけど、本当は優しい人なんだなぁ】
証の優しさに感動して少し泣きそうになっている立夏は、目を潤ませつつも証に笑顔を向ける。
立夏「心配してくれてありがとね、市村くん」
立夏からの感謝を受けて、目を見開く証(←表情の変わらない自分の心配を言い当てた立夏に驚いた)。
どうかしたのかと、首を傾げる立夏。
証「渡辺さん」
立夏「ん?」
証「俺と付き合ってくれないか」
立夏「はえ……?」
証の突然の告白に理解が追いつかず、間抜けな顔になってからパニックになる立夏。
【え、何、急に! 付き合ってくれってどういうこと!?】
【市村くんって私のことが好きだったの!? いやいや、ぜんぜんそんな感じはしないけど!】
真顔の証に自分への好意は感じ取れない立夏。
【あっ、そ、そうだ。きっとこれは“どこかへ一緒に行ってほしい”という意味の“付き合って”ってことかも!】
立夏「付き合うって、どこに?」
急に告白なんかされるはずがないと、おそるおそる証に問う立夏。
立夏の返答に、証は少しムッとする。
証「それははぐらかしているのか? ああ、恋愛における駆け引きというやつか。高等なテクニックだ。勉強になる」
立夏「そんなんじゃなくて!」
証「本当に気づいていないのか。俺の言っている付き合うとは、つまり恋人になってほしいということだが。男女交際。彼氏彼女」
呆然としている立夏に顔を近づける証。
証の整った顔を間近で見て、立夏は顔を赤らめる。
【冷静沈着・完全無欠。人間離れした天才・AIくん】
【その思考回路は、凡人の私ではきっと理解できない】
証「改めて言う。俺と付き合ってほしい」
【こうして、市村くんに振り回される私の日々は始まったのだった】