〇結菜の家・リビング・夜

リビングのテーブルに結菜と蒼が向かい合って着席している。
その横に立つ結菜母。困ったように少し笑いながら首を傾げている。

結菜母「言ってなかったかしら?」
結菜「き、聞いてないよっ! なんで綾川くんが家にいるの!?」

テーブルをバンと叩く結菜。

結菜母「あらー『綾川くん』なんてよそよそしいわね。昔は『蒼くん』って呼んでたのに……」
蒼「そうだよ。忘れちゃったの? 結菜ちゃん」

わざとらしくため息をつく結菜母。それに同意してうんうんと頷く蒼。
両手を頬で押さえながら顔を青ざめている結菜。

結菜(まさか綾川くんが、あの『蒼くん』だなんてっ!)


〇回想・幼少期

モノローグ結菜『幼い頃、家が近くて同い年の男の子がいた』『彼の両親は仕事で忙しく、我が家で預かることも多かった』『当然、私たちは仲良くなった』『いつも泣いている彼を私が守ってあげていた』

花畑で向かい合って座る幼い結菜と蒼。蒼は泣いている。

結菜「ねえ、元気出してよ。これあげる! だから泣かないで」

結菜は作ったばかりの花かんむりを蒼の頭に乗せる。
頭の花かんむりを触り、涙を溜めたまま微笑む蒼。

蒼「ありがとう。結菜ちゃん……」「僕、結菜ちゃんがいればもう寂しくないよ。だから、――」 ※最後のセリフは思い出せない

結菜モノローグ『でも、蒼くんは小学校に入る直前に引っ越してしまった。両親の仕事の都合でイギリスに行ったのだと聞いた』


〇現在に戻る

頬杖をつきながら呆れている蒼。呆れながらも眉を下げて微笑んでいる。

蒼「まさか本当に忘れられていたなんて……残念だなー」
結菜「き、気づかないよ! 最後に会ったのは幼稚園の頃だし……苗字知らなかったし……」
蒼「昨日日本に戻って来たんだー。せっかく同じ学校、同じクラスになったのに……。誰? って感じの顔されるから、可笑しくてっ……はははっ」

結菜(なんか蒼くん、学校の時と随分違わない!? あんなにキラキラで紳士的だったのに! ちょっと意地悪じゃない!?)

ムッと片頬を膨らませる結菜。

結菜母「ごめんね蒼くん、この子ったら記憶力が」

爆笑する蒼と結菜母。デフォルメ絵。
さらに両方の頬を膨らませる結菜。

「でもっ、だからって、聞いてないよ! い、一緒に暮らすだなんてっ!」

大声で叫ぶように言う結菜。

結菜モノローグ『そう。イギリスから戻ってきた蒼くんは、我が家で暮らすことになっていたのだ』『彼の両親はまだイギリスで仕事があるらしく、一人暮らしを心配した私の母が、家で預かると言ったのだとか……』

思い出したかのように人差し指を立てる結菜母。

結菜母「そうだわ。話そうと思ったら、結菜が熱を出して寝込んじゃったでしょ? それどころじゃなかったのよねー」「本当は一週間前には日本に来るはずだったのに、結菜に気を使わせないようにって、帰国日をズラしてくれたのよ?」「感謝しなくちゃ」

ペラペラと捲し立てる結菜母に圧倒される結菜。

結菜(確かに始業式前は不安で……熱が出てたけどっ!)

(友達……出来る、かな……)と不安がりながらベッドで寝込んでいる結菜。デフォルメ絵。

ちらりと蒼の方を向くと、バチっと目が合う。蒼がにんまりと笑う。蒼のアップ絵。

「そういうわけで、これからよろしくね。結菜ちゃん」


〇結菜の部屋・夜

ぬいぐるみがいくつか置いてある可愛らしい部屋。
ベッドの上でぬいぐるみを抱えて座っている結菜。不安そうな顔。

結菜(と、とんでもないことに……)(あんなに目立つ蒼くんと同居なんて、皆に知られたら友達づくりどころじゃないよ!)(蒼くんと話した時のみんなの視線、怖かったな……)

教室で挨拶を失敗した場面を思い出す。

結菜「うぅーどうしよう!」

ベッドの上をゴロゴロと転がりながら頭を抱える結菜。デフォルメ絵

結菜「よしっ、全部吐き出してスッキリしよう!」

何かを決意する結菜。起き上がって机に座り、可愛らしい花柄の日記帳を開く。

結菜モノローグ『私は日記を書くのが好きだった。人と上手く話せなくても、日記になら思ったことを書けるから――』『今日みたいにモヤモヤした日は、日記に想いをぶつけるのが一番』『読書と同じくらい日記を書くのが大好きだった』

日記をスラスラと書いている(「今日は散々な一日だった。」など)と、扉がコンコンとノックされる。

結菜「お母さん? 洗濯物ならもう部屋に持ってったけど……っ!」
蒼「綺麗にしてんじゃん。昔とあんま変わんないね。入っていい?」

誰か確認せずに扉を開ける結菜。
部屋をチラリと覗く蒼。それを制する結菜。

結菜「ちょ、ちょっと! 何しに来たの? 入っていいわけっ……」
蒼「別に俺はリビングでも構わないけど? 学校での事を話したいだけだから」
結菜「が、学校のこと……?」

学校という単語にビクリとする結菜。

結菜(何の話をする気? まさか……)(学校で私がボッチだって話!? お母さんにバレたくないっ)

しぶしぶ部屋に通す結菜。満足気にベッドに腰掛ける蒼。
立ったままの結菜が焦りながら口を開く。

結菜「あの……学校では黙っててね」
蒼「何を?」
結菜「だから、蒼くんと幼馴染とか……一緒に暮らしてる、とか」

結菜の言葉にきょとんとした顔をする蒼。

蒼「なんで?」
結菜「なんでって……目立ちたくないの。蒼くんすごく人気者だし……」
蒼「それだけ?」
結菜「うっ……」

詰められて口ごもる結菜。じっと返事を待つ蒼。視線に耐え切れなくなった結菜。

「私、友達が欲しいの! 高校デビューに失敗して、1年の時はダメだったけど、今年は頑張りたいの」「ただでさえ皆の輪に入りそびれてるのに、悪目立ちしたくないの!」

結菜(自分でも分かってるよ。こんな理由で幼馴染を拒否するなんて情けないって……)

結菜の目に涙がじわっと溜まる。
スッと蒼の手が結菜の両手を包み込む。

「えー俺と結菜は友達でしょ? 俺だけじゃ不満?」

結菜の目をじっと見つめる蒼。瞳が揺れ動く結菜。
教室でクラスメイトから「タイプ違いすぎだろ」と言われたことがフラッシュバックする。

結菜「そう、だけどっ! 私と蒼くんは違うタイプだもん!」
蒼「ふーん。違うタイプねぇ……」

冷たい瞳の蒼。

蒼「あんなカスの発言気にしてたんだ……」

結菜に聞こえないようにぼそっと呟く蒼。
優しい顔を結菜に向ける。

蒼「分かった。学校では秘密にしとく」
結菜「ありがとう!」

ホッとする結菜。

結菜「そういえば、蒼くんの話って何だったの?」
蒼「んー?」

微笑みながら結菜の手を引く蒼。結菜をそのまま隣に座らせる。
慌てる結菜。

結菜「ちょっ……!」
蒼「言ったでしょ? 練習台になってあげるって」

結菜の肩に手を置き、そっと耳打ちする蒼。
固まる結菜。

蒼「友達が作りたいなら、人と話せないとダメでしょ?」「俺で慣れたらいいんだよ」
結菜「あ、蒼くんとは、もう話せてるよ?」

獲物を手にした猛獣のようにニヤリと笑う蒼。

蒼「じゃあちょっとハードルを上げよう。俺のこと、恋人だと思って接してみて」
結菜「え!? ここ、恋人?」

慌てふためく結菜。

蒼「そう。恋人と普通に接することが出来れば、友達なんて簡単でしょ?」
結菜「そう、かな?」

思案する結菜。

結菜(そういうものなの? でも蒼くんは本当にコミュ力高いし、言う通りにしたら上手くいくかも……)

蒼「ま、やってみて決めればいいよ。ほらこっち来て。レッスン開始~」

結菜の手をひいて、ベッドの真ん中で向かい合って座る蒼。
一話冒頭のシーンに戻る。

蒼「はい、じゃあまず俺を恋人だと思って名前を呼んでみて。呼び捨てね」

結菜モノローグ『こうして私と蒼くんは秘密の関係になったのです』 

結菜「あ、蒼っ」

恥ずかしそうに名前を呼ぶ結菜。