「果音!」

「のんちゃん!!」

「カノン!」


目の前でバッと手を広げられる。

3人に手を広げられても私は誰に飛びつけばいいのか。

そもそもなんで、この3人が久雪街に……?



夏休みが終わり、今日から二学期。

そんな今日、ホームルームが終わるなり集まってきた3人に「抱きついてこい!」と言わんばかりのポーズをされ、今に至る。

まずは、私は3人のポーズを無視して聞いてみることにした。


「……(あおい)、由利、雅也(まさや)……なんでここに?」

「そりゃもう、オレたち、カノンのこと探してたんだからな!」


ニコッと笑って雅也が答える。


「テレビ放送で果音がいたから、見つけた!と思って」


ニコニコッと笑って由利が続いた。


「急いで3人で、引っ越して来たんだよ」


ニコニコニコ、と葵が締めくくった。

うわあ……。みんな怒ってる……。

笑ってるけど目が怒ってるよ。あと雰囲気も。


「学校は?どうしてわかったの?」

「あの事件の後なら、フィグセルアカデミーには入らないかなって」


葵が平然と答える。

やっぱり葵にはお見通しかあ。私たちの中で1番頭良かったもんね。

馬鹿筆頭は由利と私だった。

女子組が揃って頭が悪いのはかっこ悪かったけど、わからないものはわからないのだ。

男子組―――葵と雅也と貴也くんに勉強を教えてもらうのが常だった。


「さあ!再会のハグしようぜ!」


雅也が改めて手を広げる。


「おいで!ほら!」


由利も手を広げる。


「俺を選ぶよな?」

「なんか一人だけ別世界が混じってない?」


普通に再会のハグの話なんだけど。

葵だけ恋愛小説に走らないで欲しい。


「みんなからおいでよ!」


私は手を広げた。

こういうときはみんなから抱きついてもらいたい。

3人に手を広げられても困るんだ、私ってば一人しかいないから。

今度分身の術でも研究しておくか。

とまあ、くだらないことを考えている間に。


「会いたかったー!」


みんなが、抱きついて来てくれたのであった。




「果音」


……あっ。

ゴゴゴゴゴ、と言わんばかりの黒い雰囲気を背後から感じる。

ギギギ、とボロ屋のドアよろしく振り返ると、冷たい表情のレイくんが。


「……誰?」


出ました、2文字レイくん。

夏休み中は他人と話しているところあんまり見たこと無かったから忘れてたけど。

普通他人には2文字なんだ、レイくんは。


「この3人は、三澤地区にいたときに一緒にいた幼なじみだよ」

「……幼なじみ」

「そう!」


私はまず、背がいちばん高くて私を自分の子のような感じで抱きしめている、茶髪の癖毛を指さす。


「この人が東雲(しののめ) 葵。」

「どうもー、果音は小学校の頃に、スキンヘッドの先生の頭に下敷きで太陽光を……」

「だあああああああーー!!!」

「むぐっ」


こ、こいつ……!

レイくんに会って早々私の黒歴史をバラそうとしている……!


「ほんともう、そのネタ48回目だから」

「数えてるんだ」


由利がびっくりしたような声で突っ込む。


「あれは勇者だったよなあ」

「ううー……」


レイくんを見ると、無表情で固まっていた。

違う。肩がプルプル震えている。

笑いを抑えるのに必死で動けてないだけだ。


「笑うなー!」


私はポカポカとレイくんの胸を叩いた。


「ごめんごめん、あまりにもかわいくて」

「……っ、もう!」


そう言われたら許すしかないじゃん。

うう……。

もう、黒歴史は忘れよう!うん!

あの後先生にバレてめっちゃくちゃ怒られたけど、それも忘れよう!過去のことだ!

よし。

私は頭をぶんぶん振ってから隣の、お団子ヘアの女の子を紹介する。


「で、この人が凍野(いての) 由利。」

「よろしく!」


由利は無難な挨拶をしてにっこりと笑った。


「最後が、真山(まやま) 雅也」

「どうもー!」


……よかった。

あとのメンバーは私の黒歴史発掘に走らなかったようだ。

というか、葵が私をからかってくるのは今に始まったことじゃないし。

……懐かしいな、この感じ。


「ところで、なんで雅也と由利はここに?」

「ん?」

「2人は別のクラスだよね?」


私たちのクラスに転校してきたのは葵だけだ。

あとは別のクラスのはずなんだけど。


「そりゃあ、カノンに会いに来たんだぜ!」

「そうそう!ちゃんと失礼しまーすって言ったよ!」


転校初日に別のクラスに乗り込んでくる人は中々いないんじゃないんだろうか。

相変わらずの胆力だ。


「……まあいいや、ここに転校してきたからには、ちゃんと授業は受けてよね!」

「はーい」

「うーい」

「果音、俺と抜け出さないか?」

「だから別の世界持ってこないの」


恋愛小説はやめてってば。

急に攻略対象みたいになるのは本当によくない。

主にレイくんの機嫌の関係で!


「……果音?」

「違うよレイくん!私の元カレは貴也くんだけで……」

「そういうことじゃない」


はあ、とため息をついたレイくんは後ろから私を抱きしめてきた。

レイくんの匂いに包まれて、なんだか恥ずかしい。


「テレビ見てたなら、知ってると思うけど」


レイくんは、冷たい声で言い放った。


「果音、俺のだから。」

「はは、お熱いんだね」


葵は、へらりと笑った。

よかったじゃないかと言わんばかりのにやにやした視線を送ってくるくらいには余裕があるようだ。

やっぱり胆力がすごい。

ともかく。


「葵?もう1回言うけど、授業はサボるものじゃないんだよ?1週間に3回出ればいいほうなんてよくないよ?」

「のんちゃん、葵さ、中学時代1週間に2回だったよ」

「……」


由利の言葉に、私は無言で笑って葵を見る。


「………」


葵は、黙って後ずさった。

すかさず、その腕をガシッと捕まえる。


「毎日出てね?」

「…はい」


葵は別世界を持ち出してくることなく素直に頷いた。

よろしい、と腕を離す。

まったく、いくら不良だからって。

ケンカするなら授業サボっていいってわけじゃないんだぞ。

そう思っていた、そのとき。


「三ツ瀬、結野」


ドラちゃんに呼ばれ、手招きされる。

どうやら、なにか話があるらしい。


「どうしたの?」


目をぱちぱちと瞬かせて聞けば、ドラちゃんは大きな封筒を取り出した。

うわあ、重そう。

重要な書類でも入っているのだろうか?


「近々、とある行事があるんだ」

「行事?」


ドラちゃんはいつも飄々としてて話が進むのも速い。

だけど、今日のドラちゃんは気が重そうだ。

…あんまり、いい話じゃなさそうだね。

でも、行事…行事……?


「行事といえば、もうすぐ文化祭?」

「そうだな。それにも関係している」


関係してるってことは、違うらしい

はて、と私が首を傾げていると、ドラちゃんは憂鬱そうに口を開いた。


「フィグセルアカデミーは知っているな?」

「!」


フィグセルアカデミー。

それは、レイくんが転校してくる前に通っていた学校。

この久雪街において、私たちが通っている学園の他に、もう1つ大きな私立学園がフィグセルアカデミーだ。

うちの学園とフィグセルアカデミーの理事長は家族で、裏社会と表社会の人間を分けるために2つになった。

レイくんはフィグセルアカデミーから、社会勉強のためにこっちに転校してきたのだ。


「今回、何を思ったか、学園交流をしようなんて言い出した」

「えっ」


私は目を丸くした。

さすがの私も、それがイレギュラーであることくらいわかる。

2つの学園は、裏と表を分けるためにあるのに、それを混ぜるような真似をするのは本末転倒だ。


「―――……」


すると、レイくんが黙り込んだ。

さっきから口数は少なかったけど、僅かに眉根を寄せて、嫌そうな顔だ。

…もしかしてレイくん、フィグセルアカデミーで何かあったのかな。

そんでもって、なんで私たちにその話を?

疑問に思っているのをわかっているのか、ドラちゃんは重い口を開く。


「三ツ瀬、結野。お前たち2人は、フィグセルアカデミーとの学園交流の交換入学生に選ばれた」

「…交換入学!?」