「なるほどねぇ……」
次の日。
今は、うちと杏で、昨日あったことを、りおと朔に話しているところ。
「それは災難だったな!」
ガハハッと豪快に笑い飛ばす朔。
「その、隅風?さんて、イケメンだった?」
「わかんない。マスクしてたし、前髪長かったから」
昨日のことを思い出しながら伝える。
「見たかったなぁ……」
うっとりとした表情を浮かべるりお。
あはは……。
なんとなく微笑みながらスルーしておいた。





昼休み、いつも通りお弁当を食べていたとき。
「朝比奈陽葵ちゃんと、深見杏ちゃん、いますかぁ〜?」
ふ、フルネーム……?
戸口に目をやると……昨日の、学校で絡んできた方の、ヤンキー!?
りおがサッと立ち上がり、うちらを背中側に隠してくれる。
「今は、居ませーん」
朔が投げやりな口調で答えると、「ありがとー」と言い残して去っていった。
「なに、アイツら……」
「昨日の……」
何しに来たんだろう……。
「おい、朝比奈と深見。大丈夫か?」
「あの先輩、ヤンキーで有名な先輩だよね……?どうしたの?」
クラスメイトが心配そうに駆け寄ってくる。
「あ、ごめんね、心配かけて……」
「俺になんかできることあったら、遠慮なく言ってな」
「お前じゃ頼りになんねぇだろw」
「なんだとー!?」
じゃれあって笑う彼らに笑い返す。
「そうだよ。錦に相談するのはともかく、あたしたちは味方だからね!」
「うちにも、気軽に話してね!」
「お前らまでぇ……」
「みんな、ありがとう……」
杏?
そんな、涙声みたいな……。
隣を見ると、ポロポロと涙をこぼしている!
「杏ぅ〜!!」
ぎゅっと抱きしめる。
「ちょっとやばい、深見ちゃん可愛い……」
「朝比奈さんも、目がぱっちりで美人……」
「てか、もらい泣きするんだけど……」
そうそう。杏は超可愛いんだから。
みんなで泣いたり笑ったり、人それぞれしていると。
「ちわーっす。朝比奈陽葵ちゃんと深見杏ちゃんいますかぁ」
げっ……もう1回来た……!
「朝比奈さんと深見さんなら、女子トイレ行きましたよ」
1人の女子が立ち上がって、うまく誤魔化してくれた。
ありがとう……!
しかも、さりげなく男子たちが前に立ってくれて、見えないようにしてくれている。
「ふーん……今みんな何してんの?」
「え?」
「そんな教室のど真ん中で集まって何してんのって」
対応してくれた女の子が、困ったような表情を浮かべている。
そのとき。
「みんなで指スマ大会してたんすよ〜」
な……中里くん!
「クラスの友情も深めたいし?な?」
そう言って振り向いた中里くんに、男の子たちが便乗。
「そうっすよ〜」
「いやぁ、俺ガチで、弱すぎてガン萎えっす」
口々にそんな言葉を吐きながら誤魔化してくれた男の子たち。
「おーい、そろそろ再開すんぞ〜」
「今行く!てなわけで、お引き取りください」
中里くん、さりげなく女の子を肩を抱き、連れて帰ってきてくれるというスマートさ。
ガラガラガラッ、とドアまで閉めちゃって。
「っしゃあぁぁっ!」
「やりきったぜ!!」
「いやー誤魔化す天才かよ俺ら!」
「てかチームワーク最強すぎん?体育祭とか、優勝確定演出なんですけど」
大盛り上がりの1年1組。
ちょうど、ドアが開いて。
「あれ?みなさん、どうしたんですか?」
す……涼蜜!?
「おぉ、影野!今までどこに!?」
「図書室です。図書委員なんで」
その瞬間、火がついたように大爆笑!
「影野面白すぎwww」
「天然すぎないw」
影野はと言うと、恥ずかしげもなさそうに本を何冊か抱えている。
「みんな、静かにしなさい!!」
突然響いた金切り声。
「うわっ」
声の主は、やっぱり委員長で。
「うるさいのよ!早く席に着きなさい!」
「でもまだあと5分もあるよ?」
ある1人がそう言うと。
「5分前着席!1年1組はそう決めたの!!」
なんて自分勝手な……!腹立つ〜……!!
「でもそれって委員長の自己満だろ?」
中里くんが抗議の声をあげた。
「そうだよ、まだ5分あるだろーが!」
「そうやって、自分の内申上げたいだけだろ!」
委員長が一方的に集中砲火を食らっていたとき。
「ストップ」
涼蜜が、口を開いた。
「彼女は勝手に"5分前着席"と言って、みんなに着席を促した。確かに、自分勝手とも言えるね」
「あぁそうだよ!わかってるじゃねぇか!」
頭に血が昇った様子の、中里くんの友達が、雄叫びに近いような声で吠える。
「でも、それは本当に悪いことなのかな」
本当に悪いこと……?
「5分前着席をしていれば、"1年1組は5分前着席が自主的にできる、優秀なクラス"と、他の先生方にアピールすることができるよね。先生たちを味方に付けるっていうことは、何かしらのトラブルに巻き込まれたとき、助けてくれってことなんだ」
な、なるほど……。
有無を言わさないような口調に、みんな圧倒されまくり。
「でも、全部が全部みんなが悪いって言ってるわけじゃないよ。急に『5分前着席』なんて言い出して、みんながパッと納得してくれると、本当に思った?」
今度は鋭い切り返し。委員長にアタック。
「学級会も挟んでないのに、そんなこと突然言い出して、内申点狙いを疑われても仕方ないと思うよ」
そう言って委員長をギロリと睨みつけた涼蜜。
「っ……!」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせる委員長に、まわりは大歓声!
「ナイス、影野〜!」
「お前いい事言うじゃんかよ〜!」
男子にもみくちゃにされている涼蜜。
……口元が緩んでる。
涼蜜のサラサラな黒髪が揺れる。
学校であんなにニコニコ笑ってるの、初めて見たかも……。
同居する前までは、見向きもしなかったのに。




その日の夕方。
友達と近くの公園でアイスを食べながら、散々話して帰ってくると、リビングのソファーで寝ている涼蜜がいた。
すぅすぅと小さな寝息までたてていて。
可愛い……。
てか、今日のご飯、何にしよっかな……。
うーんっと伸びをして、スマホにイヤホンを付ける。
好きなアーティストの音楽を流して、ご飯を炊く。
もうお米を炊くのも慣れたもんよ!
炊飯器に入れてボタンを押す。
今日はハンバーグにしようっと。
材料を出して、早速料理に取り掛かる。
ハンバーグを焼いて、にんじんも焼く。
「ん〜……いい匂い」
あ、涼蜜。
「おはよう。ご飯できてるよ」
「ん……ありがと」
うつろな目で立ち上がる涼蜜。
なんか、フラフラしてる……?
「涼蜜、大丈夫……?」
肩に手を添えて、ゆっくり立ち上がるのを支える。
「あ……」
涼蜜がふらりとよろめき、2人同時にソファーに倒れ込む。
「……っ」
ばっちり、目と目が合う。
「ふふっ」
思わず声に出して笑うと、涼蜜は顔を真っ赤にさせて。
「すっ、すみませんすみません!」
そっと手を握って立ち上がる。
「ご飯、食べよ」
お皿に盛り付け、2人分をテーブルに運ぶ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
手を合わせて、ハンバーグを口に入れる。
「ふっごくおいひぃれす!」
え?……なんて?
「すっごく美味しいです!」
顔を真っ赤にしながら言い直した涼蜜。
「よかった」
ハンバーグは得意料理だし……また今度も作ろう。
「ねぇ涼蜜?」
「陽葵さん」
あ……気まず。
先にどうぞ、と譲ってあげることにする。ありがとう、と前置きをしてから口を開く。
「昨日の夜、変な人に絡まれませんでしたか」
っ!?
「なんで知ってるの!?」
「簡単な推理です。昨日の昼も今日の昼も、変な男に絡まれていました。それなら、昨日の夜も危なかったんじゃないかと思いまして」
そう言うと、涼蜜はグッと顔を寄せてきた。
「正直に答えてください。何があったんですか?」
「何って……何も」
「ないわけがないでしょう?だったら、入学してから今までなんだったんです?」
目が逸らせない……っ。
「わかんないんだよっ……!」
目から水滴がこぼれ落ちる。
「急にこんなことになって……ほんとに、何したかなんて……っ」
「っ……ごめん」
気づいたら、ぎゅっと抱きしめられていて。
「ごめんなさい」
目と目が合う。
「陽葵さんだって怖い思いしてたはずなのに……ごめんなさい」
……なんか、違和感……あっ!
「ねぇ涼蜜?」
「ハイッ」
「敬語やめてって言ったよね?」
そう。敬語だったんだ。
「っ、ごめんなさ……じゃなくって、ごめん」
黙り込む涼蜜の頭に手を伸ばし、よしよしと撫でる。
「っ、……」
無言で俯く涼蜜に、うちの質問をぶつける。
「隅風草汰って知ってる?」
「すみかぜ……なんですか?」
「隅風草汰」
なんとなく、雰囲気が涼蜜に似てる気がしたから。
ほんとに、なんとなくだけど……。
「わかんない……」
返ってきた答えは、想像通り。
「そっか。ありがとう」
心の中にモヤモヤを残したまま、残りのハンバーグをぱくりと食べた。