≪第1話≫



○田んぼ道・通学中

自転車で走る制服姿の髙橋苑(その)

苑(家から45分。自転車を漕いで学校に向かう途中には、よくアヒルがいる。)

アヒル「グワっ」

苑「おっ!こんにちは〜ごめんなさい!通りますね〜!」

道路で道を塞ぐようにアヒルが何匹かたむろっている。
自転車を降りてアヒルを避けつつ学校へ向かう髙橋苑(たかはし・その)。
再び自転車に乗りこぎだすと、遠くの木から猿がこちらを見つめている。

苑「あ、猿だ…」

猿「ウキッ!」

苑(私が生まれ育ったこの村は人口1600人ちょっとの小さな村。
学校は遠いし、コンビニは1個しかないし、アヒルのせいで遅刻しそうになるこもあるけど…
私の大好きなところです。)



○教室

ガラッ

クラスのみんな「「苑おはよー」」
苑「おはよ〜」
友達①「苑ちゃんギリギリがね〜なんかあったん?」
苑「アヒルが元気に歩いてたんよ〜」
友達②「あーね、アヒルね~!」


苑(クラスの人数は、たったの21人。
  もちろんひと学年ひとクラスなので、
  同級生自体が21人。
  同じ学年のみんなはほとんど小学校から一緒で、変わらない顔ぶれ。)

  恋愛沙汰なんかはすぐに筒抜け。
  まあ当然、私には関係ないのですが…)



○放課後・分かれ道にて

友達①②③「ばいば〜い!」
苑「ばいば〜い!」

苑(この村では高校選択肢がない私たち。

  高校も当たり前にみんな同じところへー。

  そう、当たり前に……。)

○家・リビング

「都立○○高校 学校説明会」
「都立△△高校 合同説明会」

机には置いてある東京の高校のパンフレットを見て固まる苑


苑「……」


苑「ん?何これ。」

苑「え、シゲゾー。東京の高校行くの?」

シゲゾー「フンッフンッ」

首を振る飼い犬の大型犬・シゲゾー


母「あ~。これ、気にしないで。」
  ハハ、お父さんが勝手にもってきたんよ。」

苑「え?どういうこと?

  え、なにこれ。私東京行かなきゃいかんの?」

母「…いいのよ、苑。」

笑ってごまかすが、どこか悲しそうな表情の母


○リビング

父・母・苑の3人で夕食を食べている
いつもとは違う重い空気が流れている。

父「苑。話がある。」

驚いた表情の苑。
苑の返事を待つ前に父が話し始める

父「苑…。お願いだ。


  …東京の高校に行かないか…?」

苑(え…?)

苑「……いやだ…。」 

食卓に沈黙が流れる

父「苑、たのむ。」

苑「いやだ。私この村にいたい。みんなと同じ高校に行きたいよ…!」

母「…。」

普段意志をあまり見せることのない苑の姿に、母も心を痛めている


母「…苑。ごめんね。
 

 あのね、お母さんね…」



 ………病気になっちゃったんよ。」


苑(え…?)


父「お母さんの病気、治せる病院が東京にしかないんだ。」

苑「どういうことなん…?」

母「お父さんはこっちで仕事があるからこの村を出られないからね。お母さんはひとりで大丈夫って言ったんだけど、お父さんが苑も連れていけって言っとるんよ…。」

苑「……」

母「お父さんが高校のパンフレット持ってきたんだけど、気にしないで。苑はこの村でみんなと一緒に進学して。お母さんは1人で行ってくるからね。」

苑(お母さんが…病気?

  この村の病院では治せないってどういうこと?

 「1人で行く」って…

  お母さん、そんな悲しそうな顔しないでよ……。)

苑「……。」



○苑の自室

ベッドに仰向けに寝転んで考える苑

苑(お茶のみに行こ…)

ベッドから身体を起こして階段を下り、リビングに行くと、暗闇の中にお父さんがいる。

苑「お父さん…」

父「おう、苑か…。」

苑「お父さん、私この村が好き…。」


父「……


  苑、わかってる。

  ただなあ、お母さんも1人で怖いと思うんだ。


  苑は一緒にいてやってくれんか…」


苑の頭にお父さんの悲しそうな顔が焼き付く………





○季節は変わって3月。駅にて

父「苑、母さんを頼むな。」

こくんとうなずく苑

苑「……お父さんもシゲゾーをよろしくね。

シゲゾーほっといたら全く運動しないからぶくぶく太らせないようにね!」

父「はいはい。」

父が笑いながら大きい手で苑の頭をなでる

父「(母に向かって)じゃあ、元気でな」

母「…うん。あなたもちょっとは運動しなさいよ。ぶくぶく太らないように笑」

笑ってはいるが、やはりどこか悲しそうな父と母
苑と母は電車に乗り、東京駅へと向かう


○東京駅にて

母が苑に紙を渡す

母「ここ、お世話になる景山(かげやま)さんちの住所ね。ごめんねお母さんこのまま病院に行くから今度挨拶に行くからね。」
苑「うん。わかった…。病院、毎日行くね。」
母「フフフ。毎日来られたら困るかも。」
苑「なんで~よ!」
母「お母さん数十年ぶりの一人暮らし楽しみなんよ~♪」

そう笑った母の顔は少しだけ寂しそうだった


○マンションに到着

≪回想≫
母「昔近くに住んでた景山(かげやま)さん覚えてる?
  ほら、お孫さんに苑の8歳上の男の子と、ほら苑の同い年の子がいて、夏休みだけ遊びにて…」
苑「う~ん。なんとなく。」
 (ふたりとも一人っ子の私とたくさん遊んでくれて、特にシオンちゃんとは同い年だからよく一緒に森を探検したり…)

苑「たしか小学生になるときに景山のばあちゃん亡くなっちゃって来なくなったよね。」
母「そう、そのさん家のお子さん2人が東京で今二人暮らししてるらしいんよ。お母さんがひとつ部屋が空いてるからどう?って言ってくれたんよ。」
≪回想終わり≫


苑(203号室…景山…あった

  アキトくんは今23歳かあ…会うの久しぶりだし緊張するなあ…


  でもシオンちゃんも一緒だし。

  同じ学校だから一緒に通学とか…できるかも!!)

同い年の女の子・シオンちゃんと一緒に通学する妄想をする苑


ピーンポーン

ガチャっ

扉が開くと

寝起き状態でボサボサの髪の毛の景山汐音(かげやま・しおん)が出てくる

汐音「だれ…?」

その姿は実家で飼っている大型犬・シゲゾーにそっくり

苑「……シゲゾー?」

汐音「違うけど。」

苑「は!すみません!私本日からこちらでお世話になります。高橋苑です!
  ふつつかものですが、お世話になります…!」

汐音「あ、あ~兄貴が言ってたやつか…。ちょっと待って今兄貴が買い物に…」

秋人「あ、あ~!そのちゃ~ん!」

兄・秋人(23歳)がビニール袋を持って走ってくる

苑「は!アキトくん…?」

秋人「そうそう久しぶり~!苑ちゃんおっきくなったね~」

苑の頭をゴシゴシする

苑(うっ…)

髪の毛がボサボサになる苑

秋人「汐音も留守番ありがとうな…」

汐音の頭もゴシゴシする秋人

汐音「やめろよ!」

頭を撫でられる汐音を見て、シゲゾーを思い出す苑
苑(シゲゾー…)
苑(シ……ん??)

苑「シ、シオン…?」

秋人「うん。弟の汐音(しおん)。苑ちゃん覚えてるかな?結構2人は一緒に遊んでたと思うけど」

苑「シオンちゃんって女の子じゃないんですか…」

秋人「あ~汐音、小さいころ髪の毛長くてよく女の子に間違えられてたね。ハハハ」

嫌そうな顔をする汐音

苑(シオンちゃんは男の子…)
 (……ん?ってことは、私は男の人2人とこれから一緒に住むってこと…⁉)

にこにこする秋人と、不機嫌そうな汐音の2人を眺めながら、顔面蒼白になる苑

苑(う、うそでしょ……!)


○部屋

苑は秋人に部屋に誘導される

秋人「ここが苑ちゃんの部屋ね。じゃあなんかあったら言ってね。」

そう言って苑の頭をぽんぽんする秋人

苑(これは秋人くんの癖でしょうか…)


部屋の前でぼーっとしていると、汐音がでてくる

苑「あ、汐音ちゃ…くん。」

ペコリ

汐音が苑の存在に気づくと、無表情のまま苑に近づくので、
苑は後ずさり、壁と汐音にはさまれる

汐音が苑の首に近づき苑の匂いを嗅ぐ

苑「……ちょっ…なんでしょうか……」

汐音「夏休み…」

苑「へ!?」

汐音「夏休みの…ばあちゃんちの匂いがする」

苑「……なっ!」

逃げるように汐音を押しのける苑

苑「…っ!!シゲゾーでもそんなことしません!!」

逃げるように家を出る苑

汐音「シゲゾー…」

自室に戻りドアを閉め、ドアに寄りかかる苑
下を向くが顔は赤い

苑(どうなっちゃうんですか…私の生活…)



○入学式の日朝

朝、制服を着て、リボンをキュッとしめる苑
鏡を見てつぶやく

苑「ようやく今日は入学式…

  トーキョーの高校生……には見えない…ですね」

ほっぺをバチっとたたく

苑(高校生活……

  お母さんもお父さんも頑張ってるし、


  たかはしその、花の都…大東京でがんばります!)

背伸びをしガッツポーズをする苑
with凛々しいまゆげ


○駅のホームにて

ホームで人が多すぎるその光景に呆然としている苑

苑(これは…本当に電車なのでしょうか…。
  私の知っている電車は……)

≪回想≫
ほとんどだれも乗っていない電車でとなりに犬が乗っている「ワンっ」
《回想終わり》


苑(よし…)

気合を入れて電車に乗る苑

苑(あ、席空いてる。)

空いてる席に座ろうとしたら後ろからスッとおじさんが入ってきて座られる。

苑(都会、テンポ、大事。)

次は〜四ツ橋駅〜四ツ橋駅〜

苑(あ、降りなきゃ)

電車が駅に着き降りようと苑は席を立つ。
ドアが開くと降りる前に一気に人が流れ込み、苑は押し戻される

苑「ありゃ〜〜〜」


○どこか遠くの駅のホーム

げっそりした様子の苑

苑「ここは、いずこ…」

苑(入学早々、遅刻です。)

ベンチに腰掛けると、苑の目に少し涙が浮かぶ
苑「シゲゾー帰りたいよ…」

苑(学校のみんな…高校でもまたみんな同じクラスかな…いいなあ…)

下を向いていると、目線に何者かの足が
上を向くと、少し息が上がってる様子の汐音が立っている
光が当たって顔がちゃんと見えないけど、汗もかいている様子

苑「汐音くん…どうしてここに…」
汐音「兄貴に学校から連絡きたからお前のこと探せって言われて」
苑「どうやって私のことを…」
汐音「兄貴がGPSタグを仕込んだらしい」
苑「じーぴーえす…たぐ…」
汐音「学校、行くぞ」
苑「私のこと迎えにきたら…汐音くんも…入学式遅刻じゃないですか…」
汐音「まあ、東京でぶっ倒れて干からびたりされたら困るからな。」

無表情のままの汐音

電車が来る

汐音「よし、あれ乗るぞ。」
苑「はい。」
汐音「離れんなよ?」

苑の手を握る汐音

苑(男の子と手を握るのは小学生ぶりです…)

汐音の横顔を仰ぎ見る


○満員電車の中

人に押されて端っこで密着する2人。
苑がドア際にいて、苑を汐音が壁ドンする形に。

苑(電車って息苦しい…。汐音くん背高いから息しやすそう…。)

そんなことを思いながら汐音を見つめている苑

汐音が口パクで「み・つ・め・る・な・バ・カ」といい、苑の目を手で覆うように隠す

その瞬間、

電車がガコンと急に揺れ、苑と汐音の唇が重なってしまう。

ちゅっ

苑(え…)

汐音が手をよけると、汐音も驚いた表情をしている

苑(何ですか…

  …今のくちびるの感覚……)


苑「…っ!!


  えっ…」

声が出そうになった苑の口を手で覆う

汐音「で・ん・しゃ。ガマンしろ。」

苑「ンン……!」

苑(東京ーー。

息苦しで目まぐるしくて宇宙みたいな街。

大変な毎日になりそうです。)