ひょっとしてカナに云った言葉をこう変えて、つまり「しっかし村田君、あんたもホント、気が弱いわね」とでも思って呆れたのだろうか?内心で笑っているのか?…いや、そうは思えない。普通の人間だったらこんなみじめで格好悪い俺にもはや愛想尽かしをし、見限って、距離を置こうとするだろう。しかし大伴さんにはそれが一切ないのだ。だから俺には大伴さんが本当に不思議に思える。前に、F5板立ノ滝を過ぎて始めての休息を取った時に大伴さんが俺を評して「わたしね、あなたに不思議な何かを感じるのよ。たぶんあなたが普段からとっても大事にしている〝何か〟を。それがなんなんだか…わかんないんだけどね」と云ってくれたが、それをそのまま返したい思いだ。こうして行程を共にするにつれてますますその度合いが強くなる…。
さて、その大伴さんが、あの男のお陰で混乱に陥った我々の間の空気を吹っ切るように「正直さ、あの男の人はこの子たち(カナとミカ)に云われても仕方がないところが確かにあった。もおう…完全な根っ暗!」と大仰に非難してみせる。「わははは」ミカが笑い「ンだ、ンだ」とカナが応じる。さらに「せっかく楽しい性格判断ゲームをしてたのにさ…」と続けたが「楽しくなかった」とカナが余計を云う。それへ「楽しかったんだよ、こいつ」と嗜めてから「まあ、もういいわ。こんなアクシデント。あのさ、ところで、いま実行中のこの沢登りや山登りをもし人生の道行きに例えるなら、〝人生には山あり、谷あり〟なのよ。いい事ばかりが続く分けがない。こうして悪い出来事や悪い人に遭う時もあるんだからね。いいね、わかったか?みんな」と思わぬレクチャーをくれる。それに「アイアイサー」とミカが何も考えずにすばやく答え「へーへー」とウンザリ顔でカナが生返事。俺はと云えば、うつむいた顔を上げてまともに大伴さんを見てから「はい、わかりました」と答えた。それは実際に強い教示を受けた気がしたからだ。