それから、俺は床に座り込んだまま自分の両腕の中に顔を埋め、真中が愛姉に施術をしていく音だけを聞いていった。


どんどんカットをされ、どんどん短くなっているであろう音を。


少し出てきた白髪をヘアマニキュアで染めるだけではなく、白髪も染めつつ明るいカラーをしているであろう音を。


愛姉との、苦しい中でも幸せだった思い出を思い出しながら、聞いていった。


その思い出がその音と共にカットをされ、塗り潰されるような感覚の中で、静かに聞いていた。


「凄い・・・生まれ変わったみたい・・・。」


愛姉のそんな言葉を聞いた瞬間、この思い出も消えた。


お姉様の赤ちゃんを2人で面倒を見ていた日の思い出が。
生まれたばかりの赤ちゃんは全然泣き止まなくて。
何をしても泣き止まなくて。
赤ちゃんを2人で交代しながら抱っこをし、夜が明けるのを待った。


2人ともクタクタでヘロヘロになっていたけれど、ソファーに並んでフッと顔を見合わせ、2人で笑い合った。


凄く大変だけど、俺は“幸せ”だとも思えていたから、笑った。


愛姉もそうなのだと思っていた。


愛姉も俺と同じ気持ちなのだと信じて疑わなかった。


俺ではない男のことが好きで、キスやセックスまでしている男がいるだなんて、考えたこともなかった。


“女って怖いな。”


女の子のことなんて隅から隅まで知り尽くしているはずの俺が、男子校にいた他の男達と同じようなことを初めて思った。


「みっちゃん。」


俺のことなんて従弟としか思っていなかった愛姉が、俺のことを呼んだ。


“みっちゃん”と・・・。


今でも男とは思えないくらい美しいらしいけど、昔はもっと美少女にしか見えなかった俺のことを、”みっちゃん”と。


上のお姉様2人と同じように、愛姉も“みっちゃん”と呼ぶ。


そんな呼び方をする愛姉の呼び掛けに、俺は顔を上げられなかった。


俺はもう、顔なんて上げられない。


“マジで無理・・・、これはマジで無理だ、マジで死にたい。”


本気でそう思った俺に、愛姉はまだ声を掛けてくる。


「ごめんね?」


何の謝罪なのか分からない謝罪を伝えてきて・・・


そして・・・


ソッ···と、俺の頭を指先で少しだけ触れた。


「落ち着いたら、たまには家に帰ってきてね?
みんなみっちゃんに会いたがってるよ?
・・・オジサンやオバサンだけじゃなくて、子ども達もみんな。」


それを聞き・・・、それを聞いても、俺はやっぱり何も言えなかった。


“マジで無理・・・。”


“これは死んだ・・・。”


“俺、今死んだ。”


“今死んでる。”


本気でそう思いながら、愛姉が望ちゃんと真中に謝罪とお礼を伝え、俺の店から静かに出て行った音が聞こえた。


静かな音だったけど、怖いくらい静かに聞こえてしまった。