●○●○


「…じゃあ、若葉さんの席は、そこの一番後ろになります」

「っ!」

はっ!
先生の声に現実に引き戻されたわたしは顔をあげる。
見ると、先生が教室の後ろを指さしていた。
その先には空席がひとつ。
なるほど、あそこに用意されているのがわたしの机か。

……だが、ここで問題がひとつ。

「わからないことがあれば遠慮なく周りのみんなに聞いてくださいね。……東雲(しののめ)くん!」

「あ、はい!」

先生に呼ばれ、慌てたように顔を上げる男子生徒……「東雲くん」。
彼の手には黒い分厚い『魔術書』が握られている。

「東雲くん、若葉さんに色々と教えてあげてね。となりの席なんだから」

「はい、わかりました」

そう言って、魔術書の東雲くんはうなずいた。

……そう。先生が指差したのは、窓際一番後ろのとなり。魔術書の彼の…となりの席。

(う、嘘でしょ……)

ふらふらとした足取りでわたしは席へと向かった。
脱力するみたいに座ると、となりの東雲くんと目が合う。
東雲くんは優しく微笑んだ。その笑顔はとても優しそうで、思わず見とれそうになるくらい綺麗だった。
だが、わたしの意識は笑顔ではなく、彼の持ち物へ。
『魔術書』は近くで見るとより重厚で古めかしく、凶々しいオーラが見えそうな気がした。
…いや、オーラなんてあるわけないけれど。


「…若葉さん、よろしくね。俺は東雲 瑛蓮(エレン)。わからないことがあれば何でも聞いて」

東雲くんは朗らかにそう言った。
その爽やかさと、手にしている魔術書のおどろおどろしさとのギャップときたら。温度差で風邪を引きそうだ。