東雲くんは【平凡】がわからない!

「……っ」

東雲くんの目が見開かれた。金色が大きく光った……ような気がする。

「魔術…を?」

「う、うん!駄目?回数制限あったりとか、遊びで使っちゃいけないとか決まりあったりする?」

「いや、そう厳しいわけじゃないけど……でも……」

口に手を当てうなる東雲くん。困っているのだろうか。

「あ、あの…嫌なら無理しなくても……」

「いや、無理はしてないよ。
……うん、わかった。やってみる」

「ほ、本当?」

「うん」

東雲くんがうなずく。

「どんな魔術がいいとかある?」

「え、そ、そうだなー…」

ドキドキしながら考えを巡らせる。
まだ東雲くんの魔術をすべて信じたわけでも、こうして中二病っぽい行動をすることに抵抗がないわけでもないけど。でもそれでもたのしい。

「じゃあ、やっぱり魔法とか魔術っぽいのがいい。火を出したりとか、空を飛んだりとか……」

「ど、どっちもここでするのは危ないな。あと魔術で空を飛ぶのは難しい」

「あ、そうなの。じゃあ、花を咲かせるとかは?」

私は一面の花畑を想像しながらそう言った。

「……じゃあ、若葉さん手のひらを出して…上に向けて……」

「え?こう?」

「ううん、両手で。そう……」

わたしは手で水をすくうときのように、両手を東雲くんに差し出した。

「ここに花を出すね」

「え!う、うん!」
東雲くんが左手をわたしの手のひらにかざす。
そして人差し指をたて、さっきみたいに何かを宙に書いた。

…これってもしかして魔法陣かな。

「…若葉さん、ちなみに花粉症とか大丈夫?」

「へ?うん、平気だよ」

「いいな。俺、ひどい花粉症でさ、ブタクサとか出てきちゃったら地獄だよ」

「た、大変だね……」

ブタクサが出るかも知れないってこと?花の種類は選べないのかな。
つか魔術士でも花粉症になるのか…。
なんか思ってたのとちょっと違うな。

「……に在りし……よ。我の……に応え、その……を示せ」

東雲くんが小声でなにかを唱える。
彼の目が金色に輝いた。
すると、それに応えるようにわたしの手のひらが光りだした。

「!」

光はエメラルドグリーンに輝き出す。
ささやかな光ではあったけど、確かにわたしの手の中に存在していた。
こころなしか、ほんのりとあたたかい。

「す、すごい…!」

「生命の息吹よ、万物の種よ、ここに。
……ラ・フラ!」

カッ!

一瞬。手の中の光が激しくなる。
眩しくてつい目を瞑ってしまう。

でも、すぐに手の中に不思議な感覚。
なにか、ある。

「……な、に」

ゆっくりと目を開ける。

すると、わたしの手のひらで光の玉が浮かんでいた。
シャボン玉のような、ふわふわした頼りない光。
エメラルドグリーンのそれは、ふわり漂いながら徐々に姿を変えていく。
「わ、わわわ……」 

光はキュッと小さくなり、まるで卵が孵化するみたいにパカッと割れた。
そこからするする新たな光が生まれる。それは丸いものでなく、そう…伸びる茎みたいに細く真っ直ぐだ。
茎は数センチ伸びると止まり、その先端にまた丸い光が現れた。
蕾だ。
そう直感的にわかった。
蕾はふくらみ、何かに耐えるようにふるえる、そして……

花が、開く。


……と、思った。が。


「あ、あれ?」

しゅーーん……

それまでの勢いはどこへやら。急に光は輝きを失い、寿命を迎えた豆電球のように儚く消えていく。

「え、あ、あの……」

まるで逆再生でもされたかのように蕾はしほみ、茎は短くなり、もとの小さな玉にもどり……

玉はすこし未練を残すようにチカチカ光ったあと。
跡形もなく消えてしまった。

「あ、あれ?あ、あの、東雲くん……これ……」

「……ああ、やっぱり駄目かあ……」

東雲くんはため息をつくと、ガックリ肩を落とした。
目の色も黒に戻っている。

「東雲、くん…?」

「ごめん、若葉さん。俺……」

目を伏せ、東雲くんは続ける。とっておきの懺悔をするかのような思い詰めた顔で。


「俺、魔術がすごく下手くそなんだ」


東雲くんのため息が、保健室の消毒液の香りに混ざって溶けていった。



『魔術が下手くそ』

そんな言葉。人生で聞く機会があると思わなかった。
しょんぼりとした様子の東雲くんを見るに、冗談などでなく本気で言っているのは間違いない。

「そ、そうなんだ…」

「ああ」

「魔術が下手とか…あるんだね」

なんだわたしのこの返し。話下手くそか。

「……魔術って実は結構センスがいるんだ。ねるねるねーるねで、混ぜ加減によって色や味が変わるようなもので」

その混ぜ加減を決めるものこそ、魔術道具になるらしい。

「だからみんな魔術道具にはすごくこだわるんだよ。呪文や魔法陣もほとんどがその人のオリジナルでさ。
一応、旧くから伝わるテンプレートの呪文なんかもあるんだけど、それじゃあ大した魔術は生み出せないから」

「そ、そうなんだ……。じゃあ、今のは東雲くんのオリジナルってこと?」

東雲くんは頷く。

「でも駄目なんだ。見ての通り途中でいつも失敗。花を咲かせるなんて小学校低学年で出来なくちゃいけないのに!」

「へえ…難しそうなのに…。わたしはさっきすごいと思ったし」

実際、なにもないところから花が咲きそうになるのを観て、わたしは感動した。
あれで基礎だなんて、じゃあ本格的な魔術はどれほどのものなのだろう。

「ありがとう。でも俺、本当に駄目でさ。このままじゃ中学を卒業したら高校には行かずに修行の旅に出されてしまいそうだよ」

『高校行きたいのに』と、東雲くんがつぶやく。

いつもの笑顔は消え、ひどく寂しそうにうつむく。

その表情を見て
なんとなくわかった気がした。

東雲くんがみんなに引かれているのにも関わらず魔術書を片手に、魔術の勉強に没頭している理由。
彼はきっと焦っているのだ。
自分の未熟さに。
「あ、あの……わたし、協力するよ」

「え?」

東雲くんがパッと顔を上げる。
そこには目を丸くし、驚いた表情を浮かべていた。

え?

そしてわたし自身も驚いていた。
思わず自分の口から出たコトバに。

「若葉さん、協力って……?」

「わ、わたし…その……実は……っ」

一瞬、これ以上言葉をつむぐのをためらった。
顔が熱くなるのを感じる。

言うの?言ってしまうの?わたしの黒歴史。
やめようよ。恥ずかしいよ。思い出したくないよ。

それにこのまま東雲くんに関わり続けて大丈夫なの?
柳さんたちに嫌われないかな。また友達を失わないかな。

こわいな。


……でも、それでも……

今、東雲くんは真剣だった。真面目に話をしてくれた。
だからわたしも、少しでも答えたい。応えたいんだ。

「わたしっ、実は、昔から魔法とか魔術とか好きで、あ、憧れて、めちゃくちゃ本とか読んでいたの…!」

「…え……へえ、そっか」

「うん!それで、じ、実は、自分で魔法陣とか!呪文とか!そ、そそそういうの考えてたりしたし…っ」

顔から火が出そうだ。
ちょっとだけ汗もかいてきた。

でもわたしはそのまま話し続けた。

「だだだからっ、私は魔術士ではないけど、ちょっとくらい何か力になれるのではないかと、思っ、て……」

「………」

「どう……かな」

そこまで一気に言い切って、東雲くんの顔を見る。
東雲くんは驚いた顔のままでわたしを見つめていた。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

(元)ヤンデレ令嬢でも恋がしたい

総文字数/805

恋愛(ピュア)2ページ

第9回野いちご大賞エントリー中
表紙を見る
三番線に恋がくる

総文字数/21,653

恋愛(学園)45ページ

表紙を見る
臆病なきみはうそをつく

総文字数/50,049

恋愛(学園)94ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

Hush night

総文字数/123,310

恋愛(キケン・ダーク・不良)315ページ

表紙を見る
優しくしないで、好きって言って

総文字数/90,152

恋愛(学園)272ページ

表紙を見る
無気力な王子様は、今日も私を溺愛したがる

総文字数/173,761

恋愛(学園)486ページ

表紙を見る

この作品をシェア