「てかさ、……東雲と一緒に怒られてたよね。なんか話してたの?」
柳さんの声がほんの少しだけ低くなる。
「え、べ、別に…」
「まさか若葉さんも魔術がどうとか言われた、とか?」
「う、うーん……」
曖昧にうなずくと、柳さんたちが「やだー」と心底嫌そうな声をあげた。
「東雲、ホントに変だよね。なに魔術って……馬鹿みたい」
「若葉さん、嫌なら無視しなよ。うちのクラスのやつ、ほとんどみんな相手にしてないから」
「あ、でも……」
「若葉さん!あたしら、若葉さんのために言ってんだけど」
「え……」
柳さんの声色が変わった気がして、わたしは固まる。
「東雲と仲良くしてると、浮くよ?若葉さん、転校したばっかでそんなのいやでしょ」
「う、うん……」
浮くのは嫌だ。つらい。
だって前の学校で、わたしには友達なんていなかった。
もうあの頃に戻りたくない。
わたしがうなずいたのを見て、柳さんは満足そうに笑った。
「心配しなくても若葉さんはあたしらの友達だからね!でも東雲には気をつけなよ。それだけだよ」
「……わ、わかった。ありがとう……」
そう言ったものの、何に対してのお礼なのかはわからなかった。
「あ、あのね…マリヤちゃん」
それまで黙って話を聞いていた光井さんが柳さんに声をかける。
「若葉さん、東雲くんと席がとなりだし、全く関わらないっていうのは無理だと思うよ」
わたしが戸惑っているのがわかったのか、フォローするように続けた。
「それに今日の放課後、東雲くんに校内案内してもらうことになってるんだよね。先生に言われて。……ね?」
優しく笑いながら同意を求めてくる光井さん。わたしはうなずいた。
「だからね、マリヤちゃんの心配はわかるけど……」
「わかった!ごめんね、よけーなこと言って」
光井さんの声を遮るように柳さんが言う。
その不機嫌な声に光井さんがひるんだ。
柳さんはお弁当箱を仕舞い、席をたった。
「トイレ」
そう言った柳さんに他の子たちも続く。
光井さんも行こうとしたが
「光井はまだ弁当残ってんじゃん。食べときなよ」
と言われ、うつむくように座り直した。
わたしは迷ったけど、まだやっぱりお弁当が残っている。
ここでお弁当残して追いかけたら変に思われるかなあと思い、とりあえず急いで食べてしまうことにした。
光井さんと二人残り、お弁当を食べる。
うつむいた光井さんは明らかに落ち込んでいるように見えた。
「ごめんね、若葉さん。空気悪くしちゃって…」
「ふぐっ、べ、別に大丈夫!」
危うくお弁当をつめそうになりながら、わたしは返事をする。
「わ、わたしもちょっと困ってたし、光井さんがフォローしてくれて助かったよ」
それは本心だった。
光井さんが安心したように、少し表情をゆるめる。
「でも光井さんこそ大丈夫?柳さんとケンカしちゃったんじゃ…」
「ううん、大丈夫だよ。よくあるから。すぐに元に戻るし」
「よ、よくある…の…?」
こういうことが?
それって結構しんどいんじゃないのかな。
でも光井さんがそれを受け入れているなら、転校生のわたしがあれこれ言うのは違う……よね。
わたしはそれ以上なにも言わずにお弁当を食べることにした。
光井さんもゆっくりとサンドイッチを口に運んでいる。
「あ、若葉さんはマリヤちゃんの方に行ってもいいからね。私のことは気にしないで」
「わ、わたしもここにいるよ。その、まだお弁当も食べてないし」
「そう?わかった。ありがとう」
「……ううん」
ちょっとだけ気まずい昼休み。
結局、柳さんたちは5時間めが始まるまで戻ってこなかった。
放課後。
今日はこれから東雲くんに校内を案内してもらう。
ちょっと憂鬱かもしれないけど…。
これは東雲くんが悪いわけじゃない。わたしの問題だ。
ホームルームが終わり、ざわざわうるさい教室。カバンに荷物をまとめたあたりで東雲くんが声をかけてきた。
「……若葉さん、もう行けそう?」
「うん。大丈夫。
あ、そうだ東雲くん。校内案内だけど光井さんも一緒でもいい?一緒に来てくれるってことになって…」
「光井さん?もちろん。
若葉さん、もう友達できたんだ。良かったね」
ニコーッ。
まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔。
急に友達も連れていきたいなんて気を悪くしないか心配だったけど。
東雲くん、本当にいい人なんだよね。
クラスのみんなは彼のこんなところも知った上で、避けているんだろうか。
「若葉さん、おまたせ」
光井さんがわたしたちの席まで来てくれた。
東雲くんと「よろしくね」と挨拶を交わしている。
光井さんはおそらく柳さんたちほど東雲くんを嫌ってはいないようだ。
…とりあえず、これで無事に全員そろった。
東雲くんは魔術書を小脇にかかえて歩き出す。
「じゃあ、行こうか。とりあえずこの校舎からでいいかな」
「あ、うん。よろしくお願いします」
「了解!」
東雲くんについていくように教室を出る。 瞬間、柳さん達が教室に残っているのが見えた。
…気のせいかな。
こちらを見て笑っているように思えた。
「4階にあるのは音楽室と視聴覚室…あと3年生の教室も大体4階かな」
「…あ、楽器の音がする」
「今は吹奏楽部が練習してるんじゃないかな。…若葉さんは部活は入るの?」
「あ、えーと、今度美術部に見学行くつもり」
「へえ、いいね。そういえば光井さんが美術部だっけ?」
「うん、そうだよ。……東雲くんって部活は?」
「俺は帰宅部」
「ふふ。本当は帰宅部だめなんだよ」
「へえー」
校内案内は順調に進んでいく。
東雲くんは親切に色々説明してくれるし、聞けば答えてくれる。
ときどき光井さんも付け加えるように説明してくれたりして、思っていたよりずっと楽しかった。
「じゃあ、次はグラウンドの方に行こうか。今の時間なら運動部の練習始まってるかな」
「運動部……ってどんなのあるの?」
階段を降りながら尋ねる。
正直運動はあまり得意でないけれど、部の種類にはちょっと興味があった。
前の学校はごくポピュラーな部しかなかったのだ。
「え、うーん…普通だけどな。サッカー、野球、陸上、バレーに。水泳、卓球……バドミントン……」
「あとはテニスかな」
指折り数えて説明する東雲くんに光井さんが補足した。
「そっか。じゃあ、前の学校とほとんど同じかな」
「あはは、普通って言っただろ。昔は剣道や柔道もあったみたいだけど、みれる先生が今はいないんだって」
一階まで降りて、渡り廊下を通り、体育館前へ。
中では運動部が練習しているようで、掛け声とボールの音がひっきりなしに聞こえている。
窓と体育館の出入り口は開いていて、そこから中の様子が見えた。
「中にいるのはバスケ部とバレー部だね」
「卓球とバドはいつも武道室でやっているから」
なんて、東雲くんと光井さんが話す。
「武道室?」
「体育館とは大グラウンドを挟んで向かいにある建物だよ。小さな体育館って感じ。昔は剣道で使ってたんだって」
東雲くんが指さした先、確かにグラウンドの向こうにかまぼこみたいな形の建物が見える。
「授業でもときどき使うの。…行ってみよっか」
光井さんの提案で、わたしたちは歩き出す。
グラウンドはサッカー部と野球部が使っているので、渡り廊下をぐるりと進み、武道室へと向かった。
途中
「あ、おーい!光井、今いいか?」
後から呼び止められた。
振り向くと、校舎の一階の窓から誰かが顔を出している。
ボサボサ頭で少しくたびれたジャージを着ている男性教師だ。
「美術の土橋先生だよ」
東雲くんがわたしに説明してくれた。なるほど言われてみればジャージには絵の具がついていた。
ということはあの窓は美術室…だろう。
「どうしました、先生?」
「少しだけ時間いいか?ちょっと手伝ってほしいんだよ。カンバスを倒しちまってぐちゃぐちゃなんだ。今日は部員ほとんど出てねえし」
「え…でも……」
光井さんがわたしたちの方をチラリと見た。
「あ!わ、わたしたちは大丈夫!よければ美術部行って」
「うん。……そうだ、武道室を案内したらそっちに行くから、そしたら若葉さんに美術部を案内してあげてよ」
東雲くんの提案に、光井さんがホッとしたような表情を浮かべる。
「あ、ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるね。ごめんね」
そう頭を下げると足早に美術室へと駆けていった。
「じゃ、行こうか若葉さん」
「うん……。東雲くんって優しいね」
「え!ええ!?そ、そうかな!ど、どど、どうしたの若葉さん?」
何気なく言ったことに意外にもすごく動揺する東雲くん。
あまり褒められ慣れていないのかもしれない。
「どうしたってことはないけど。昨日からずっと親切にしてくれているし……」
「別に、その、普通だよ…!ほら、行こっ」
照れたように笑う東雲くんは、顔もちょっと赤い。
そんなに反応されるとは思わなかった。
何だかわたしもちょっと恥ずかしくなりながら東雲くんについていく。
後から覗くように見た東雲くんの横顔はとても良く整っている。
柳さんたちも顔だけはいい…みたいなこと言ってたな。
綺麗な顔に、親しみやすい優しい性格。
男子にも女子にも人気出そうだけど……
小脇に抱えられた魔術書に目が行く。
趣味がちょっと変わっているというだけでこうも避けられるものなのか。
……いや、そういうものなのだ。
わたしがそうだったんだから。
東雲くん自身がいい人でも彼の趣味は異質。
異質なものは避けられる。
だから、平凡でいなくちゃならないの……
「若葉さん、危ない!」
「えっ」
物思いにふけっていたからか、反応が遅くなった。
サッカー部が蹴ったボール。
方向が狂ったのか、コースを大きくハズレこちらに迫ってきていた。
「きゃっ!」
「若葉さん!」
東雲くんがわたしの手を引いて下がらせ、かばうように前に立った。
「し、東雲くん!?」
助けてくれたと理解するものの、今度は東雲くんが危ない。
でも東雲くんは落ち着いた様子で右手をスッと出して人差し指をたて、空を切るように動かした。
「………」
何か小声でブツブツ言っているが上手く聞き取れない。
次の瞬間。
ビュウッと風が吹いた。
心地よいそよ風などでなく、吹き荒ぶ突風と呼べるような強い風。
「きゃっ!!」
わたしの髪が激しく舞い、咄嗟に目を閉じた。
風の勢いに身体が押されるような感覚がする。倒れてしまわないよう必死に踏ん張った。
な、なに…?
突然どうしたの?
必死に目を開き、東雲くんを見やる。
舞い遊ぶ自分の髪の毛が邪魔で視界が悪い。
でも、わたしは見た。
東雲くんの右手が少しだけ光っている。
その光から風が生まれ、東雲くんを中心にするように吹き荒れる。
飛んできたサッカーボールは、その風の勢いに押されるように速度を落とす。
そのままゆっくり東雲くんの手に……
と思ったが
「あ、もう駄目だ」
「え?」
東雲くんの手から光が消えた。
途端風はやみ、完全に勢いが消えたわけでなかったサッカーボールは東雲くんの手を直撃した。
「東雲くん!?」
「すみませんー!大丈夫ですかー?」
サッカー部員が申し訳なさそうに走ってきた。
わたしは東雲くんのそばに転がるサッカーボールを拾い彼に投げ渡した。
「あざっす!
あの、…怪我とかないですか?」
「…え、と。……東雲くん、大丈夫?」
「うん。ちょっと受けそこねちゃった。でも平気だよ」
サッカー部は安堵の息を吐くと、何度も頭を下げながら練習に戻っていった。グラウンドにいる生徒も何人かこちらを見てお辞儀をしている。
わたしは彼らにお辞儀を返すと東雲くんに向き直った。
「…東雲くん、ありがとう」
「……え」
「その、…かばってくれたよね…。本当にありがとう」
「若葉さん……」
東雲くんが微笑む。
「若葉さんが怪我しなくて良かった」
と、言ってくれた。
その声はとても優しくて、胸の奥がキュンと小さく音を立てる。
…え、キュン?
これって……
(いやいやいや!キュンはやばいでしょ!
魔術書持ち歩いている中二病だよ!?)
慌てて首を振って、湧き上がってきた感情を追い出す。
「し、東雲くん!それじゃあ、行こうか!」
「…う、うん……」
「東雲くん?」
東雲くんの様子が変だ。
笑顔ではあるものの、さっきより少し顔色が悪い。
それに妙に右手を気にしている。
「……東雲くん、もしかして右手……」
「あー、ちょっとだけ……痛いかも」
「っ!腫れてきてる!」
『保健室行こ!』というわたしの声が響いた。