「あーあ、うちのクラスってほんとロクな男子いない。東雲もだけど、伊予とかも最低だし」
「伊予、もうすぐ停学あけるよね。また問題起こすのかな。やだな」
『停学』。
物騒な響きにギョッとすると、それに気付いた柳さんが笑って説明してくれた。
「うちのクラスに、伊予 知尋って男子いるの。コイツは東雲と違う方向でヤバい。いつも問題起こしててさ、夏休みに先生殴って今は停学だよ」
「な、なぐった?」
「そ、やばいよね。…若葉さん、東雲と伊予には注意しなよ。絶対近寄っちゃ駄目」
「………」
なんか……大変そうなクラスに転校してきちゃったかも。
そして伊予くんはともかく、東雲くんはまさに過去のわたしなわけで。
それを近寄っちゃ駄目と言われるのは、ちょっとばかり悲しくなる。
「あはは、若葉さん、めちゃ緊張してる!大丈夫大丈夫。何かあったらあたしたちに言いなよー」
「え?」
「まだまだわかんないこと多いっしょ?あたしら相談のるしさ、仲良くしよ!」
「柳さん…!」
仲良くしよ 仲良くしよ 仲良くしよ…!!
なんて嬉しい言葉。
これって友達ができたってことだよね。
浮かれたわたしは、今の今まで落ち込んでいたことなどすっかり忘れ去った。
◇◆◇
「ふう」
夜。もうあとは寝るだけという時間。
わたしは自室で今日の出来事を思い返していた。
転校初日。
まあ、よく頑張ったよね。
柳さんたちの友達グループにも入れそうだし。上出来上出来!
あ、柳さんたちLINE教えてくれるかな。
友達とLINEなんてどれくらいぶり?楽しみだなあ。
今度は前の学校みたいにならないように上手くやらなきゃ。
「……わたし、上手くやれるよね?」
部屋を見渡す。夏休みの間に頑張って片付けた新しいわたしの部屋。
引っ越す前の部屋とは全然違う。
本棚に並ぶのは流行りの雑誌や、みんなが読んでる少女漫画。魔術書やお呪いの本じゃない。
壁に貼っていた魔法陣ははがしたし、枕もとにおいていたパワーストーンも撤去した。
これで友達を家に呼んでも引かれることはない。
普通の、平凡な、女の子の部屋だ。
これで、いい……
「………」
わたしは部屋のクローゼットの扉を開けた。
洋服やカバンにまぎれて、奥に段ボールが置いてある。
「捨てようと思っていたのに……」
この段ボールにはわたしの黒歴史が詰まってる。
魔術書も、パワーストーンも、ファンタジー色の強い漫画や小説も、自分で考えた呪文や魔法陣も。
(……我ながらよく集めたな)
「……どうして、捨てられなかったんだろう」
もう信じていないのに。魔術も魔法もないってわかっているのに。
こんなものにこだわったら、また引かれちゃう。友達なんて絶対できない。
わかっているのに。
「………」
手を伸ばし、段ボールにふれる。
パンパンに膨れた箱の質量から、どれほどたくさん詰まっているかがわかる。
これ……全部わたしが集めたんだよね。
少し。少しだけ。段ボールのテープを剥がして中をのぞく。
──すると自分で考えた魔法陣が見えた。
いろいろな呪文や魔法陣を書いたノートの表紙だ。
ちなみに六冊ある。
「ひぃややあああ、やっぱ無理!!」
音速でテープを貼り直して箱を奥につっこんだ。
「はあはあはあ…」
だ、駄目だ。
いま、わたしの黒歴史が一気に脳内に。
「忘れろ!忘れろ、わたし!わたしは生まれ変わった!」
そう、もうこれらには関わらない!
いつか捨てる!絶対捨てる!
そして……
「東雲くんにも関わらないように、気をつけよう」
そうわたしは決意を固めたのだった。
転校2日めの朝。
わたしは少し早めの時間に通学路を歩いていた。
家から学校までは徒歩で約15分。
同じ制服を来た人たちに紛れるようにゆっくりと歩く。
まださすがに慣れなくて、ちょっと緊張する。
誰も気にしてなんかいないはずなのに、浮いている気さえする。
……この違和感が完全に消える頃、わたしはこの学校で上手くやれるようになっているのかな。
5分くらい歩いたとき、「あ…」という小さい声が聞こえた。
思わず振り向くと、すぐ近くに眼鏡をかけた女の子。
あ…このコ。昨日柳さんたちと一緒にいた……部活があるからと一人だけ途中で帰った女の子だ。
名前はえーと、確か……えーと……
「若葉さん、おはよう」
悩んでいると彼女の方から声をかけてくれた。しかも向こうはちゃんとわたしの名前を覚えてくれている。
「お、おはよう!…えっ…と…」
「あ、光井瑞希です。同じクラスで、昨日ちょっとだけお話した…」
「ご、ごめんね光井さん!お話したことは覚えてたんだけど、名前がちょっとだけ、その…抜けちゃって……」
うう…。
わたしったら失礼じゃない?
でも光井さんは気を悪くしたような様子は見せずに優しく笑った。
「若葉さん、転校してきたばかりだもんね。全然気にしないで」
「光井さん…」
じーん。光井さん、めちゃいい人!うれしい!
光井さんとも友達になれるかな。柳さんと同じグループみたいだし、きっと大丈夫だよね。
わたしたちは流れでなんとなく一緒に並んで歩き出した。
祝!クラスメイトとの初登校。しかも友達になれそうな子との。
なんだかわたしの転校生活、順調すぎじゃない?
「若葉さん、昨日はマリヤちゃんたちと帰ったの?」
光井さんがそう尋ねてくる。
マリヤちゃん…柳さんのことだよね。
「うん。クラスのこととか、色々教えてくれて…」
主にヤバい(らしい)男子についてだけだけど。
「そう。マリヤちゃん、面倒見いいよね。私もクラスに馴染めずいたときにマリヤちゃんが声をかけてくれたの」
「そうなんだ」
「若葉さん、転校したばかりで大変だと思うけど、困ったこととかあれば遠慮しないで言ってね」
「あ、ありがとう」
やっぱり光井さんいい人!
「…あ、そういえば若葉さん。前の学校では部活ってやってた?」
「!!!」
部活!!
「あ、……えーと。部活は……やってなかった……かな」
「そうなんだ。私、美術部なんだけど、興味があればどうかなって思って」
「美術部!いいね!」
「本当?じゃあ、また若葉さんの都合のいいときに見学にきて。私、ほとんど毎日部活に出てるから」
「ありがとう……」
光井さんに笑顔で答えながら、内心冷や汗ダラダラだった。
部活…。実はやってました。
表向きは文芸部。
でも実際は様々な本を借りたり出来るのをいいことに、魔術やらそっちの方ばかり読み漁っていた。
部員が少ないこともあり、かなりわたしのやりたい放題やっていたように思う。
もちろんそこでも自分が考えた魔術について熱く語ったりしていたし。
優しい人が多かったから、あんまり何も言われなかったけど。たぶんみんな引いていたんだろうな〜。
つか、本当に以前のわたしやりたいことやりすぎ。
ちょっとしたことで黒歴史がポコポコでてきて辛いよぉ。
「若葉さん?どうかした、ボーッとして…」
「あ、な、なんでも!美術部、どんな感じかなーって思って…」
「ふふ。別に普通だよ。キャンバスに油絵を描く人もいれば、ペンでイラストを描いたりもするし。若葉さんは、絵を描くの好き?」
「あー、うん。でも油絵よりはイラストの方が好きかも。漫画とか」
「そうなんだ。私も漫画好きだよ。どんなの読んでる?」
「え、えーと…少女漫画かな。月刊コスモスとかの」
「コスモス私も読んでるー。お姉ちゃんがずっと買ってるの。キラ恋とか面白いよね」
本当はもっとダークな漫画が好きなんだけど、それは今は封印中なので。
……ああ。でも、光井さんと話すの楽しいな。
あんまり息苦しくないっていうか、会話のテンポが似ている気がする。
学校につき、靴を履き替えるため下足場へ向かう。時間が早いせいか、まだあまり人はいない。
「あ、東雲くん」
「え!?」
光井さんの言葉にバッと身構える。
確かに東雲くんが靴を履き替えているところだった。
朝の光の中、彼の黒い髪が輝きをまとって見える。横顔でもわかる端整な顔立ち。
見た目は本当にかっこいのになあ。
脇に抱えているデカい魔術書が全てを台無しにしている。
つか、せめてカバンにいれて…。
東雲くんはこちらに気づくとニッコリ笑った。
「人畜無害」という言葉がぴったりな、人の良さそうな笑顔。
「おはよう。光井さん、若葉さん」
「おはよう、東雲くん」
「お、おはよう…東雲、くん……」
駄目だ。
どうしても苦手意識が態度に出てしまう。
東雲くん変に思ってないかな。
だけど東雲くんは特に表情を崩さずに笑顔のまま「そうだ」と話しかけてきた。
「若葉さん、今日放課後用事ある?」
「え、と、特には、ない…と思う」
唐突に言われて、頭の整理ができず咄嗟にそう答える。
用事はない……よね、たぶん。
「わかった。じゃあ、放課後校内案内するよ。昨日、先生から言われたんだ。よろしくね」
「え!?」
校内案内。
それは…転校生のわたしにはありがたいけど。
でも、東雲くんと。しかもたぶんふたりきりで?
あわわわわ…。
「若葉さん?」
「え!」
「大丈夫?やっぱり用事ある?」
「う、ううん。大丈夫。でも、その…東雲くんこそ大丈夫?」
「ああ、俺は問題ないよ。じゃあ、そういうわけなんでよろしくね」
そう言って東雲くんは先に教室へと去っていく。
東雲くん……いい人、なんだよね。
放課後の校内案内なんてめんどくさくないはずないのに、そんなこと全然態度に出さないし。
それどころかわたしを気遣ってくれているし。
なのにわたしったら……
(うーーー…!)
自己嫌悪と黒歴史の間でかなり複雑だ。
「……若葉さん、大丈夫?なんだか顔色悪いよ?」
しかも隣で話を聞いていた光井さんにまで心配されてしまった。
「う、うん、大丈夫。なにもないよ」
「そう。それならいいけど…。
………あの」
光井さんが少しためらうように続けた。
「良かったら、放課後、私も一緒に行こうか?」
「え、いいの!?部活とかあるんじゃ」
「ううん、美術部は作品を期限までに完成させれば出席はあまり厳しくないから。一日休んでも大丈夫だよ」
「……え、じゃあ、お願いしようかな。ありがとう」
「うん。いいよ。男子と二人だけとか緊張するよね」
光井さんはそう言った。
どうやらわたしが少し困っているようだと感じ、理由については男子の東雲くんとふたりきりになるからだと思ったようだ。
理由は違うけど、助かったのは事実。
わたしはもう一度光井さんに「ありがとう」と言った。